第13話
肌が震える乾いた爆発音。金属の筒から放たれた鉛の円錐形が、標的の岩に深く突き刺さってヒビを入れた。
彼女はボルトを引いて薬莢を排出し、次弾をこめて銃床を肩にあてがい、頬をつけて狙いを絞る。
爆発。つたわる衝撃。それを彼らは、防弾ガラスの外で感じていた。
「こういうところに、社長はよく来るのか?」
そう聞いたのは、イレブンだった。
「たまーに、何かが上手くいかなかったときに。射撃場にきて色んな銃を撃ちます」
「そうか。なかなか堂に入った構えだ」
「本人曰く、内戦中からいろいろな銃を撃っていたそうですからね」
「内戦中?社長の歳はいくつなんだ?」
「今年で28のはずです」
バスンッ!と、新しく撃った銃が岩を砕いた。機械によって新しい岩に交換されていく。
「じゃあ、8から18の間か。少年兵だったのか?」
「いえ。ただ、銃を手に取る機会が多かったそうです」
「戦地の出身か」
彼女の立ち姿をじっと見る。
「ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」と、イチカが言った。
「なんだ?」
すると、彼女は少しためらった後に、さりげない風を装って聞いてみた。
「イレブンさんは、第3軍の出身なんですか?」
「そうだ」と、彼はあっさりと肯定した。
「そ、そうですか?それで、やっぱり、差別されてしまう事もあったりするんですか?」
「さあ?わからない」
「え?」
「もともと、第3軍以外で生活したことがない。どんな生活が普通なのか。何が差別的な扱いなのか、よくわからん」
「えぇ?あれですよ。乗賃がやけに高いとか、何もしてないのに悪口をいわれるとか、店に入れなかったり、他の人と同じ施設やものが使えなかったり、不当な裁判にかけられたり、自然と距離をとられたり、子供のころ……は、ないか。まあ、そんな感じの色々ですよ」
彼はゆっくりと首を傾げ、ヘルメットをミュートモードにしてジャックにきいた。
「俺は、そういった扱いを受けてきたか?」
『Exploring……該当するメモリー上の記録を複数確認。いずれも削除されているため再生はできません』
「あったらしいが、覚えていない」
「……?そう、なんですか」
社長はライフルからハンドガンに持ち替えていた。2人はそのさまを黙って眺めていた。
「そういえば、お腹減っていませんか?」
「問題ない」
「え。あー、私は、けっこう、お腹減ってきました」
「?そうか。なら何か食べるか?」
「じゃあ、行きますか?」
「行こうか。(彼はミュートにしてから)ジャック、近くのレストランを教えてくれ」
『OK、検索完了。ルートを表示します』
彼が歩き出し「あ、こことか美味しそうですよ」と、イチカがいって、彼はたたらを踏んで、振り返った。
「あ、すみません。もうどこか行こうとしてました?」
「構わない。ただ調べて出てきただけのところだ」
「それでいうと、私のもそうなんですけど……」
「俺はどこでもいい。好きなところを選んでくれ」
「ありがとうございます。じゃあ、ここにしましょう。一応、社長に断っておきます」
彼女が射撃場の重い扉に触れると、内部で赤色灯が1度だけ光って、彼女の入室をつげた。だが、社長には気に留める様子もなかった。新しく手に取ったマシンガンを撃ち続けていた。
だから、彼女はそれを1マガジン撃ち終わるまで待ってから入室した。
彼女たちはどんな会話をしているのか聞こえない。だが、社長はリロードしながら答えて、イチカが退出するまでの間、引き金から手を離して、もどかしそうに安全装置のあたりを弄っていた。
扉が閉じるなり、彼女は再び撃ち始めた。ほれぼれするような早業だった。
「じゃ、行きましょうか」
このF-72804ステーションの居住性はあまり高くない。人口がL型やP型と比べて少ないため、そもそものサービスの規模やその充実度が低い。肉体労働者にとって好ましいもの、酒場やプール、ジム等の施設に関しては高い充実度を誇るが、実際に求められているものと乖離していた。ドローンやロボットの大規模運用が行われるようになってから多くのものが無人で施工、運用されており、現場作業者の多くはドローンやロボットの指揮者であり、肉体労働者ではないのだ。ステーションの設計、施工を担当したシオドア・カヴァナのミスである。
けれども、経済的問題で運用されなくなった施設の跡や、作業者や技師についてきた──何もそれが旦那とは限らないし、それが夫人であるとも限らないし、それが成人した誰かの恋人であるとも限らないし、子供であるとも、親友であるとも限らない──人々によって開かれ、新しい種々雑多な需要にこたえた、繁華街に近い施設がある。
