第18話
ふと、思い出すことがある。どうやって、HAIは内戦を引き起こしたのだろう。ということだ。
50年前のことである。銀河帝国は、いまよりもずっといいところだったらしい。絶対的な統治者である皇帝陛下のもとで、すべての企業とすべての人間が一丸となって帝国のために尽くしていた。
しかし、ある時にそれが終わった。HAIの艦隊の超長距離跳躍ワープ……。当時、まだ人類が編み出していなかったそのワープ方法によって、帝国中央星系が襲撃され、近衛部隊ごと帝国首都惑星が破壊されたのである。
直ちに第1軍、第2軍が奪還と皇帝陛下の救出のために突入した。けれども、HAIは大量の鋼鉄と電子機器の集合体となっていた首都惑星を徹底的に略奪し、艦隊は当初の約3000倍の規模となっていたのである。
こうして、救援の軍も飲み込まれ、彼らの艦隊はますます規模を拡大した。
帝国中央星系はもはや制御不能の大混乱に陥った。あらゆる人々が逃げ出し、その故郷は破壊と略奪が行われ、逃げ遅れた人は1人残らず殺しつくされた。結果、10兆人が難民と化し、詳細不明ながらも5000億人以上が死亡した、と言われている。
帝国経済は致命的な大打撃を受け建て直しは不可能だとまで言われたそうだ。
それでも、それを何とかしたのが、帝国軍第3軍だった。
各地からかき集められた艦隊と有志の寄せ集め軍だったが、粘り強く不屈の戦闘、そして、〝ある船〟によってもたらされた超技術を活用し、徐々に戦況を持ち直して20年の時をかけ、ついに勝利したのだ。
最後に破壊された星々の復興にとりかかった彼らは、HAIによる破壊の痕跡をまざまざと見せつけられることになる。略奪されて地殻すらなくなった惑星や、核を引き抜かれた惑星、ガスを完全に収奪されて貧相な地表がむき出しになったガス惑星、完全に奪いつくされて消滅した惑星と……。そう。まさにそのように、完全に破壊されて消滅した……首都惑星の残骸を発見した。
かくして帝国は皇帝のいない帝国になった。第3軍が事態の収拾をつけるため、臨時政府を設置して暫定的な統治を始めたのだが……。
『ワープウェイ離脱10秒前。パイロット、戦闘準備を』
「わかった」
彼はあのメモリーのことを思い出した。『メモリー第2746号、帝国歴1937年5月7日18時27分の記録……』
忘れもしない、あの日のことを。内戦の終結日。結局そこに行けなかったのだ。強力なワープジャマーによって、近づくことすらできずに、ただ、司令部が破壊されるのを眺めるだけだった。そして、彼は眠りについたのだ。永い眠りに。運よく起動するまで、ただ宇宙を漂うだけの眠りについたのだ……。
ワープウェイから外へ出ると、彼はかなり珍しい天体現象を目の当たりにした。
2つの恒星が相回る星系……いや、それ自体は珍しいことではない。見飽きるほどに見てきた。2連星の星系など、よくあるものだ。
しかし、この星系の星は、いささか近寄りすぎだった。彼らはあまりに近くにあり、より大きな片方に向かって、より小さな片方の恒星の輝きが奪い取られてしまう程に、近くにあった。その星から流れ出していくまだあたたかい血潮のような輝きは、さながら毛糸のように彼らをつないで、それが巻き取れているように見えていた。
その輝きの目の前に、黒い点がみえた。これまで、あれほど大きく見えていた宇宙軍艦さえもが、星の前ではちっぽけに見える。
『パイロット、出撃を』
「ああ」
彼は、ファイの無人艦の上でに立っていた。外装に括り付けられたコンテナの上。まともな出撃ドックの1つもない、小さな船に乗って、彼はやってきた。
敵もまた、彼のこと、この最後の番人を察知したのだろう。前面のドックが解放され、カタパルトに乗ったMEVが青い燐光をなびかせながら飛び出してくる。それらは大きな円を描くようにして空母を周り、仲間たちがすべてそろうのを待っている。
懐かしい。空母も機体もすべてが懐かしい。
