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銀河をかけて  作者: ウロボロス
第1章 始動
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第14話

 連続した電子音。一定の周波数で刻まれるそれが、モニターに同じリズムの波形を描き出している。

 彼女は与圧ポッドの中に入れられたうえで、機械につながれて点滴で栄養が補給されつつ、ベッドに寝かされていた。彼女はいま、あの凛々しく自信に満ちたような態度が消え失せて空気の重圧に押しつぶされた、ガラスケースの華奢な人形のようである。

 搬送。集中治療。入院。その一部始終を抗菌ガラス越しに見ていたのは、F-042。彼1人だった。


 夜のサイクルが訪れて、真っ暗になった廊下で合成綿に覆われた冷たい金属製の椅子に腰を下ろす彼は、明るい病室に照らされて、何をするでもなく、ただ座っていた。それだけである。

 彼のヘルメットの中で、しゃがれた男の歌が流れている。コックピットの中でよく聞いている歌だった。歌詞の意味は知らなかった。だが、彼は口ずさむことができた。

 そのとき、硬い革靴の足音が遠くからゆっくりと響いて近づいてきた。

 彼はちらりと横を見る。立っていたのは、マイヤーだった。

「社長が死んだ」

 と、マイヤーは開口一番に言った。

「そうか」と、F-042はそっけなく返した。

「社長に何があったと思う?」

「戦闘の砲撃で会議室ごと吹き飛ばされて、うちのバロネトパ社長と一緒に宇宙に投げ出された。急激な減圧で各器官で血管が破裂。出血と多臓器不全によって死んだのだろう」

「そうだ。よくわかってるじゃないか。まるで元から知っていたみたいだ」

 と、彼は吐き捨てるように言った。

「MEVパイロットはコックピットの密閉性が破壊されたことで死ぬことが多い。よく知っている死因だ。馴染みはないが」

「そんなことを言ってるんじゃない」

 改めてマイヤーのことをみる。

 彼の目は充血して赤くなっていた。目の周りが腫れぼったく見えて、そのほほに乾いたような水が流れた跡がある。

「なら、何をいいたい?」

「この死には、不審なことが多すぎる」

「というと?」

「いちいち説明しないとわからないのか?」

 マイヤーは明らかにイライラしていた。

「お前たちの社長と、我々の社長が一緒にいた時に、そこだけピンポイントにHAIに攻撃されるなんてことがあると思うか?どう考えたって、何かの策略で、意図的に殺害された!そうじゃなかったらなんだっていうんだ⁉そうとしか思えない!」


 彼は、声を荒げて壁を蹴りつけ、グワングワンという耳を(ろう)するような歪んだ音が廊下を制した。だがその音も、それより大きな暗闇のなかへと吸い込まれ、一度も帰ってくることはなく、ただ虚しくなった。ジャックがヘルメットのマイク音量を下げた。

「何か、とは?」イレブンはマリアのことを見ながら言った。

「我々の社長は、いちど決めたことを曲げたりしない。頑固なんだ。やると決めたらやり通すし、断ると決めたら、何があっても、たとえ眉間に銃を突き付けられていたって、絶対に断る。なのに、今回のだけは……違った!社長は、誰にも相談することなく、いきなり断ると宣言していた契約を結んだ!

 そしたら、そしたら!次の日いきなり、図られたかのように死んでしまった!だれだって、いくらだって工作できる!HAIの大艦隊の奇襲で混乱しているその真っただ中で!事故で死んだんだ!そのとき一緒にいたのは、あのマリア・バロネトパじゃないか!怪しいなんてもんじゃない!」

 そう、彼がいった。F-042はもはや見向きもしなかった。

「そうなのか。我々の社長も意識不明の重体だが」

「それは……!いくらでもごまかせるだろう!昔のおとぎ話でも、仮死薬を飲んで死んだふりをした話がある。今の医療で、同じことができない道理はない!」

「シオドア・カヴァナと同じように、社長は急激な減圧で循環器系が窒素の泡だらけになっている。腹部を爆発によって吹き飛んだ破片が貫通したため多くの血を失い、出血性ショックと減圧症によって脳へのダメージが考えられる。意識が戻らなければ、彼女は脳死判定になるだろう」

 マイヤーは、ぐっと飲み込んだようにして黙った。なおも、F-042は話しつづけた。

「なぜ、カヴァナが提案を受け入れたのか。俺にもわからない。脅されたって断るんだろう?わからないが、その後のことはわかる。あの人をうちの社長が殺したと考えるのは早計なんじゃないか?」