F-042とイチカはそこに向かったのだ。
「ネットで予約したイチカ・イチノセです」
『認証しました。お入りください』
2人が入った店は、ほとんどが無人化されていた。ウェイターは合成シリコン製の肌の下に人のような温かさを再現するための、ぬるい油が流れるロボットだった。しかし、ロボットといっても完全に無人というわけではない。このステーションのどこかにいる従業員が操作し、AIがその操作を元に、この機械製の器を動かしているのだ。いうなれば、”アバター”である
『こちらのお席になります。ごゆっくりどうぞ』
「はい。ありがとうございます」
アバターは窓際の個室へ案内すると、一瞬、F-042の足先からヘルメットのてっぺんまで視線を走らせ、それから離れていった。
完全個室制のレストランは年々増加傾向にあるらしい。特に銀河帝国中枢星域に多く、専門家はこれを、技術の進化に伴う他人と触れ合う機会の減少がそれ自体を助長している。と指摘した。が、特に対策などは考えられていない。
イチカはスーツのジャケットをハンガーにかけて壁にかけた。
「こういう店には初めて来たな」と、彼が言った。
「私が学生だった時には、よくこういった店で外食しました。他の人を意識することが無いので、楽なんですよね」
「そうなのか」
「そうなんです。何を注文しますか?」と、彼女がテーブルの上に手をかざしながら言った。
テーブルは隕鉄のような美しく重い色合いをしているが、それ自体が1つのデバイスとして機能している。彼女は迷いない手つきで肉系のメニューを開いて、ハンバーグとライス、サラダを選択していた。そして、「1.5クレジット……ちょっと高いですね」とつぶやいた。
「あまり腹が減っていない。水だけでいい」と、彼がいった。
「あ、そうでしたね。えぇと、どうしましょう。私、ちょっと本当にお腹が減ってて。先に食べてしまってもいいですか?」
「大丈夫だ。俺が食事をするのは1日1回くらいしかない。補給食しか食べないんだ」
「へぇ!」と、イチカは目を輝かせながら驚いた。一方で、視認することなく注文確定ボタンを押していた。
「補給食って、金属パックにどろどろの圧縮食品が入っている、軍用のやつですよね。一パックで3000キロ近いカロリーが補給できると聞いていますが……イレブンさんはあんなに激しく動くMEVで戦っているんですから、もっとエネルギーが必要だったりしないんですか?」
「ほとんど必要ない。不足分は小分けのパックで補っているが、肉体よりも精神的な消耗の方が大きい」
「はへー!そうなんですね」
そのとき、彼女が選んだ食事をウェイターが持ってきた。彼女はブラウスに油じみを作らないよう、ナプキンを首に巻いた。イレブンは、ナプキンは膝に置くものだと思っていたため少し気になったが、聞くほどではないと思って口にはしなかった。
「普通の食事はとらないんですか?」
F-042は、説明しようとして口を開いた。つまり、「消化に関するDNAに損傷があってな。液状のものでないと体に上手く取り込めないんだ」と、言おうとした。だけれども、彼は自制した。
彼女は、ちょうどいま、ハンバーグを口に詰め込めんで、すでに口の中いっぱいにほおばっていたからである。あんまり幸せそうに食べるものだから、水を差すような話をするのは、どうも忍びないような感じがして、彼は肩をすくめて、簡便に言った。
「どうも受け付けない性質なんだ。戦いのとき、胃に中身が入ったままだと邪魔になる」
「ストイックなんですね~。驚きです」
その時、彼女の目がちかちかと光った。彼女はどうにか口のものを飲み込んで、彼に一言断りを入れてから、しばらくの間目をとじていた。1分ほどしてから、彼女が目を開いたところで、彼は尋ねた。
「誰からの連絡だったんだ?」
「社長です。AIの制御を渡してくれ、とのことでした」
「渡したのか?」
「もともと共同ですし、私の方が適正が高いから指揮しているだけですよ。このステーションからの疎開を護衛するらしいです。それと私たちは、次のHAIが現れるか、1週間たつかまでは休暇だそうですよ」
「休暇?……そうか。それにしても、疎開か。72603ステーションの方も大騒ぎだったな」
「まあ、HAIに包囲されて攻撃を加えられ続けるのは、心にキますからね。HAIは疲れることも、休むことも、飽きることもせずに、淡々と、四六時中攻撃を繰り返します。実際の状況と比べて、より悲惨な状況だと思い込みやすいです。まあ、このステーションでは現実に危機的な状況だったようですが……」