通信申請が入った。A-4078。その数字の並びに識別番号以上何か、覚えがあった。
『貴様……なぜ、ここにいる?』
回線の向こうから聞こえてきた声。聞き覚えがある。
「お前は……」
『二度も名乗らなくてもいいだろう。それともほんとに覚えちゃいないのか?ツカサ・ナグモだよ、Fロット!』
「そうか……」
思い出した。あのとき、社長からのメールが来る直前の護衛依頼の途中に砲火を交わした相手だ。
「そちらこそ、なぜここにいる?」
『昔の伝手で、依頼を受けたんだよ。もう海賊じゃなくて、傭兵だ』
「そうなのか」
『いまは貴様の方が海賊か?』
「俺も傭兵をしている。だが、専属になった。そして、お前たちが引き返さなければ、ここで倒すように命令を受けている」
『まともな依頼者じゃないな。私的な軍事交戦を命じるとは』
「そっちはどうなんだ?」
『わかるだろ?同類』
彼らは互いに向かい合っていた。ここまで彼らを連れてきた船はゆっくりと後景に消えていく。ナグモの陣容を眺めて、彼は疑問を抱いた。
「Fロットはいないのか?」
『まあ、わかるか。いる、が、ここじゃない』
「わかれる意味はあるのか?」
『なぜそこまで答えなくてはならない?』
「だったら、そもそもいるかいないかを答える必要もないだろう」
『はぁ。ほんとーに、頭にくるやつだな。生意気だ』
スラスターの出力を絞り、うまく体の向きを整える。
MEVは、背面のメインスラスターの出力と比べれば、その他の姿勢制御スラスターの出力など、微々たるものだ。だからMEVは、前、横、上下に動くのはスラスターの向きを変えたりすれば簡単にできるが、逆に、後ろへ行ったり減速したりするのは難しい。いわば、戦闘機を人型にしたようなものであって、前進することで戦うことができる兵器なのである。
『わかった、答えよう。彼はここよりも後ろの星系にいる。大きなHAIの艦隊に対処しているんだ』
「なぜそこまで答える?」
『聞いたからだろうが!』
「答える必要もないだろう、としか言っていない」
『こいつ、ほんとーに……。もう!』
最後の言葉の声の高さで、ツカサ・ナグモが女性パイロットであることを知った。
『私はまだあきらめちゃいないぞ、Fロット!お前、私たちのほうにつかないか?』
「まだいってるのか」
『当然だ!すべての第3軍の奮戦は、たとえ負けたといってもこのような扱いを受けるべきではない、立派なものだった……!私たちはHAIから人類を守って戦った。人類の未来を、いや、銀河の未来をかけて戦ったんだ!なのに、愚かな民衆と言ったら、皇帝の名を騙る簒奪者だと罵って、私益のために裏切りやがった!それ以来、私たちのことをまったく、獣をみるような目でみてくる!それが気に食わん!』
「そんな扱いを受けた覚えはないな」
『そうだろうな。お前たちは、みんなそうだ。人の心をしらない。本当の獣ばかりだよ。お前は人と目を合わせたことがあるか?ヘルメットが外せない、ロボットもどき!』
ナグモの編隊は減速する気配を見せない。むしろ加速を高めて、陣形を整え、彼を囲むように機動している。
彼は、その言葉にこたえようと思った。ついさっき、と。しかしそれを言うには、あまりに互いの距離が近すぎた。だから代わりにこう言った。
「勝てると思うか?」
『なめるなよ……。もともとは、お前たちなど、我々の穴を埋めるために作られた存在なんだ!』
「ああ。よく知っている」
そのとき、彼はレールガンを強く握った。ゆっくりと進んでいた彼の機体に、猛烈な反動がかかる。もう撃っていた。
ブツンッ、と通信が切られる。敵と通信しながら戦ってもいいことなんて1つもない。当然の判断だろう。それでも、彼はまるで言葉が届いているかのようにつぶやいた。
「さて、始めよう」
「第4、第5戦隊壊滅……予備部隊を投入します」
「追加のミサイルが到着した。射出する」
「10時の方向から回り込もうとしている艦隊を発見」
「予備部隊を投入して対処を……」