 それから、彼はじっと座っていた。マイヤーがいついなくなったのか、彼は知らなかった。特にみてもいなかったからだ。


 やがて、ローファーの優しい音が近づいてきた。

「イレブンさん」と、イチカが言った。

「どうだった?」

「お医者さんから話を聞いてきました。峠は越えて、なんとか命のほうは。でも、まだしばらくの間は寝かせておいた方がいいそうです。とりあえず、脳の保護はなんとか間に合ったみたいで、どうにか障害は残らなさいそうで……。コントロールデバイスの緊急作動で脳の酸素を絞って冷凍していたおかげだそうですが。でも、運動機能に関しては……。それは……。(彼女はため息をついた)もしかすると、残念なことになるかもしれません」

「そうか」

「一つだけ幸いだったのは、社長が直前にこれからの動きについて、大まかに話してくれていたことです。シンプルですけど、とりあえずの行動指針になります」

 と言って、彼女はチップを手に持って瞳にかざすと、目をチカチカと光らせた後、彼にそのチップを渡した。

「資料を入れました。中身を確認してください」

 F-042はうなじにそのチップをあてた。

「これから、このステーション周辺でのサルベージを行って艦隊を増強し、HAIの製造工場の発見と、その破壊を目指すのが大まかなプランです。それと、他の企業によってこの目標が先を越されないように、可能な限り早くこの目標を達成することが望ましい、とされています」

「他の企業。つまり、区域外の企業のことか」

「そうです。これを機に、89区域の支配権を手に入れようとする(やから)が必ずいるだろう。とのことで」

「なら、早く始めてしまおう」

「一応、サルベージは大まかに完了してるので、あとは目録を行政官に提出すればいいだけです。ここまでのワープウェイや、その他の……ケホッ、ケホッ……う、うぅん!失礼!」

 そして彼女は後ろを振り返ってゴホゴホとせき込んだ。

「大丈夫か?」

「ゴホッ……ふう。はい、すみません、大丈夫です。ちょっとここ、消毒薬の匂いがきつすぎて。のどに()ます」

「そうなのか。それなら、1度船に戻ろう」

「そうですね。悪いですけど、そうしましょうか。ちょっと、ステファンさんの社員さんを1人お借りして、その人に代わりに見ててもらいましょう」

 と、彼女は言った。

 最後に社長を一目見た。彼女の目はただ閉じられていた。




 実際のところ、どこまでマリア・バロネトパがシオドア・カヴァナの死に関与していたのか。彼の判断を変えさせたのはどのような働きかけだったのか。彼女がそれから起こることをどこまで予想していたのか。定かではないが、いずれにせよ。彼女の思惑通りに事は進んだのだろう。

 マキナ・テクニカがユニオンに加わったことで、彼らが製造している武装が無人艦に搭載されて、ますます火力が向上したし、艦の製造はマキナ製の上質な鋼材や部品をもとにすることで、さらに早く、よりよいものができるようになった。

 現場でもそれらの部品を作れるようにするため、彼らの技術者のドローン操作をファイに学ばせようと、イチカはその研修に行った。

 その時応対したのはマイヤーだったが、彼はイチカには礼儀正しく以前のようにふるまっていたが、イレブンに対しては常に厳しく冷淡な態度をとっていた。その一方で、彼女と仲良くなろうと食事に誘ったり思い出話をしようとした。そのとき、いつだって話をするのは彼の側で、イチカから話題を出すことは全くなく、生真面目な性格の彼は楽しませるためにますます無駄な努力をしたが、乏しいユーモアの才能が彼を苦しめるばかりであった。


 イチカもマリアもほぼ管理していない間であっても、ファイは与えられた命令に従って独自に動き、ワープウェイで行ける限りすべての星系へ向かった。

 その艦隊は先々でHAIに遭遇し、それと戦い、時に勝ち、時に負けた。負けたときには、イレブンがステファン操る武装商船に乗って向かうこともあれば、ファイがより多くの艦を寄せ集めてぶつけることもあった。

 勝利するとファイはHAIのスクラップをもとにして新たに艦を建造し、改良のためにF-72804ステーションに向かう。艦隊は次第に数を増やしていった。けれども、ファイが負けると、今度はHAIの艦隊が増加した。

