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銀河をかけて  作者: ウロボロス
第1章 始動
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第19話

  散開して彼を囲もうとしたナグモのコックピットに、自身が駆る乗機『ホーク』のAIの声が響いた。

『5番機中破』

「離脱させろ!くそ、幸先の悪い……」

 初手の一撃をよけそこなった5番機が大きな損傷を受けた。ぎりぎり死ななかったというだけで、ほとんど死に体だ。

 彼らは、お返しの一斉射撃を放つ。ライフル型のレールガンと、ビーム砲の軌跡が彼に向かって収束する。

 けれども、F-042は前に進みながら渦を描くようにしてこれを避けた。かすったような距離の攻撃さえも、惚れ惚れするような体捌きでかわされてしまう。

 さらに第2射。今度は回避機動だけでなく、シールドも使って防がれた。同時に、彼の手に握るレールガンが再び閃く。

 ナグモは恐ろしい予感が背筋を走り、直感に従ってブーストを噴かした。猛烈な横Gがかかり、肉体がばらばらになりそうな衝撃が体を走る。だが、それをためらっていれば、本当にばらばらになっていただろう。

 すさまじい早さの弾丸が真横を通り過ぎたからだ。MEVのカメラをもってしても、ほとんど2~3フレームの間にしか残らず、一瞬、それが弾丸だとすら思えなかった。

「は、速すぎる!あいつ、対艦レールガンを装備しているのか⁉」

 彼らの武装では到底出せない、いや、出す必要のない出力で撃ちだされた砲弾だ。大戦時代に製造されながらも、それを活用できる出力を制御できる機体がFロットにしか操作できなかったため、ほとんど現代に残されていない武装だ。

 そもそも、対艦戦闘に対応できるMEVなど、いったいどれほどいるというのか。果たして、MEVがそれに対応する必要は、現代にあるのか?その答えは、この場にいる彼が、そして、ナグモ達の仲間が知っていることだ。


「輪形陣を形成!包囲攻撃!」

『『『了解』』』

 彼女の忠実な部下たちは直ちに行動を始める。それに対して、彼は再びレールガンの引き金に指をかけた。

「ホーク!敵のレールガンの弾道予測を!各機のカメラと連携して銃口の指向先を表示!」

『Rajah、パイロット』

 彼女のヘルメットのバイザーに、赤く塗られた線状のエリアが表示された。それは、あの機体の動きに従って移動している。

 射撃。彼らの攻撃だ。

 だが、Fロットは背面をこちらに向けると、ブーストを使ってそれまでの勢いがなくなったかのようにピタリと静止し、偏差射撃をたやすくかわした。

 ビームの残光が散らぬ間に、彼はブリッジをするかのように、上体を大きく反らして引き金を引いた。

『3番機、7番機、10番機、中破』

「脱出させろ!」

『Rajah』

「くそ……」

 標的にされた機体を、そのまま撃ち抜かれてしまった。直前までレールガンを身で隠すことで攻撃を予測させない技術。そこから一瞬で狙いを合わせられる経験値。桁違いだ。

「私が前に出る!僚機は援護射撃を!」

 彼女は自身のレールガンを構えたまま、スラスターの出力を引き上げた。

 一気に加速する。だが、あれと対峙するには速さが足りない。

 見ている。

 そう、気づくとすぐに回避機動に移った。

 1,2,3発。立て続けに砲撃が行われた。

 掠りでもすれば、手足が持っていかれそうな破壊力。だが、当たらなければ何も問題は……。

「ガァッ⁉」

 機体が揺れる。

 3発目の砲弾が爆発していた。

 当たらないと見るや、すぐに徹甲弾から時限榴弾に切り替えたらしい。

 彼女の機体はスラスターの間近で受けた爆発のせいで安定がぶれた。ややきりもみに近い回転が加えられ、制御不能になりかけたとき、あの機体が、改めて狙いを定めていることに気づく。

