第12話
一話ずつにしたのに、結局倍近い文字数になってしまいました……。前後編に分けられる箇所がないので、今回はちょっと長めです。
彼らが乗った武装商船は、ゆっくりとステーションに近づいていく。それに応じて、ステーションから蛇腹状に折りたたまれていた桟橋が伸びてきていた。戦闘の巻き添えになりやすいため、普段はステーション内に格納されているものが多い。
しかし、その桟橋の中のいくつかはすでに破壊されていて、ここへちょうど伸びてきているのは数少ない無事なものだった。その先頭の方に、何人かの人影が見える。あれがシオドア社長とその役員たちだろう。と、彼らは思った。
「イチカとイレブンはついてきてくれ。途中で紹介したりするが、私がメインで話す。ただ、一筋縄にはいかないこともあるだろうから、ときどきは方便で嘘もついたりする。その時口を挟んだりしないでくれよ」
「ほうべん?」と、イレブンが言った。
「方便とは、目的を達成するための仮の手段のことですよ」
「そう、イチカから教えてもらった言葉なんだ。かなり気に入っている……。ステファンは、商船団の積み下ろしや商談をまとめておいてくれ。ま、大丈夫だろう?」
「ああ。任せておくれよ。おい!タラップを下ろせ!」
ステファンがクルーに向けてそういうと、ちょうどぴったりと横づけになった彼らの船から桟橋へ向けて、密閉タラップが伸びていった。
「さて……始めようか」
それが空気を注入されて膨らみ、ステファンの手によってエアロックが開かれた。
「社長。マリア・バロネトパにご注意願います。彼女はXenovolteX社の内定者をいかなる手段によってか、自社に入れさせた人間ですからね」
「蹴った大企業っていうのはXenovolteXのことだったのか?」
「ええ。どんな交渉術をもっているのかはわかりませんが、まともな手段を使っているとはおもえません」
「うむ……。いろいろな話を聞いている。重々、警戒していくとしよう」
そんな会話をして、タラップが桟橋に接続された。
彼らが姿勢を少し整える。彼らのほうが企業としての規模は上だが、今回は助けられた側だ。最低限の礼儀と道理はわきまえるべきだろう。
エアロック桟橋との接続側のエアロックが開かれると、すこし風が吹きだして、その中からブロンドヘアーの女性が降りてきた。
彼女はその2本の足で大地に跡を刻んでいるかのような、そんな堂々たる威風に満ちていた。
「突然の呼び出しにこれほどの速さで対応していただいて、心から御礼申し上げます。シオドア・カヴァナ社長。わたしは、PRE companyのマリア・バロネトパと申します。本日は、どうぞよろしくお願いします」
といって、手を差し出す。そのたたずまい。尊大で、余裕と自信に満ちたような表情。これが、PRE company社長のマリア・バロネトパ……。ずいぶんと若いな。と、握手とあいさつを交わしながらシオドアは思った。
ベンチャー企業の美人社長。という話題が一時期、この89区域で流れていた。メディアが絵になるからと、何度も取り上げていたのだ。しかし、話題は次第に別のものに移っていく。関係の無い話題ではない。あの社長の会社が、とんでもない勢いで成長している。という話だった。
無人船が勝手にデブリを収集し、勝手に増える。恒常的な需要があるステーション周辺の保守で一気に事業を拡大。その後、HAIとの戦闘の後処理や、事故が起こった際の処理、内戦時に発生したものが漂着した大型デブリ帯の処理等にも事業を拡げて、その安さと処理の速さからサルベージ市場を席巻し、彼らにつぶされたサルベージ企業は枚挙にいとまがない。
しかも、つぶすだけつぶして、新しい雇用を生み出したわけでもない。彼らはAIによって仕事を奪っただけで、そこの人間たちを顧みることはしなかった。この区域におけるサルベージ市場そのものを1社で独占して、食いつぶしたのである。