 常にこちらが優勢というわけではなかった。ファイはまだまだ未完成のAIだったからだ。駆逐艦級以上の船体を設計、製造することができなかったし──その船体を動かすためのジェネレーターや、その船体に見合うだけの武装やシールドが知識と技術の不足で作れなかった──与えられたとしても制御したり、十分に操作することが難しかった。そのために起きる戦力の不足はマキナの協力や、イレブンの出動によってどうにか補った。


 イチカが研修に入る直前、シオドア・カヴァナの葬儀があった。多くの人から慕われる人だったため、F-72804ステーションのほとんどの人が集まり、彼に別れを告げた。

 その中には、いまや同じユニオンに入っている──正確には、まだ設立されていないため、入ることが確定している協力段階の──PRE社とオルテガ社の面々もまた、葬儀に集まっていた。


「残念でしたね」

 と、イチカが言った。いま、マイヤーが登壇して、故人の秘書として最近の彼の様子を語っていた。すでに関わりが深かった役員や社員、取引先、どうにか駆けつけることができた友人たちの言葉は終わっており、彼がトリだった。イチカとF-042の2人は故人の顔を見るための列に並んでいた。

 F-72804ステーションの最も大きなハッチが改造されて、今だけ葬儀場として使われていた。彼はここから恒星に向けて射出されるのであり、ここは最後の別れの場であった。それにふさわしいように装飾され、皆が礼服を着て集まり、故人の恒星への旅立ちを祝うために、パーティーのような飲食の場が設けられていた。ここではすべての人が酒を口にし、それは礼儀的かつ儀式的なものであって、子供には甘酒、18歳以上でも飲めない人にはきわめて薄い酒が配られる。それを口にしながら別れの言葉がすべて読み上げるのを待ち、終わりには、故人を華やかに送り出すのである。


「結局、どうしてカヴァナ氏はユニオンへの加入を認めたのでしょう」

 イチカはちびちびと舐めるように透明な酒を飲んでいた。

「俺にはわからん」と、F-042が言った。彼はヘルメットを外していなかった。酒を飲んですらいなかった。何にも手をつけず、酒を注がれるのをすべて断り、ただ渡された乾いたグラスを、だらりと下げた手に持っていた。

「マイヤーさんも役員の方たちもわかっていないようです。誰にも相談していなかったようで。でも、数日前からぼんやりとしていて、装備の点検をしていたそうです」

「様子がおかしかった、と」

「ええ。本当はあの会議のあとに、我々が信用できないといって、ユニオンには加入しない!と、断言していたみたいですから、本当に、すっかり手のひらを返して、いきなり加入するといったんです」

「それが、何か気になるのか?」

 イチカは少し目を伏せた後、ふいに顔を上げて彼のことをじっと見た。すると、脳波を使った通信が彼に申請された。彼は回線を開いた。

『正直、社長が何かしたんじゃないか、と不安になってしまいます』と、イチカが言った。

「不安か」彼はヘルメットをミュートにして、その中で通信に答えた。イチカは彼のことを横目でちらちらと見ながらも、壇上のマイヤーを見ているふりを始めた。

『普通、人が意見を覆すときは、何か新しい考えが生まれたときか、あるいは脅迫されたときです。いきなり(もう)(ひら)かれるとは思えませんし、だったら脅迫されたんじゃないでしょうか。その口封じに殺されてしまった、とか……。社長はその時に逃げ遅れて病室へ、とか』

「社長にか」

『そうです。それ以外ないでしょう?』

「だが、知ってどうする」

『え?』

 彼は言葉をつなげた。

「知ったところで、時を巻き戻すことはできない。詮索(せんさく)は、ときに命を縮める」

『それは……。そうかもしれませんけど』

「俺は知らない。何か知っていたとしても、知らないとしか答えないし、考えもしない。考えてはならないこともある」

『じゃあ、思惑もわからないまま、真に何があったのか知らないままに使われるだけでもいいんですか?自分の意思と考え、判断基準をもって主体的に生きる。それが、人間としての正しい在り方なんじゃないですか?そのとき、何も知らないままだだなんて、操られているのと同じでしょう?』