 歯を噛み締めて身をよじった。

 いまの一撃は速かった。充電の影響なのか知らないが、あいつのレールガンは速さの緩急がある。しかし、何とか当たらずに防ぎ切った。

 まさか、ここまで避けられるとは思っていなかっただろう。しかし彼は動揺もなく、ただレーザーソードを構え、飛び出した。

「なめるなぁ!」

 吠えながらビームソードを起動する。膨大な熱量の塊が展開され、さらに、牽制のために虎の子の小型ミサイルを射出する。

 ここぞ、というタイミングに合わせて、部下たちの援護射撃も放たれた。着弾時間は、彼女が接敵するのとほぼ同時。もっとも厄介な瞬間の同時攻撃。

 さあ、どうする。と、彼女は思った。


 しかしながら、彼の反応は、実に冷ややかなものだった。

 小型ミサイルと彼女を先の榴弾で吹き飛ばし、他方、援護射撃の対処には、少し身を反らしてビームソードを振って弾き飛ばす。

 爆発で前が見えなくなった。

「く、そ……」

 だめだ。敵う気がしない。機体が激しく揺れたせいで、意識が飛びかける。その間にも、彼は部下たちに容赦のない反撃を行っていた。

『2番機、4番機、9番機、大破。自己判断で脱出』

「せめて、一矢は……!」

 むくいる、とのどまで出かかっていたのに、彼が榴弾の閃光を割って現れたとき、彼女は何もできなかった。

 彼の刃を握る手が、弓に矢をつがえるように、大きく後ろへひかれる。

 それが、彼女の機体に突き立てられる……。


 その動作がやけにゆっくりと見えたほんの一秒先の出来事が、それよりもずっと早く起こることを知っている。頭がこれまでにない早さで回りだす。どうやってこの状況から巻き返せばいいか。それを考える頭の動きは、過去の記憶に対する捜索まで達した。

 彼女の脳内に、これまでに戦ってきた強敵たちの記憶があふれ出す。それと同時に、過酷な訓練の時の記憶、配属されたあとの記憶、そして、そう。尊敬する先輩たち──いつも大儀そうにパイロットの宿舎に戻ってきて、訓練生や新米から、話しをせがまれると笑って答えた人たち……そして、ある日、もう二度と戻ってこないこないことを知る人たち──の話を思い出した。

『結局、私たちがどれだけ努力したところで、タイマンであいつら──Fロットに、かなうわけがない』

 と、彼女の指導についていた先輩の声が聞こえてきた。一番尊敬する先輩だった。手取り足取り教えてくれて、いろいろな帝国の秘密にも詳しかった。ただ、人類単一惑星発生仮説の熱心な信奉者であったことが、玉に瑕で。でも、一番いい先輩だった。

 彼女が秘密の任務に出かけてくる、といった時のことである。

『敵じゃなくてよかったと思うよ。逆に、企業連合の連中がかわいそうなくらいだ』

『そんなに強いのですか?被撃墜報告ばかり聞きますが』

『そりゃそうだ。私たちが負けすぎなだけさ』

『先輩は負けてません!』

『私はな!(と、彼女は笑いをこぼしながら言った)でも、ただ生き残っているだけだ。死にそうな経験は何度もした。そんで、そういうときにしかわからないものもある』

『わからないこと?』

『1度だけ、模擬戦であいつらのなかのエースパイロットと戦ったことがある。今でもはっきり覚えてる。わけが分からんぐらい強かった。でも、何度も死にかけて、わかってきたんだ。あいつが、どうしてあんなに強かったのか』

『それはいったい?』

 先輩は、彼女のことを振り返って言ったのだ……。確か、そうだったはずだ。そのヘルメットからこぼれた緑の髪が、きらきら光って見えたはずだ……。

『走馬灯だよ。私たちが死の淵にたって、その引力に逆らうための最後の足掻き。それを、あいつらはいつでも好きなように引き出せる。極限まで引き伸ばされた知覚、機械に保存されたメモリー、脳の限界を超えた計算速度。走馬灯の瞬間にしか得られないその経験、その瞬間を、戦いの好きな場面で、好きなように使えるんだ。

