第16話
ファイの艦隊が突進し、ジャックにのったイレブンが出撃し、道を均す。そこをステファン操る武装商船で通行する。
「これまでと比べて早くなったか?」と、マリアが言った。
「大体、2倍くらいは」
「もっと早く起きれていれば、さっさとこの戦法に移れたのだがなぁ?」
彼女は意地悪く笑って、イチカの方を見た。
ブリッジは、中央に立体プロジェクターによって投影された宇宙図があり、その周りに艦長、および同様に重要な判断を下すものの席が置かれ、周囲の壁際に、それぞれのクルーの席があった。
イチカはそのうち、クルー側の仮設されたものに座っており、彼女の目にしか見えないモニターでファイからの情報の整理や直接操作をしていた。
だが、いま、社長から声を掛けられたことで彼女の方を振り向いて、渋面を作って見せた。
「その節はすみませんでしたね……。もう、二度と社長の頭については心配しませんから!」
マリアはそのことを気にせず、ただ、すっと正面を向いた。
「次の星系に向かってくれ。イレブンは、また敵をひねりつぶしたようだ」
F-042はそこにはいなかった。燃料の持つ限り、先へ先へ。無人船に補給物資を積んでもらい、それを受け取りながら、さらに先へ、先へ。
イチカからの通信を受け取る。
『次は386星系です。ファイは複数の中型艦と遭遇してミサイルの応酬になり、ほとんどが撃墜されてしまいました。HAIの戦力はまだ半分ほどが残っています』
「具体的に、何が何隻いるんだ?」
『コルベットが21隻。フリゲートが10隻。駆逐艦が4隻です……あ!すみません、増援がワープしてきたみたいです!フリゲート11、駆逐艦4!じゅ、巡洋艦1!』
「ついに中型艦まで引っ張り出してきたか」
『こちらもファイの船を送ります!それでなんとか……』
「必要ない。補給の準備だけしておいてくれ」
『ええ?1人でどうにかするつもりですか?』
『できるのか?イレブン』と、社長が通信に割り込んできた。
「全く問題ない」
『これまでに戦ったことのない規模の相手だが……』
「俺はある」
『そうか。なら、やってしまえ』
彼はワープウェイを抜けた。広域スキャンをかけると、すでに熱を発していない物体がいくつも宙を浮かんでいる……ファイの無人艦の残骸だ。
『パイロット。目標物危険性評価:高』
「ジャック、ジェネレーター出力オーバーロード。レールガン給弾速度をオーバークロック」
『OK.安全措置起動。最終安全プロトコル発動準備を開始』
彼はスラスターの出力を最大まで引き上げた。機体にかかる加速度は一気に急増する。そして、体勢を整えてレールガンを構える。
高揚感が彼の胸を満たしている。戦い、また、戦い。その先々に新たな敵が待ち構えている。飽きることのない戦いの連続。彼はただ、MEVに乗って戦っていられればそれでいい。
『複数ターゲットロック』
「弾道計算開始』
『完了。充電120%』
「砲弾初速調整」
『As your wish』
発射。
HAIは、このほんの2週間程度の間にすっかり脅威を覚えこまされた恐るべき小さな敵の接近に気づき、シールドシステムを連携させていた。
巡洋艦も参加した重合シールドは戦艦級の砲撃だろうと、少なくとも一撃は耐えられることを可能にし、彼らは撃墜される前に、十分な攻撃の機会を得られるはずである。
彼らの小さな敵が幾度か光った。マズルフラッシュ、攻撃が来る。彼らは守りを固め、着弾の瞬間にシールドが展開された。その結果、コルベット8隻、フリゲート3隻が引き裂かれた。
なぜ?