その企業の社長が、この女。
「よろしく頼む。まずは、救援に来ていただいたこと。感謝しよう」
彼は、ほとんど形だけの感謝を述べた。
ふと、彼女の隣に目をやると、まだ少女といえるほどに若い彼らの社員が目に入った。さっと見ただけだったが、その瞳の中に、ある種のデバイス特有のかすかな発光があることに目がついた。
シオドアが右後ろに目をやると、マイヤーと目が合い、彼はこくりと頷いた。
「お久しぶりですね。イチカ・イチノセさん」と、彼は一歩前へ出ていった。
「ええ、お久しぶりです。グレン・マイヤーさん。卒業式以来ですね」
「そうですね。話では聞いておりました。大変ご活躍だとか」
「いえいえ、マイヤーさんほどでは……」
2人は出しゃばりすぎないよう、それだけ挨拶して、すぐに離れた。
ともかく、シオドアは手で彼らを促すと、ステーションの会議室へ向けて歩き出した。
「改めてになりますが、本日は急なお呼び出しにも関わらず、すぐに会いに来てくださって、誠に感謝いたします」
会議室への道中。そう言ったのは、マリア・バロネトパだった。穏やかな口調、やわらかい笑み。彼はマイヤーの言葉を思い出して気を引き締めた。
「いやいや、助けてもらったのはこちら側だ。それと比べれば、大したことではないよ」
「懐が深いのですね」
「だといいんだが」
彼女はさらに、シオドアと世間話のようなものを始めた。
「HAIはかなりの数でしたね。どのくらいの数だったのですか?」
「始めは70隻近く。それからも同じような規模で1日に1度はやってくる。数の多さも問題だが、駆逐艦までやってきている。君たちは、どのくらいの隻数があるんだ?」
「コルベットが90隻、フリゲート艦が20隻ほど、用意しています。しかし、駆逐艦までいるのですね。楽な戦いではなさそうです。ですが、周辺のデブリの回収ができれば、すぐにでも十分な艦隊を用意できるでしょう」
「サルベージ企業の本領か。驚いたよ。PMC事業も始めているとは」
「仕事柄、大量の精錬金属を扱いますし、相性もいいかと思いましてね。それに、わが社のこの先の計画で、必須の事業でしたので。そのために新たに採用した人物もいます」
そこで、彼女は後ろに目をやった。それを追いかければ、最後尾から歩いてくる男が目に入った。
黒い軍服を着て、その下に戦闘用のものらしいコンバットスーツが見える。頭には真っ黒のフルフェイスヘルメットをかぶり、素肌の色が全く見えない。完全な黒と、袖や裾を縁どる灰色のラインだけが、彼の色だった。
マリアは新しいおもちゃを親に見せる子供のように、自慢げに解説しだした。
「彼はわが社が雇った専属傭兵の11Jです。新事業のための重要な人材でして、今後のわが社、並びに関係各社にとってキーマンになる人物ですよ」
「ほう……」
シオドアは少し目を細めた。あの軍服……。あの軍服には見覚えがある。マキナ・テクニカが10年前の内戦時に取引をしていた第3軍の軍服だ。もう来ている人間は海賊くらいしかいないだろうと思っていたが、よもやこんなところで目にするとは。
だが、その肩につけられた部隊章。それは見たことがないものだった。剣と槍のマークと、その上に被さるような……4方向に円が伸びて、下のものだけはそれらを支える土台のようにすえが広がっているように見える。あのマーク……。クラブ、そうだ。トランプのクラブだ。
それを見た時、彼の中で1つの考えがむくむくと沸き上がっていた。
行政官肝いりの会議室は、F型ステーションには似つかわしくないほどに、赤いカーペットや観葉植物、明るすぎず上品な照明、等々と華美な装飾が施されていた。壁には安全性を度外視したような1面防弾ガラスがはめ込まれており、一応、砲撃などを食らっても大丈夫だとは思うが、やや心配になる見た目をしていた。
