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銀河をかけて  作者: ウロボロス
第1章 始動
17/24

第15話

イチカの初登場のところで名前を間違えてたってマジ……?修正しました……。

 帝国企業研究所発行『企業便覧4675』より抜粋:


 『重工業統一連合』:創業58年。内戦以前に設立された企業であり、企業複合体として設立された。内部ではほとんど統合が完了しており、企業複合体結成以前の組織構造はもはや名前以外に残されていない。

 内戦中には第3軍と取引を行って協力していたため、戦後処理のために企業連合4大財閥の一角をなすテンザン重工によって買収され、完全子会社となった。株式は非公開になっており、業績等も公表されていない。

 子会社化されて以降、44区域を中心として、43、45区域の支配権を獲得した。そのため、80、90番台の帝国外縁領と中央との交易を管理する位置に立ち、有事の際には艦隊を派遣するなど、保護に積極的な姿勢を見せている。このことから外縁領の保護者、などと呼称されることもあるが、外縁領からは上辺だけの保護者である、などと非難されてもいる。

 元第3軍取引企業とのやりとりがあるという噂もあるが、噂の域を出ない。


 ──────……



 また夜のサイクルのことだった。暗い廊下の明るい病室にPRE社の2人と各企業の代表者が集まり、彼女を無理やり目覚めさせるかどうかについて話し合った。半々に意見が分かれた。F-042とステファンが賛成し、イチカとマイヤー───彼はマキナ・テクニカとユニオンとの連絡を任された役員になっていた。イチカが研修に行くにあたって、その案内や指導を行っており、ほとんどずっとイチカに付きっ切りだった──は反対したのだ。だが、特に意見を出すのはイチカの方で、マイヤーはそれに従っているだけかのように見えた。

 4人はネオモダリン投与のために与圧ポッドから出されて点滴をつながれる直前のマリアの前で最後の議論に挑んでいた。


「もしも、社長を起こした時に、何か脳への障害が残ったらどうするんですか!しかもネオモダリン投与だなんて、神経系に大きな負担がかかります!私は反対です!」

 マイヤーはそれに頷いた。ステファンが言う。

「けれど、君たちでこの事態をどうにかできるのかい?それができるようには思えないけどな。彼女の決定力、責任能力、判断力が必要不可欠な局面だと思うね」

「それはわかりますけど、社長にもしものことがあったら、今後、会社そのものが立ちいかなくなる可能性もあるんですよ!」

「言いたいことは分かるよ。でも、今この瞬間に彼女がいないんじゃあ、意味がない。肩書を思い出してごらん。最高経営責任者代表取締役社長だよ?その彼女が、経営目標に危機が迫っている現状に対処しないならば、いったい誰がそれをやるっていうんだい?その責任は?」

「そ、それは……」

 彼女はグッと飲み込んで、マイヤーに向かって叫んだ。

「マイヤーさんはどうお考えですか!」

「……(わたくし)としましては、事前に決められていた通りに物事が進むよう、ますます努力するべき、としか言いようがありませんね」

 その言葉が彼女の求めていた援護射撃に足りていないのは明らかだった。彼女はやや落胆したように息を漏らし、ついでイレブンに目を向けた。

「イレブンさんは、どう考えていますか」

「起こすべきだ」

「何でですか?社長がどうなってもいいんですか!」

「さっきステファンが言ったこともそうだが、現実にこのまま万事がうまくいくとは思えない状況で、それに対処しなければならないなら、上官に指示を仰ぐのが当然だ。そして、その通信手段が断たれているならば、まずはその回復に全力を尽くすことが求められる。どうしてもそれが無理ならしょうがない。だが、現実に可能な手段があるにもかかわらず安全をとって行動を起こさないといのは、それは臆病だ」

