第1話
「お疲れさん、本当に助かったよ!強いんだなぁ~、あんた!」
「仕事をしただけだ」
「わっはっは!いや、たいしたもんだよ!そうだ、飯でも食うか?」
「すまない。補給食以外食べられないんだ」
「あるぞ、ほら、これだ!」
「ありがとう」
船長は、懐から液体がつまったパックを取り出して手渡してきた。彼がお礼を言って、自身のフルフェイスヘルメットにチューブをつなげて飲みだすと、船長は興味深そうに見つめてきた。
「よく食えるな!うまいのか?」
「これが一番よく食べる味だ」
「チョコ味だな」
「チョコってなんだ?」
「高級品さ!」
そう言って、彼は茶色い塊を口に放り込んだ。
マレアン・Pステーション。それが彼らが銀河の別の腕から遥々目指してきた、このステーションの名前である。何百という船が停泊している中、彼らの輸送船は積載量の限界を超えて船の外側にまでコンテナを括り付けて入港した。松ぼっくりのような不格好な見た目になってしまっていたが、いま、内戦時に戦闘区域になった場所の再開発ラッシュで、需要が急激に高まっていた作業ロボットをいち早く運ぶための、致し方の無い処置だった。
ただそのぶん、武装はおろか装甲すら役に立たなくなったため、できるだけ小回りの利いて腕の立つ護衛を用意する必要があり、そこでF-042こと11Jに依頼が出されたのである。すでに荷降ろしの作業で港は大わらわになっており、港の貨物監督官がほとんど出払って、彼らが操作する作業ドローンが餌に集る虫のように群がって貨物を運んでいた。
「いや~、途中の海賊にあったときには、もうおしまいかと思ったが、あんたを雇っててよかったよ!」
船長はあの貨物を捌いた後の利益を想像したのだろう、今にもよだれが垂れそうなくらい、だらしなく口を緩めて笑っている。それを見ながら、彼はあの戦いを思い出した。
彼ら、ツカサ・ナグモ率いる海賊たちは結局、数度の打ち合いから敵わないと見たのか、すぐに撤退体制にうつっていた。自分の仕事も敵の撃滅ではなく、輸送艦の護衛だから、無理に追いかけて殺す必要はない。彼らは速やかに撤退していき、彼はそれを見送るだけでよかった。
大した仕事ではなかったが、そういう余計なことは言わない方が得だ。評価は高くされて悪いことはない。
船長は懐のあたりからチップを取り出して、うなじに少し当てたあと、F-042に投げ渡した。
「とにかく、これが報酬だ!また、急ぎの用があったときには頼んだぜ!」
「ああ、機会があればよろしく頼む」
彼は歩き去った。チップをうなじのところに押し付ければ、30万クレジットが口座に振り込まれる。
すでに価値を無くしたチップを、専用ゴミ箱に放った。きっと、チューブでチップ再生機まで送られるのだろう、と彼は思った。
すでに他人になった彼の輸送船は、小型機の格納庫であるここからも展望ガラスを通してみることができる。彼は着いてすぐにハンガーからここへジャックを操って到着し、あの船長は船からテクテク歩いてやってきた
思えば、あの船に乗ってから顔を合わせ、言葉を交わしたのは彼だけだった。他の乗組員もいただろうに。栄養食を持っていたのも珍しい。普通の人間に無用のものだ。俺がFロットか、それに近いものだと見抜いていたのだろうか……。
「どうでもいいことだ」
あえて口に出し、思考を断ち切った。それよりも、ジャックのほうが心配だ。早くメンテナンスをしてやりたい。
格納庫に納められた自分のMEVに向き直る。やや青みがかった黒い装甲。黒すぎると宇宙での迷彩効果はあるものの、宇宙線や恒星の光を吸収しすぎてよくない。
今回はどうにか無傷で勝てた。次もこういくといいんだが。
「ジャック、待機モード」
その一言で、ジャック、こと彼のMEVはリアクターを止め、システムをシャットダウンした。アイドリングのままだと燃料を食う。兵器というのは大飯食らいだ。
彼の持ち物は非常に少ないが、それでもMEVのコックピットに乗せることは基本的にしない。コックピットにものを持ち込むのは禁止されているからだ。今回は船の方に乗せてもらっていた。さっき船長がやってきたのは報酬を渡すためだけでなく、彼の荷物を持ってくるためでもあった。