 私たちが必死になって水の中をもがいている間、あいつらは空を飛んでいるようなもんだ。到底、敵うもんじゃない』

『先輩でも?』

『今言っただろ!(また笑った)もしも、勝てる目があるとしたら、それは私じゃない』

 その姿が霞み始めた。彼女の機体の装甲が融解していくのを、ぼんやりと目にする。痛みはない。だって、それはMEVとの〝同期〟ができるFロットにしかないものだから。

 先輩は消える直前、ヘルメットをかぶった。そして、2度とその素顔を見ることは無くなったのだ。最後に、彼女は言い残した。

『Fロットだけが、Fロットに勝てる』




 思っていた死の瞬間は、やってこなかった。彼女の胸に突き立てられるはずだった刃は、いつの間にか彼女から離れて、熱すら無くなっている。

『命拾いしたなぁ?』

 そんな、下品な声が耳に入ってきた。彼女は怒りに顔をゆがめた。

「遅かったじゃないか、下郎!」

『わりぃわりぃ!思ってたよりもHAIの数が多くてな!』

 そのとき、彼女に向けられていた敵からの警戒が、波が引くように消えたのを感じた。その機体の目が、機体の向きが、手の先、足の先が、すべてが彼女のことをもはや問題外だと考えているのを感じさせた。

『で、あんた。オレ様のかわいい(しもべ)たちを、ずいぶんかわいがってくれたみたいじゃん?』

「誰が(しもべ)だ!」

『そりゃあ、たった1機相手に、10人がかりで手も足もでないあんたたちでしょ』

「くそっ、油断するなよ!こいつは……」

『あー、はいはい。詳しいことはこいつに聞くわ』

「は⁉おま!」

 しかし、彼女の言葉はもう聞こえなくなっていた。2人はお互いだけの回線を開いた。


『聞こえてる?そこの君ぃ』

「聞こえているぞ」と、F-042が答えた。

『おー、そかそか。で、あんただれ?』

「自分から名乗るんだな」

『へーへー、プライバシー管理がしっかりしてらっしゃる』

「プライバシー?バカげた言葉を……」

 跳躍。

 彼の機体は、一瞬のうちに飛び退る。その軌跡を滝のような高密度なビーム弾の奔流がなぞり、彼のことを追いかける。

 彼は宙を走った。それが追い付くよりも早く、それを操るもの、この闖入者に襲いかかる。

『はっや!あんたまじか!』

『マナーを知らないやつだな』

 両者が刃を交えるかと思ったとき、彼はむりやり進路を変えた。その背で炎の花が開く。

 事態は爆炎がきえる一瞬さえも永く感じさせた。

『死ね!』

 再び刃を盾に変えたF-042に、彼が襲い掛かる。

 手に握られていたのは、槌。その先は、これ見よがしなほどに大きく、明らかにいくつもの物体をつぶしてきたのだろう傷が入りながらも、決して溶断できないだろう、とてつもない重厚感を放っている。

『お?よけんのか!』

 ブーストを使って回避する。だが、敵はそれに追いすがる。逃げるF-042と追う相手。

 もはや、さきほどまで戦っていたナグモには、目で追う事すらできない。


 こいつはFロットだ。と、F-042はすぐに気づけた。

 おなじFロットでなければ、絶対に間に合わないタイミングでの攻撃にも、反応して防いで見せること。そして何よりも、見せつけるような連続ブーストがまさにそれらしかったからだ。

 だが、仮にそうだとして、おかしなことがある。

「ジャック。こいつの機体と戦型をメモリーと照合してくれ」

『その間、パイロットのサポートが不十分になります』

「問題ない。俺が負けると思うか?」

『OK.パイロット』

 ジャックの解析が始まると、確かに彼の動きは精彩を欠いたものになった。見えざる手の後押しを失い、弾道計算、スラスター制御がわずかに乱れる。まずいのは、この相手はFロットであり、それを理解できる超感覚があるということだ。