 イチカはうっ、と殴られたような短い嗚咽を漏らした。ステファンがすかさず畳みかけた。

「もういいだろう?イチカ君の考えもわかるけど、僕たちはさっさと何をするべきか、決めないといけないんだ。だったら、社長のいないマキナ・テクニカにも、(彼はマイヤーのことを見たが、マイヤーはまるで我関せずとばかりに明後日の方を見ていた)そして、この中で一番小さい、僕らオルテガの判断にも頼っている余裕はないだろう。唯一、ユニオン全体の動きに対して責任を持てるのは、マリア・バロネトパを除いて他にいない」

 そこで、ようやくイチカも音を上げて、首を縦に振ることになった。

 このやりとりの一部始終を見ていた医者は、全員に最終確認をとって、ネオモダリンの点滴を開いた。


 10秒、30秒、1分……。

 ぴくり、と彼女の手が動いた。

 その目が重々しく開かれていく。人工呼吸器が取り外されて、彼女は自分の意思で呼吸を始めた。茫洋として、どこか遠くを見ていた彼女の瞳は、突然、カッと開かれた。

「イ……チ、カ。イ、チカ、は、どこだ」と、彼女の肺を絞って漏れ出たようなか細い声が、静かな病室に轟いた。

「社長、ここです」

 彼女がベッドわきによった。マリアは右手を持ち上げて、ベッドの脇を探った。

「ハットは、ない、のか。起こ、し、てくれ」

 彼女は医者に目配せをして、頷いたのを確認してからマリアの背中を支え、宇宙空間から回収された、頭の部分に穴があいてしまっているハットを手渡した。

 その様子を見ていた医者は、1つうなずいてステファンに声をかけた。

 ここ数日で一気に有名になった──89区域のローカルニュースで何度も取り上げられた──社長陣が集まっているこの場で、語られることが社外秘になるだろうと感じた医者は、車椅子を用意してくると言って外へ出た。

「こちらです」

「ああ。あり、がとう……。くそ、目が。まぶしい……」

 だが、彼女は1度開かれた目を閉じることはしなかった。わずかに細めても、その瞳は壁をにらみ、その奥の宇宙を、銀河を見通しているかのように、鋭い光を宿す。

「どれだけ、寝ていた?」

「1週間です。社長」

「1週間?……1週間だと!」

 彼女の乾いて張り付いた喉から、掠れた様な叫び声が発せられた。

「くそっ……眠り、すぎだ……。何が、何があった?寝ている、間に……。カヴァナ殿は?」

「一緒にいらっしゃったマキナ・テクニカのシオドア・カヴァナ氏は亡くなられました。いまは、役員たちの会議でその役割を引き継いでいます」

 彼女は苦し気に顔をしかめて、掠れた声で死を悼む言葉を述べた。

「マキナは、ユニオンに入るのか?」

 《わたくし》私達はユニオンに加入する予定でございます。社長の最後の言葉ですから」

 と、マイヤーが言った。

 彼は予想に反して、落ち着いた様子であった。彼女にいきなりつかみかかっておかしくない様子だったのに。だが、マリアにはそんなことどうでもよかった。

「事業についてはどうなっている……。HAIの、方だ……」

「HAIの殲滅は継続していますが、まだ工場の発見はできていません。ただ、まずいことに重統連が介入を発表して、もう戦力を投入して捜索に動き出しているようで……」

 すると、マリアは声にならない悲鳴を上げた。その悲鳴は、彼女の喉が、彼女の精神が発そうとする怒号に耐えかねた悲鳴だった。

「なぜ、もっと早く起こさなかった!我々には、寝ている余裕なんて、ないんだぞ!」

「でも、社長の脳へのダメージが……」

「そんなもの、培養脳細胞の移植でどうにかなるだろうが!イチカ!」

 彼女はもう、眠りから覚めたお姫様ではなくなっていた。

 瞳に炎を宿し、その意志は猛々しく吠え叫び、影は彼女の体からにじむようにして広がり、壁とベッドに滲みだした。

「これから同じようなことがあったとき、何がなんでも私を起こせ!他の人間はまだいい。他のもので替えが利かないわけでもない。だが、私は!私だけは替えが利かん!なぜならば、いま、この瞬間に責任のある判断と決定を下せるのは私だけだからだ!命を惜しんで重要な“時”を逃すくらいなら、そのまま死んでしまうのと何ら変わらん!」