簡単だ。同時にシールドを起動することで守りを固めるのならば、同じように、完全に同時に、いくつもの箇所を攻撃してやればいい。
すると、シールドの防御力は必然分割され、低下する。あとは、十分な貫徹力があるならば簡単に敵を屠ることができるわけだ。
お返しに放たれたHAIの艦隊の砲撃は、回避機動をとる彼をかすめるばかりで、命中しない。やがて、彼ら……特にコルベットとフリゲートは弾をばら撒くことに集中し始めた。命中させるのではなく、逃げ道をなくすように攻撃で埋め尽くす。
息の合った統制射撃。空間を埋め尽くすほどの攻撃には、圧倒的な砲門数が必要だが、面を埋め尽くすにはまだ難易度は高いものの、相対的に見ていくらか簡単である。彼らの砲門数ならば、それにはこと足りた。
そのうえで、駆逐艦と巡洋艦の主砲が彼に向けられる。そこに宿されるエネルギーは、ここでに来て遭遇したあのドローン母船の武装と同じ。そう、加粒子砲だ。それが、面制圧によって逃げ場をなくした彼を捕えようと、エネルギーが込められていく。
面から逃げるならば、その彼が逃げた辺にそって砲撃を集中させる。突破するならば、シールドの出力の落ちたその瞬間を狙って、砲撃で吹き飛ばす。
まさに八方塞がりだ。
彼は上の辺へ避けた。HAIは加粒子砲を解き放つ。
閃光。面制圧の砲撃など比べ物にならない、圧倒的な光量の弾道と、その光線。圧倒的に広い範囲を焼き尽くした。
無駄だった。彼は、もっと上にいる。
ブースト。それが、ジャックに備わった特徴的な機構の一部。
背面に集中して配置され、普段は前方への推進力を生み出すために使用されるスラスターを、瞬きの間だけ、前方180°の1方向に偏向させながら猛烈な量の燃料を吐き出して着火することで、爆発的な推進力を手に入れる。
爆発的な推進力を、それまでの運動方向をほぼ無視して繰り出すことができるこの機構は、通常のパイロットでは肉体が押しつぶされて死亡しかねない技術だ。
幾度もの戦闘経験を積み、肉体を磨き上げ、さらに生体工学的な強化を加えたうえで、経験によって裏打ちされた加減を加えて、安全な方向への1度、多くて2度のブーストが、通常のパイロットの限界。
だが、彼は。彼らFロットならば、そんなものは関係ない。それができるパイロットなのだ。
彼は止まらない。止められない。
もはや、HAIには彼を止めるビジョンが浮かばなかった。よって、逃げることにした。
巡洋艦を中心に、時空震が発生し始める。早く、工場にこの事実を伝えなくては。強力な敵の存在を。そして、その対策を練る必要がある。
そんなことを許すと思うか?と、彼は思った。
「ワープジャマー起動」
『OK.ワープジャマー起動。時空震の停止を確認』
彼らのワープは失敗に終わった。巡洋艦クラスならば、スタビライザーも積んでいるはずだが、それでも、彼のジャマーの性能の方が上回っていた。
マキナから買った、あるいは供与された武装の1つ。
ワープジャマーは自身の性能を底上げするものではなく、戦いでの勝利をより完全なものにするための装備だ。つまり勝つのが当然の、強者のための装備である。
彼らの砲撃戦は終わっていない。しかし、もはや勝敗は明らかだ。コルベットとフリゲートにはレールガンの同時着弾を防ぐ術はなく、駆逐艦ですら、弱点を破壊されれば1撃で破壊されてしまう。巡洋艦はどうにか自前のシールドだけで耐えられるが、それですら、接近しつつある彼に張り付かれたとすれば、シールドの発動できない0距離から次々に砲弾を撃ち込まれ、たやすく破壊されてしまうだろう。あるいは、それすらしないかもしれない。いま、盾の形状をしているエネルギーブレードを変形させて、紙のように切り刻まれるかもしれない。
いま、彼の思考時間は極限まで短くなり、その知覚にかかる時間は、もはや未来予知と同じほどまで加速していた。走馬灯は、現在の死の危険に対して、過去から解決策を見つけるためのものらしい。ならば、彼が人生の大部分を過ごしたジャックのメモリーに自由にアクセスできる今の状態……MEVの人工知能とその機械的感覚器、神経系と彼の自前の脳みそが接続されて、互いの思考が筒抜けになり、彼の意思が発せられる直前の脳神経の発火を事前に読み取ったジャックによって、その意思のままの動きがすでに始まっている。完全な……“同期”。戦いの中で、常に走馬灯のような極限の集中と記憶の自由な閲覧を可能にするこの能力。ああ、そうだ。これこそが、Fロットの神髄。
もう、MEVとパイロットは分かちがたい存在になっていた。MEVの万能の能力を発揮するための、最後のパーツ。無機物と有機物の混合たるMEVの躯体に魂を吹き込む、生体パーツ。それこそが、『Fロットパイロット』。
巡洋艦はゆっくりと後退しながら砲撃を集中させた。防空機銃までつけて小型機対策もされているが、それが脅威になる距離は、彼の速度からするとほんの一瞬に過ぎなかった。砲撃の距離を外れて、機銃の距離に潜り込むと、半秒後にはすでに外殻まで達していた。
激突しないよう、急制動をかけながら船体をなでるように過ぎ去る。その間、片手に握るレールガンから次々に砲弾が放たれていた。
ジェネレーター、弾薬庫、燃料タンク。あらゆる弱点の位置を予想して、手当たり次第に破壊する。
『目標構造マップを作成』
破壊の痕跡から、ジャックが敵艦の内部構造をマッピングする。おおむね、どこに弱点があるのか、どこをどうやって破壊すればいいのか。これがわかってしまえば、もはや巡洋艦ですら話にならない。これで、本拠地に残っているほかの巡洋艦すらも丸裸も同然だ。
「レールガン、オーバーロード」
『出力上昇、充電200%』
防核を貫徹し、ジェネレーターを破壊した。巡洋艦を動かしていたエネルギーが暴走し、内部から自己破壊が始まる。拡大するプラズマの熱球が、すべてを飲み込んで電子レベルに崩壊させる。爆発だ。
彼は周囲を見渡した。
あとには、震えて死を待つばかりの小型艦だけしか残されていない。それらは、一縷の望みを託して自爆を試みた。
再びのブースト。そして、その勢いに乗ったまま加速し、その場を後にする。爆発の熱線は、拡散しきって彼に何らの被害をもたらすことはできなかった。
もはや、この星系で意思を持って動く物体は、彼以外に残っていない。彼は社長たちに連絡を入れた。
「敵を殲滅した。先へ進む」