ダッフルバッグ一つ。それが彼の荷物のすべてだった。非常に頑丈な軍用のバッグだから使っているが、あまりに使い込みすぎて2年に一度は買い替えが必要になっている。その中に入っているもののうち、最も大きくて重いものが工具箱である。それを取り出して機体の横で広げ始めた。
さっきの報酬のうち、5万は燃料の補充に消えるだろう。と、工具を取り出しながら考える。
戦いの最中、ずっと足の違和感が気になっていた。早めに修理したほうがいい。パーツの買い替えが必要だったら、それだけで10万はする。それに、弾薬費だってただじゃない。ほんの数分の戦闘で、80口径レールガンの実弾を30発は消費した。一発千クレジットだから、3万。入港にも費用が掛かり、食費、税金、それぞれ2万くらいか。できれば、MEVのエネルギー補給もしたいところだし、となるとのこりは……。
「はあ」
思わずため息をついていた。金勘定ばかりでいやになっていたのだ。F-042にとって、人生とはMEVに乗って戦うこと、そのものだった。何も考えずに戦って、飯を食って、また戦って。そういう日々をいつまでも送られれば、それだけでよかったのに。
銀河帝国建国以来、1度としてなかった内戦は10年間続いて、10年前、終結した。彼はその渦中に生まれた存在だった。戦うために生まれた兵器。それが自分自身の在り方、そのものだった。だから、内戦が終わってからというもの、自分が落ちぶれていくばかりであることを、ヒシヒシと感じていた。
それから半日ほど過ぎて、格納庫の明かりのほとんどが落とされた。睡眠サイクルに入ったらしい。すべての銀河帝国のステーションや宇宙船内では一つの銀河帝国共通時が使用されている。テラフォーミングされた惑星上のコロニーであれば、その惑星の自転に合わせるか、あるいは潮汐ロックがかかっている場合や、自転周期が人類に最適な24時間の倍数から極端に離れている場合には、銀河帝国共通時がやはり使用されている。
いずれにせよ、格納庫は暗くなり、唯一起きているのは彼であり、唯一照らされているのは彼と彼のMEVだけであり、世界は彼らだけだった。
格納庫に並ぶ他の小型機──戦闘機やドローン、他のMEVなど──に比べると、ジャックはずっと古臭く見える。装甲に浮かんだ汚れや錆、直しきれないむき出しになったままのパーツ。MEVの乗り方を脳に“蒸着”させられたとき、一緒にある程度までの修理やメンテナンスのやり方も学んではいる。それでも、内戦終結から10年の時を経て彼のMEVは、もはや彼自身でもどうしようもないほどに“ガタ”が来ていた。
彼は夜半を過ぎるまで、レンチをもって緩んだ部品を締め直し、パーツの一部を交換し、油をしみ込ませた布でその装甲板を丹念に磨いた。落ち切らない錆、刻まれた弾痕、表層の融解や剥離で凹凸の目立ってきた装甲を、隅々まで磨き上げた。
「よし」
ひと段落ついたころ、突然、彼は眠気を感じてきた。ずいぶん集中していたようだ。ゆっくりと歩いてジャックのまわりを回って、出来栄えを確かめて満足すると、彼はジャックに一声かけた。
「ジャック、搭乗姿勢」
MEVが片膝をついて胸部を開く。その胸郭に刻まれた『JACK』の文字がよく見える。そして、彼はぽっかりとあいた空洞のようなコックピットにためらいなく乗り込んだ。
『ようこそ、パイロット”F-042”』
「ジャック、睡眠モードに移行」
『OK』
ハッチが閉められ、今、パイロットが入っていったコックピットに、どろどろとした溶液が注ぎ込まれる。やがてそれで中が満たされると、彼は肉体の感覚のほとんどを失った。夢を見ているときのようなおぼろげな感覚がすべてを包み込んだ。
『本日も睡眠時はメモリーを再生しますか?』
「ああ、よろしく頼むよ。中断されたやつを頼む」
『OK』
もはや、ジャックの声も脳内で聞こえている。コックピットの中で、MEVと体を一体化させ、全感覚、全神経を接続する。
「おやすみ、ジャック」
彼らはそのまま眠りについた。F-042が頼んだようにメモリーの再生が始まるまで、彼はだれかの腕の中で安らかな眠りにつく夢をみた。それから、朝までメモリーの戦いを見続けた。