 彼女はそう叫んで、すぐに起き上がろうとしたが、ついた手に力が入らず、ベッドの上に倒れこんだ。

「や、やっぱり運動野にダメージが……」

「あとで脳のスキャンをして、損傷した部分を入れ替える!だが今は……ステファン!あいつらは、重統連の艦隊は今どこにいるんだ?何をしている?」

「僕は知らないよ。イチカ君の担当だろう?」と、彼はマリアに言った。

「イチカ!」

「ええっと、ファイによると、今は200番台の星系にいるようです。HAIの艦隊濃度が高いところを捜索しているみたいですけど、HAIも捜索されているのをわかっているみたいで、散発的に襲撃しているっぽいですね。でも、これは3日前の情報です」

「こちらの状況は!」

「艦隊をいくつかに分割して探させていますけど、ちょっと、進捗はよくないです」

「要因はなんだ?」

「要因……?それは……その、向こうがほぼ無補給で、戦闘しては移動してを繰り返すことでほぼ休みなく動き続けてる一方で、私たちの艦隊は戦闘のたびに補充しているせいで、足が遅くなっているというのがあります……」

「ならそれをやめろ。艦隊はどんどん先に進めさせて、少しでも早く、HAIの製造工場を発見するんだ!結局のところ、HAIの艦隊は枝葉末節に過ぎない。大本を断ち切ったものが、一番貢献度が高く評価される。ならば、生産工場、あるいは、その根拠地を破壊しなくては!支配権の、獲得に、支障がでかねん!」


 無理がたたったのだろう。彼女は苦し気にうめいてベッドの中に身を沈めた。空気の中におぼれているかのように、必死になって空気を取り込んでいる。


「でも、残骸を回収しておかないと後でHAIが増えて大変ですよ!それに、艦隊も戦いのたびに補充しないと勝てません。拮抗した戦力差なんです!」

「あいつらが勝ち続けられるのはなんでだ?」と、マリアは息せき切っている合間に、溺れるものの呟きように言った。

「えぇ?勝ち続けるられるって?」

 彼女は息を吸い込んだが、言葉でしゃべるのをあきらめ、自身のコントロールデバイスを通して、脳波による非言語通信に切り替えた。


『無補給で強行軍を続けているのだろう?それで戦い、勝ち続けられる軍などありえない。重統連は第3軍と取引をしていた企業だ。ならば、設計思想は兵站パッケージ論に則っているはず……』

 みんなが自分のデバイスで彼女の脳の声を聴いていた。

 彼女はその間、マイヤーの様子をちらりと伺っていた。

『パッケージ論では、消費率×部隊数×時間+安全余裕で計算される物資を、始めから艦に積み込む、あるいは補給艦を用意する。通常1ヶ月間ほどは補給の必要なく動き回り、何度かの戦いを乗り越えることができるはずだ……。だが、HAIの規模は大きく、幾度も全力戦闘を強いられるはずだ。それを乗り越えられるというのは……?

 彼らの艦の編成はわからないか?なんでもいい。なにか情報を出してくれ』

 イチカは少し逡巡して、その目が幾度も青白く光り、回線上で話しだした。


『重統連の艦隊は……そうですね。ほとんど推測ですが、恐らくは……空母機動部隊です。戦闘後の残骸に細かい破壊痕が多いこと。残存エネルギー計測から、星系全体に分散している残骸が、ほぼ同時に撃墜されたらしいことがわかっているので、機動兵器が運用されているのではないか。と考えられます。