ブリッジは静かながら、素早い情報交換によって満たされていた。ファイの艦隊を制御して、工場を落とすべく決戦に挑んでいたのである。
彼らを苦しめているのは、あとからあとから無尽蔵に湧いてくる敵艦隊だ。
50隻落としたと思うと、工場の中から60隻が姿を見せる。延々と数が減らない戦いだが、一方で、ファイ自身もその戦いは得意な方であった。
あまたの爆炎が宙域に広がっていた。ミサイル、魚雷、爆発した船。突っ込んでいったファイの突進艦隊が四方八方からの攻撃を受けながらも、積んでいた爆弾を一斉に起爆して道を作った。
その道を駆け抜けたミサイルが、いままさに工場から出撃してきた艦隊のど真ん中で炸裂した。それらは
ほんの少しずつ有利になっていく。だが、焦ってはいけない。少しのほころびが、この織りあげられつつある勝利の旗を台無しにしてしまう。
彼女は、そのなかでじっと時を待っていた。最後のとどめを刺す瞬間を思い浮かべながら。
「まずい!迎撃ミサイル突破されました!」
飽和していた迎撃システムの限界を超え、1発のミサイルがブリッジに迫った。それを正面から見据えた時、彼女は……。
あのとき、私は1つミスを犯していた。と、彼女は思った。
最後の最後。まさに、マイヤーを打ちのめして、いままさに勝利を飾らんとしたその瞬間に至って、犯したミス。それは、マイヤーを追い詰めることを楽しんでいたせいで生まれたのだ。そう、『シオドア・カヴァナに警戒を促すほどに私を警戒していたのに……』このセリフが出てくるためには、カヴァナと自身が出会う前の、マイヤーとカヴァナのやりとりを知っていないといけない。
彼女がタイムマシンを隠し持っているのでなければ──さすがの銀河帝国でもまだタイムマシンは開発されていない──それを知るための手段はたった1つに限られる。
つまり、マリア・バロネトパはカヴァナのコントロールデバイスに不正にアクセスして、その情報を奪い取ったということ……。
それはつまり、彼女が眠っている間に葬儀が行われたはずの彼の死体に触れていたということ……。
すなわち、彼女が眠りにつく前に、カヴァナの死に立ち会っていたということ……。
そう、2人が最後にあったそのとき。彼女こそが、シオドア・カヴァナを殺していたということだった。
いま、彼女はゆっくりと時間をかけながら、過去のことを思い出していた。
やれやれ。じつにくだらない男だったな。シオドア・カヴァナ。がっかりだ。
彼女は銃を撃っていた。マキナ・テクニカとの会議を終えて、恐らく断りのものだろう答えを遮って外へ出ていった。そして、射撃場へやってきたのだ。社員たちを連れて。
窓の外にいた2人は何事か話していたが、彼女に食事をとる旨の許可を取るなり、どこかへ行ってしまった。
そのことは、もうすっかり頭から抜け落ちていた。気にするまでもない。どうだっていいことだった。なんていったって、もっと考えなければいけないことがあるのだから。
あの男の意思を、どうやって曲げたものか……。彼女は銃に弾を込めた。
間違いなく、厄介なことになる。ああいう手合いの男は、合理的な判断を欠いているにもかかわらず、まるでそれが正しいかのように、堂々とふるまう。それが、色んな人を引きつける。
実に面倒だ。
とはいえ、何も手立てがないわけではない。かなりの賭けにはなるが、これをやるだけの価値はあるはずだ。
彼女は気の昂りを沈めると、長く、永く息をついた。
それから、コントロールデバイスを1撫でしてから連絡をとる。
「初めまして。私はPRE company代表取締役社長、マリア・バロネトパです。行政官殿の連絡先で間違いありませんね?」
『ああ、その通りだよ。マリア・バロネトパ君?いやはや、君たちがやってきてくれたおかげで、この区域の最重要人物である私の身命は救われたよ。心から感謝を申し上げよう。それというのも……』
彼が気分よくしゃべり続けるのを、彼女は再び射撃しながら聞いていた。