「別に。俺は構わない」

 イチカの肩の動きが一瞬止まった。

「俺の望みは人として生きることではないのだから」

『それ、は』

 彼女は答えられなかった。話している間に、2人は列の先頭に来ていた。彼女はカヴァナの顔を覗き込んで、両手を合わせて目を閉じた。F-042は、その様を隣で見ていた。

 やがて、彼はカプセルに入れられて恒星に向けて射出された。




 一方、イチカの研修が始まってからもマリア・バロネトパは眠り続けていた。その様子を見ていたのは、ステファンの武装商船の乗組員であるマイペースな通信士と、イレブンだった。常にどちらか片方は病室についていたが、イレブンが出動する時には通信士が残されて、彼の役割はステファンが兼任した。

 病室には1度もマキナ・テクニカの社員や役員が訪ねてくることは無かった。

 次のマキナの社長は、役員の1人に決まったが、強力な指導者であったシオドア・カヴァナの突然の死去は、彼らの中で混乱を起こさせ、結局、社長はほとんど形だけの存在になり、役員会の合議制に変更されて社長の経営判断を行うことになった。


 ステファンは、ユニオン加入予定の他の社長がいなくなったにも関わらず、ひょうひょうとしていた。マリアの病室にも、シオドア・カヴァナの葬儀にも行ったが、全くの真顔で彼らの様子をうかがって、気を遣った言葉を述べて、オルテガ・トランスポートの経営に戻り、たびたびユニオンの名前の候補をメモにしていた。


 以上のことは、約1週間半ほどの期間の出来事であった。頭を失った彼らは、それでも惰性によって進むことができていた。しかし、それも長くは続かない。

 あるとき、イチカがファイの報告履歴を確認していると、まだ行ったことのない星系で、破壊されたHAIの残骸を発見していることを見つけた。イチカがそれについて調べると、次々に同様の事象が発見された。それはカルイ星域から89区域の奥へ向かって道を作っているかのように細長く伸びていた。

 この発見と同時に、89区域の隣にある元44区域、現カルイ星域を支配する『重工業統一連合』通称、“重統連”が公式発表を行った。


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【カルイ星域・89区域における安定化措置および対HAI戦略的行動の開始について】


 現在、89区域において発生しているHAIによる継続的な侵攻と、その影響による住民の大量避難、ならびにカルイ星域全体への治安・経済的不安の連鎖的波及を、われわれ重工業統一連合は重大な懸念をもって注視してまいりました。


 特に89区域では、現地自衛機能が著しく喪失しており、カルイ星域では難民の流入に伴う雇用市場の不均衡、公共インフラへの圧迫、局所的な治安崩壊といった深刻な二次被害が顕在化しています。これらは長期的に見て、我々のビジネスパートナーシップおよび供給網に対しても、看過できない影響を及ぼす可能性が高まっています。


 このような状況を受け、われわれは、事業継続性の確保および取引先各社・関係星域に対する安定供給の責任を果たすという立場から、以下の措置を実施する運びとなりました。


 ■ 89区域におけるHAI拠点群の特定と排除を目的とする軍事キャンペーンの即時展開

 ■ カルイ星域における治安・インフラ安定化への資源投入と雇用誘導施策の拡大

 ■ 上記戦略の成果に基づく、89区域の保護・管理権の取得と、秩序ある運用体制の構築


 本件は、あくまで89区域における住民の安全と星域秩序の再建を目的としたものであり、我々はすべての利害関係者と協調のもと、平和的な未来を追求してまいります。


 重工業統一連合は、今後とも責任ある企業複合体として、混迷する帝国外縁領情勢に対し、現実的かつ迅速な対応を取ることをここに宣言いたします。


─────────────────────────────────────


「ジャック、これはつまり、どういうことなんだ?」と、彼はジャックのコックピットで目を覚ました朝、ニュースをまとめてもらっている最中に見つけたこの記事を見て、言った。

『内容を状況に基づいて解釈しました。テンザン重工HD(ホールディングス)の子会社、重統連は、89区域に軍事的に介入し、HAI艦隊の一掃と問題解決を通して、支配権の正当な獲得を目指すことを宣言しています』

「俺たちの目的に反しているな」

『マリア・バロネトパは、他企業が介入する前にHAIの工場を発見するように指示していました。あまり好ましくない状況だと考えられます』

「イチカに聞いてみよう。場合によっては、俺が彼らと戦うことになる」

『銀河帝国法では、非正規私的軍事交戦は許可されていません』

「社長なら平気でやるだろ」

『マリア・バロネトパは現在昏睡状態にあります。覚醒しなければ経営判断はできません』

「なら、起こせばいい」

『But, how?』

「なに、ネオモダリンを投与すればすぐに目が覚めるさ」

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