彼女は、窓の外にちらと目を向けた。無数のデブリが広がっている中を、サルベージ船が元気よく解体と収集を始め、無人艦が隊列を組み始めている。
「そういえば、向こうに残してきた艦隊の指揮はAIを通じてイチカさんがしているのか?」と、彼が聞いた。
それは、彼女から聞いた話だった。イチカがこの会社で担当しているのは、PREの最大の特徴である、無人艦隊を制御するためのAIの調整や命令なのだそうだ。そもそも、そのAIを設計、開発したのが彼女であり、その扱い方について、もっとも簡便かつ複雑なすべての操作を理解しているのも、彼女なのだ
「そうですよ。でも、私自身は大まかな方針を定めて、監督付き自律行動であることを示すために、その決定を承認するだけです。ほとんど、あの子……『ファイ』っていうんですけど、ファイが自分で考えてやってくれます。とっても優秀ですからね」
彼女は、まるで自分の子供を自慢する母親のような、そんな得意気な顔をしていた。
「疑問なんだが、相互に通信をすることで、1つのAIとしての機能を保っているんだろう?なら、おいてきた艦隊の方はどうしているんだ?光通信でも相当な時間がかかるんだから、本体からの通信を待っているわけにはいかないだろう。なら彼らは独立した意識を持って動いている、ということにならないか?」
これにたいして、イチカは困ったようにほほを掻いて、少し悩んだ。
「あー。そうですねぇ……。少し難しい話になりますよ?いいですか?……じゃあ、話しましょう。
まず、ファイのことは大きな脳みそだと思ってください。脳というのは、小さな神経細胞の集合体です。では、これを分割してみましょう。まず、左脳と右脳に分けることができますね?このとき、分けられた脳は死んだと思いますか?……そうですよね。左右に分けられても、脳は死にません。でも、意識の統合は難しくなります。一種の多重人格に近い状態になるそうです。
それでは、この脳を中に入っている限り、無限に栄養と酸素を補給してくれる装置に入れたとします。
この中で、脳から小さな破片を切り取っていくとしましょう。このとき、どこまで切り取られたら、脳は死んでいるといますか?半分?もしも、この液体を通じて、破片同士が連絡できたとしたら?あるいは、この液体が、破片に対して十分なエネルギーと酸素を送ることができたとしたら?それを、もう一度つなぎなおせたら?……
少なくとも、私のファイは、一つ一つの破片は生きていますし、つなぎなおしたら万全な状態に直ります。破片は小さくなるだけ機能が劣化しますが、元の脳と同じだけの大きさになったならば、それは同じだけの性能を発揮します。
あとは、そもそも通信方法に工夫を施しています。船団の中には通信力を強化した──とりわけ量子ねじれ通信ですね──これを使用できるように調整した艦を1隻入れておきます。そして、それぞれと対になる船──量子ねじれ通信は、常に1つのペアの間でしか通信できませんから──を本隊となる最大の船団に集めておきます。こうすることで、ほぼすべての船団を統括することができます。まあ、非常に高価な通信方法ですので、通常はこれを使用しません。なにか、非常事態が起こったときや、予定にない攻撃行動が必要になったら、私に連絡をするだけです。これは、通常の無人船と同じですよね。
ま、大体こんな感じです。わかりましたか?」
彼女はこのような内容を、時々は水を飲んだりハンバーグを食べたりしながら話した。しゃべり終わるころには、水は無くなり、ハンバーグは1切れ2切れしか残っていなかった。
「……なるほどな。そういう仕組みなのか」
「質問とかあります?」
「大丈夫だ。理解できたよ。イチカさん」
「それはよかった。あ、でも……」
と、彼女は少し口ごもった。
「イチカ“さん”ってやめませんか?」
「?なんでだ。俺はイレブン“さん”ってよぶだろう」
「多分、イレブンさんの方が年上ですよね?それに、他は敬語じゃないのに、呼び方だけ敬称がついていると、ちょっとおかしな感じがしちゃって」
「ふむ……。イチカさんは何歳なんだ?」
「え?……じゅ、18です」
「なら、俺の方が年下だ」
「へ?」
「俺は15歳だ」
「ええ⁉」
イチカが出した大声は、さすがに個室制といえども隠せるものではなく、ウェイターがすぐに飛び込んできて、他の部屋からも何人かが遮音カーテンを捲って顔を廊下に突き出して様子をうかがっていた。