だが、ここに入った人物の中には、誰一人として、それを気にとめるような人はいなかった。イチカが観葉植物を見て何度か目を瞬かせていたが、それくらいだ。
全員が席に着いたところで、マリアはニコニコと笑いながら、議題を切り出した。
「我々からしたいお話というのは、ほかでもありません。わが社が設立するユニオンに加入していただきたいのです」
マキナ陣営は黙って続きを促した。
「我々はある大きな目的のために、この89区域を安定化させ、その支配権を手に入れることを計画しています。みなさんもご存じの通り、SAAZEC法に定められている区域支配権の譲渡には、3つの条件があります。
治安維持のための戦力に関しては、ご覧になりました通り。解決の目途が立っていますし、それに付随して、この騒動を鎮圧することで2番目の経済貢献の条件も達成可能です。こちらがその資料になります。(マリアはその手のコントロールデバイスで、小さなプロジェクターを起動させて、壁に簡単な資料を映し出した)ですが、我々には1つだけ課題があります。それこそが、支配権購入のための資金問題です。
現在、我々が立ち上げを計画しているユニオンは、まさにこの問題を解決するためのものです。
必要な資金の見積もりは30億クレジット。このうちの少なくとも1億クレジットは我々で用意が可能です。銀行からの融資もあわせれば、10億クレジットは見積れるでしょう。ですが、それでは足りません。そこで、89区域の支配権を持つにふさわしい企業をこのユニオンに加入していただき、共同購入という形で出資を募り、ユニオンの資産として、この89区域支配権を入手したいと考えています。
そこで真っ先にお呼びしたいと思ったのは、名実ともに1番の企業である御社でございます。HAIの襲撃によって時間はかかってしまいましたが」
なるほど、という空気が役員たちの間に広がりだした。たしかにこれならば実現できそうに思える。マキナ・テクニカ単独では購入は難しいし、十分な艦隊戦力を作り上げるには、社員の教育や高額な軍艦の購入もあって、少なくともあと十数年はかかるだろうと考えられていた。悪くない話だ。支配権を手に入れるのは益も大きい。そこの空気に含まれる星系──現実的にはワープウェイがつながっている星系だが、区域の範囲内に含まれるならば、それ以外もまた──は、ほとんど制限のない開発や利用が可能だ。
しかし、シオドアとマイヤーは、どこか肩透かしを食らったような印象だった。これでは、あまりにも普通の商談だ。警戒しすぎだったのだろうか?
「それはユニオンに対する出資で十分なのでは?わざわざユニオンに参加する必要があるので?」
と、役員の1人がそう問うた。
「いいえ。支配権を手に入れた後にはユニオンとして、多角的な事業の展開を考えています。そこで、各方面における権威ある企業をユニオンに誘致しています。今後は、医療、製薬、エネルギー方面の企業に話を通すことを予定しています」
「なるほど……。そうなると、鉄鋼業に関しては、わが社以外にいないと」
「はい。鉄鋼業や兵器開発等に関して、89区域にゆかりのある企業では、御社以外にこのユニオンにふさわしい企業はいないと考えています」
それから、マリアは理路整然とこのユニオンの設立後、89区域でどのような将来像を考えているのかについて語り続けた。
役員たちから質問が飛んでくるが、マリアはうろたえることも、考え込むこともなく、するすると言葉がでてくる。開いた本のような話しぶりだ。F-042は、隣で聞いて驚いていた。彼女は方便を使うといっていたが、本当に、するすると嘘が滑り出ていたからだ。
「先ほどのお話にありましたが、“ある大きな目的”というのは、なんでしょうか?そのために、89区域の支配権が必要というのはどういうことなのですか?」