 私たちの艦隊のちっちゃい版のような、現場で生産できる無人ドローンを使用して……。いえ、違いますね。残骸には特別そのようなことをした形跡が見られませんし……』

『ビーム兵器だけで戦ってる可能性は?だったらジェネレーター次第だけど無補給でも戦えるんじゃないかな?』と、ステファンが彼の耳元の……シオドア・カヴァナと同じタイプのコントロールデバイスを通していった。彼らの会話は静かだが、きわめて早かった。

『可能性は、一応。でも、それだけだとシールドで容易に防がれてしまいますよね。それに、瞬間的なエネルギー消費も激しいですから、逆に向こうからの攻撃を防げなくなっちゃいます。ある程度は実体弾、爆弾などを含めていると思いますし、そうなると、やっぱり補給問題が立ちはだかります』

『絶対に負けないから、補給が必要ない。という可能性は?』

『へ?いえ、戦ったら弾薬の補給や修理や燃料の補給が必要なわけですから、負けないからと言って無補給でいいわけじゃありませんよ』

『空母を使っているんだろう?それの編隊の補給だけに絞れば搭載している分だけ足りるんじゃないかな?』

『それは……どうでしょう。でも、戦いの規模が大きい割に決着が早いみたいですから、かなり大きな火力を投射しているようにも見えます』

『そうなると、船が関わっていないとおかしい?』

『おかしいです。莫大な出力の攻撃ができて、超高速で動くことができる小型機がいない限りは……』


 そのとき、ふと彼女は、何かに気づいたかのようにイレブンのことを見た。彼らの視線は、自然と彼のヘルメットに集まりだす。

 沈黙の時が流れた。彼は何も言わず。ただ、じっとマリアのことを見つめ返していた。

 なぜ、彼女はこんなにもすべてを知っているのだろう。と、彼は思った。


 寝ている間は世界から切り離されたかのように静かに眠っていたのに。いま、彼女は全身にあふれんばかりの活力をなみなみと注いで、ギラギラと輝かんばかりの眼光で、もはや議論の結末はわかりきっているといわんばかりに、始終、ずっと彼のことを見ていた。

 実のところ、空母機動部隊だという話が始まった瞬間には、すでに彼のことを見つめていたのである。


 彼女は()を開いた。

「わかっただろう。君たち」

「ええ、まあ、はい。一応」

「そういう事なんだね?」

「待ってください。(わたくし)はまだ納得しておりませんよ」

「同じ結論に達したのだろう。ここにいる誰もがそうだ」

「しかし、元第3軍のパイロットを財閥子会社の企業が登用するとは……」

「マイヤー殿。他に何があるっていうんだ?」といったマリアは、イレブンに顔を向けて、

「イレブン、君は同じことができるだろう?」

「できる」

 莫大な出力、高機動、小型機。このすべてを兼ね備えているのは、彼が操るMEV『ジャック』をおいて他にいない。ならば、彼と全く同じことが可能なもの……すなわち、彼の同胞が敵にいることを意味している。彼は、彼だけは知っている。それはつまり、“Fロット”が敵にいるということを。

「これはレースだ」

 と、彼女は言った。

「どちらが先にHAIの工場を見つけ出し、破壊するか。そのレースになる」

 そこで彼女はなースコールを通してベッドごと病室から運び出してもらうようにいった。

「ステファン。武装商船を準備してくれ。私たち自ら乗り込んで現場に向かう」

「了解したよ」と言って、彼は自身のコントロールデバイスに手を当てて、乗組員に指示を出し始めた。

「イチカは、この1週間の出来事を全部教えてくれ。委細もらさず、全部だ」

「もうまとめてあります」

 すべての準備が風に吹かれているかのように、整っていく。

「イレブン」と、最後に彼のことをみた。

「ああ」

「頼んだぞ」

「ああ」


 彼は、ふと、戦いに向かう直前のあの感情が胸の内に満ちてきているように感じた。それをつかもうとすると、煙のように手から逃れて霞んで消えていった。それでも、彼はそれを感じたことを覚えていた。


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