彼女はどうにかそれを、皿を落としかけたものの、彼が見事に宙で拾って割れなかったのだ。と、下手くそな演技と嘘でなんとかごまかした。
しばらくのあいだ、怪訝な空気が漂っていたが、ウェイターが納得して離れると同時に、他の客も興味を無くして自分の部屋へ戻っていった。
それを確認してから、彼女はこそこそと声を潜めて彼に尋ねた。
「十五歳って……本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ、中等教育しか受けていない……?」
「そもそも教育を受けていない。圧縮蒸着で知識を脳に焼き付けただけだ」
「そんな……。内戦時の処置ですよね?すごく大人びていたので、ほんとうに、年上だとしかおもっていませんでした」
「大人びている?俺がか?」
「ええ、そうです……。余計なことをしゃべらないから、ですかね?」
「よくわからないな」
「言葉遣いとかもそれっぽいですし……。背丈も高いし、ガタイもいいし、傭兵だし、落ち着いていて冷静で、声に感情が乗らないから……?うーん……。ほんとに15歳ですか?」
「少なくとも、俺が自分を認識した記憶を持っているのはそこからだ」
「記憶喪失とかはありませんか?子供のころ、どんなことをしていました?」
「ないと思う。子供のころのことは知らない。生まれたときからこの体だ」
「そんなわけ!(彼女ははっと口を押え、再びひそひそと囁くような声で話し出した)そんなわけないでしょう!記憶喪失ですよ、それ。生まれたときは子供じゃなかったんでしょう?」
「そうだな」
彼女は真剣な顔で彼の目を見つめた。
「じゃあ、その、言いにくいんですが、記憶喪失だと、思いますよ?
脳への知識圧縮蒸着は、つまり記憶野に上書きをすることで知識を焼き付ける技術です。ですから、その影響で蒸着前の記憶を失うことがあり得ます。さすがに完全な記憶喪失ともなると、恐ろしく膨大な量の知識を全体に蒸着しない限り起こりえないように思いますが……。内戦時の混乱の中で、ですよね?第3軍出身で、MEV乗りで……。そうなると、あり得ないことじゃないと思います」
彼は、しまった。と、感じた。彼女は真実にきわめて近いところを指摘していた。
だから、彼はすっかり黙りこくってしまった。まったく彼がしゃべらなくなって十数秒が過ぎて、イチカはいつの間にか自分が、軍機に縛られている彼を会話の袋小路に追い詰めてしまったことを察した。だから、あからさまに異なる結論を出した。
「まあ、年齢だとか、なんだとか、そういうことはどうでもいいです。とにかく、私の名前に“さん”をつけるのをやめてください!それだけです」
「ああ、わかった」
彼女は満足げに最後の1切れを口に放った。
F-042は、ふと、外の宇宙を見た。技術者が操る無数のドローンが兵器の修理をしているところが目に入った。その奥に、宇宙に向かって進み始める我らの無人船が見える。
「そういえば」と、彼が言った。
「はい?」
「あのとき、社長が言っていた目的っていうのは、どこまで本気なんだ?」
「あー、独自の経済圏って話ですか。まあ、方便ですから、それが目的ではないでしょうけれど、いずれにせよ89区域は手に入れるつもりですね。その後の他企業との戦争も考慮していると思いますよ。そのために、イレブンさんを雇って、戦争などで一番活躍する鉄鋼業の会社をおさえに来たわけですし」
「そうか……。1つ、気になったんだが」
無人船団は、彼らが来た方向に向かって、あっという間に点になってしまった。
「俺を雇うときに言っていたことは、どこまで本気なんだ?」
すると、イチカは一瞬動きを止めて、困ったような苦笑いを浮かべた。けれど、それだけ。それだけで、何も言わなかった。
彼は横目でそれを見て、1つ頷いて、つぶやいた。
「それでも、どちらでもいいことだ」
ただ、戦えるならそれでいいのだ。
それから1週間後。マキナ・テクニカからの返答を受け取る日がやってきた。彼らは、あの会議室に集まって焼き直しのように同じ配置、同じ表情を浮かべた。そして、シオドア・カヴァナは口を開くと、こういった。
「我々は……」一度、言葉を飲み込んで、覚悟を決めたようにして……「我々は、ユニオンへの参加を受諾する……。これは我々の会社の未来を考えた結果の……致し方無い判断だ」
その翌日。彼はHAIとの戦闘に巻き込まれて死亡し、マリア・バロネトパは意識不明の重体となった。
クレジットは、大体200倍くらいにすれば日本円の感覚に近くなります。ハンバーグランチは3000円くらいだったわけですね。