「それは、単刀直入に申し上げますと、新しい経済圏の構築です。いま現在、大企業による排他的経済圏による支配が、銀河中に広がっています。我々は、この問題解決のためには、新しい、我々独自の経済圏の構築が必要不可欠だと考えています。つまり、この区域の支配権を手に入れることで、関税の自由設定権を手に入れ、さらに盤石な土台をもとにして、ユニオンに大企業にも対抗できるだけの力をつけさせます」
これに対しては、役員たちはさすがに渋面を作った。彼らも知らないところではない。つい最近、似たようなことをして失敗した企業があったのを知っていたからだ。
「その際、先日のニューロ・ツータイムのように、圧倒的な力を持つ大企業からの宣戦布告を受けた場合にはどうするおつもりですか?まともに戦って、勝てる相手ではないかと思いますが」
「そうでしょうか?少なくとも、ニューロ・ツータイム社はそのように考えてはいないようですが。彼らは現在も戦っているようですよ。銀河中の傭兵を雇い入れて、全力で抵抗しています」
これには、さすがのマキナ・テクニカの役員たちも驚いていた。彼らは包囲中にほとんど情報を手に入れていなかったが、これまでの歴史に照らし合わせてみれば、あのようなベンチャーが、大企業に吹っ掛けられた戦争に少しでも耐えしのげるとは思いもしていなかったからだ。
役員たちは、思い思いにこの件について考えだし、やがて、彼らの視線は、自然と会議の始まりから始終黙ったままの社長へ向けられた。
「社長は、どのようにお考えですか?」
と、役員のうち、もっともしゃべっていたものがおずおずと聞いた。シオドアは険しい表情のまま、おもむろに口を開いた。
「俺は「カヴァナ社長殿」
突然、マリアが言葉をかぶせた。シオドアの眉がぴくりと上がる。考えるまでもなく、言葉をかぶせるなど、交渉相手の社長にするような行為ではない。
しかし、マリアはシオドアの表情をみて、そうするべきだと直感していた。
「なにも、いま、この瞬間にお答えいただかなくても結構です。いちど、社員や役員の皆様と、ゆっくりとお話になってから回答いただければ、我々としてもうれしい限りです。この話を準備するのに日数がかかっていますし、この話がまとまるまでの間は、我々はこのステーションに確実に駐留しますから」
そう言うと、彼女はぱっと立ち上がった。他の2人もそれに続く。シオドアは呼び止めなかった。ステーションの防衛力は限界に近く、彼らはその修理のために可能な限り多くの時間が必要で、それまでの間、彼らがここにいるのならば、それで十分だった。
彼は口をへの字に曲げて、何もいわなかった。マリアが立ち上がり、他の2人も腰を上げる。
「ひとまず、1週間ほどは待たせていただきます。よくよく考えて、話し合ったうえで回答していただければ、幸いです。それでは」
彼女について言って社員たちはいなくなり、会議室には重い沈黙が残された。
少ししてから、シオドアは重々しく口を開いた。
「PRE companyは、かつてサルベージ企業のほとんどを踏み潰した挙句、社員たちを全く救済しなかった。やつらの行動は大企業のそれと何ら変わりない、自己中心的で弱者の救済に興味を示さない態度だ。そんな彼らが、大企業に対抗するための経済圏の構築のため、我々と手を結ぼうだと?まったくもって、信頼に値しない。
俺はこの話を断る。誰か、反対の奴はいるか?」
役員たちに異論を挟むだけの勇者はいなかった。
一方、PREの方では会議室から逃げるように、マリアがずんずんと歩いていき、イチカはそれを小走りで、F-042は少し大きめの歩幅でついていった。
やがて、彼女は通路の先でピタリと立ち止まり、壁に寄りかかって、長く深いため息をついた。
少し黙って、彼女はパッと顔を上げた。
「イチカ、近くに射撃場があるか、検索してくれ」
「了解です」
「射撃場で何をするんだ?」と、彼が聞くと、マリアは眉間をもみたいのを我慢するように、眉を寄せて、苦々しく答えた。
「気晴らしだよ」