『おいおいおい!もうへばってんのか?』

 攻撃が苛烈になる。

 彼の手に携えられた武器は、2つ。片方は巨大な槌、そしてもう片方はガトリング砲。

 ガトリングは実弾タイプのものではない。給弾ベルトのように見えるものはエネルギーを供給するためのもののようであり、攻撃の直前にそれを通してエネルギーが外から見て分かるくらいの──Fロットにはわかるくらいの──熱を発しながら機関部に入力されている。

 複数の砲口から、一斉に弾が飛び出した。高速かつ無作為に見えるその弾道が邪魔くさい。

 彼は、あえてスラスターの出力をさげ、予想されていた速さを変えることでその攻撃を避けた。

『はっはあ!避けれたつもりかぁ!』

 その続けざまに、新たな砲撃が飛来してきて、彼の目の前で爆発を起こす。ガトリング砲のものではない。右肩部から覗く加粒子砲の攻撃だ。

 好きな距離で爆発を起こすことができるうえ、砲弾がほとんどエネルギーだけで供給できる。

 彼がお返しに撃ち込んだレールガンも防がれた。

 その左肩部から背中を通り、正面に構えられたのは、物理盾。手に握るハンマーと対応しているように、圧倒的な重厚感と、すさまじい頑丈さが見てとれた。戦艦の装甲をそのまま剥がしてきたかのようだ。さすがのジャックのレールガンでも、あれを貫徹するのはそうやすやすとは行かない。

 つまり、この敵は4つの武装を持っていた。両肩と両腕。計4つ。マニピュレータによって両肩の武装を自由に扱っている。

 さすがのFロットにも、あのような機体はなかなかいない。いや、Fロットだからこそいない。なぜなら、誰だって4本の腕の扱い方など知らないからだ。機体と直接同期して操る以上、人間の元の体から乖離しているほど、操作はむしろ困難になる。当然、その問題を克服しようとしたパイロットもいたが……。成功例はあまり多くない。

 だから、彼がこんなに特徴的なものを、知っていないのはおかしいのだ。

 その戦い方だけじゃない。その性格……。戦いを煽るような、荒々しく、無駄口ばかりたたくその振舞い。じつに、()()()()()()()()()


 再びの接近。彼はビームソードを振りかざす。

『何度も通じると思ったら……』

 言い終わらぬうちに、槌が振りぬかれた。だが、彼はブーストで飛び上がって回避する。

 ソードはブラフだ。彼はレールガンを構え、直上から一撃を狙った……。

 そのとき、加粒子砲のぽっかりあいた黒い穴のような砲口が向けられ、すぐさま右にブーストを切った。

 再び爆発。青白いプラズマの閃電。一方で、F-042はまだレールガンを放っていない。敵のシールドは左側にある。これは刺さるはずだ。

 しかし、敵もさるもの。器用にも、姿勢制御用のスラスターで2度ブーストを使い、その場でクルリと向きを変えてピタリと静止し、盾で砲撃を弾いてみせた。

『おおう、いまのはさすがにびびっと来たぜ……。やるなぁ!にいちゃん?』

 こいつを黙らせたい……。

 彼は、自分の中に、そんな思いが湧き出ていることに気が付いた。

 これまで1度も覚えたことのない感情。なんだ。敵を倒したいというだけではない。こいつの存在を拒否するような、胸の内を掻きむしり、無性に手を振り回したくなるこの感情。

『パイロット、分析結果がでました』

『あんた、さてはただのパイロットじゃねぇな?』

 その言葉は、同時に聞こえてきた。

『過去、すべてのメモリー、およびすべての情報に登録されていません。この敵は、これまでに遭遇したことのないFロットです』

『自己紹介しねぇとなぁ、()()?』

 そのFロットは、仰々しく名乗りをあげた。

『オレは、F-1091。内戦後に作られた新型Fロット!型落ちの先輩にあえて、うれしいですよ!』

 彼はその言葉を聞いて、納得いった。

「生意気なやつだな」

 ようやく、彼はその言葉の意味を知ったのだ。


皆さんのおかげでSF宇宙部門の週間、月間ランキングの末尾に本作が入ることができました。拙作ですが、引き続きよろしくお願いいたします。

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