『それで、どのような要件かな?私も暇ではないからね。端的に頼むよ』
彼女は自分から話し出したくせにじれったくなったこの男の、おそらく最後になるkの元気な言葉を、ゆっくりと、味わうように聞いてから、言った。
「シオドア・カヴァナ殿につないでください。それで先の救助費用はちゃらにしますから。ああ、そうそれと、第3軍のご出身ですよね?どうやって、企業連合が任命する帝国地方ステーション行政官の座を確保したのか、ご教授願いたいのですが、このことは、秘密にした方がいいのでしょうか?」
シオドア・カヴァナは会議のあと、会社の自室──彼らしく、質実剛健を部屋の形にしたような、静かで、金属とコンクリートの冷たさに囲われており、贅沢品は、暖かで肌触りの良い掛け布団と、それを支えて彼の老いてしわが入った体を包んでくれる柔らかいがしっかりとしたベッドだけである──で、眠りにつこうとしていた。ベッドの上で穏やかな息をしていた彼の脳内に、うるさい音が飛び込んでくる。緊急通信。行政官との直接回線であった。
これは奇妙なことだった。あの男は形式を大事にしており──悪く言えば囚われていて──まず、緊急回線に連絡を入れるように他のものに連絡させて、相手からかけてくるようにするからだ。
流石に無視するわけにはいかず、彼はベッドから身を起こして端に腰かけ、回線を開いた。
「なんだ?行政官殿。わしは今から眠るところだったんだが?」
『すまない、君に今すぐ連絡を取りたいという人がいてね』
彼は今までに聞いたことがないほどに、憔悴した声をしていた。まるで50年も1人で孤独に過ごした老爺のような声だった。
「おい、どうしたんだ。いったい何が……」
『ただ、ある人と話してほしい。どうか悪いようにしないでくれ。私を助けると思って!詳しくはその人から……』
いつだって無駄で余計でなんのためにもならない話しかしない男が、いきなり本題から話し出したのは初めてだ。しかし、驚きも束の間。彼の声が聞こえなくなったと思うと、あの女の声が聞こえてきた。
『先ほどぶりですね。シオドア・カヴァナ』
「お前……。何をした?」
『いいえ?少し、昔話をしてあげただけですよ』
「昔話だと……」
『ええ。触れられたくない傷というのは、誰しもがもつ物ですからね。そこをえぐってあげただけですよ。びっくりするほど軟弱でしたが』
「脅したのか」
『そんなつもりはありませんでしたがね。結果的にはそうなりました。行政官の立場で第3軍出身だったのは、相当まずかったようです』
「やはり、お前はそういう手合いだったか。今度は儂を脅すか?」
しかし、向こう側から伝わってきたのは、どことなく落胆したような声だった。
『当初は、ね。そのつもりでしたよ。ですが、あなたに対する評価を改めました。あまりそれが通用するとは思えないのです。なので、一番シンプルな手段で行きたいと思います。シオドア・カヴァナ様。取引しましょう』
彼は嘆息してベッドに横になりだした。
「お前とする取引などない。時間の無駄だったな」
『私は、ゴールデンデバイスの断片を1つ所有しております』
頭がガツンと殴られたかのようであった。彼はしばらくの間、思考が少しも回らなかった。ようやく回り始めた脳みそで出した言葉は、
「お前……、本気なのか?」それだけだった。
『もちろん。ナンバリングはG-06です』
「本当だな?間違いないな?」
『ええ』
そして、彼らは長い沈黙の中に沈み……やがて浮上した。
「わかった。いいだろう」
『では、1週間と1日後に、あの会議室でお会いしましょう。先に宣言してからにしてくださいね』
「ふむ……まあ、よかろう」
そして、2人は通信を切った。彼は自身のベッドサイドの引き出しから、彼の愛銃を取り出した。
そのグリップを手につかんだ。重い。が、よく馴染む。
「あいつは、第3軍の何を知っているんだ?」
と、彼はつぶやいた。




