第11話 後編
「やるやらないの問題じゃあない。いまから疎開することはできないんだ」
つい1年前に帝国大学を出たばかりだというこの若い秘書は黙って彼の言葉を待った。シオドアは言葉をつづける。
「俺も逃げれるなら逃げてるさ。けどな?ほかのステーションに出した救援要請は一向につながらん。AI船も、有人船もだした。どれも帰らん。今ごろ宇宙の塵になるか、HAIの一部になってるだろうな」
「ええ……。それは、私も存じています。ですが、この状況下では一縷の望みにかけた行動が必要ではないでしょうか?」
「ふむ。ここから離れたとしようか」
と、彼は言った。
「疎開のために船を用意する。一度にここの全員を乗せるのは無理だ。まあ1万人とちょっとぐらいならできるだろう。だが、こいつにさらに護衛用の船をつける必要がある。いま動かせる戦闘艦は防衛艦隊だけだ。しかも、その全部がステーションの防衛についている。これを割いて護衛につけるか?ただでさえすり減っている防衛戦力は、これでごっそり減る。ま、次の襲撃はしのげないだろう。そうなると、助かるのはこの1万人だけ。しかも、運が良ければ、だ。もしも、ここを攻めるのとと同じだけの戦力を封鎖に割く余裕がHAIにあったら?誰も生き残らないことになる」
「ええ……。そうですね。同意します。ですが、それでも疎開していただく必要があります」
その口ぶりで、シオドアは彼の言いたいことを正確に理解した。
「俺に、疎開しろって言っているのか?」
「はい、そうです。社長含め、役員の方々には何万人もの社員たちの指揮を執ることが必要です。幸いにも、直属の社員のうち半数近くは、休暇や下請けの管理でほかのステーションにいます。彼らをまとめあげることができれば、たとえこのステーションを失ったとしても、まだ立て直せます」
「馬鹿野郎!」
彼は、彼が軽蔑している行政官相手にも言ったことがない、本気の怒鳴り声をあげた。マイヤーにはビーム弾の直撃にも耐えられる防弾ガラスさえも揺れたように感じられた。
「うちの社員はみんな、家族みたいなもんだ!ここのステーションだって、半分以上の部品は俺らが作った、大事な作品、子供みたいなもんなんだぞ!こいつらを置いて逃げるような真似なんてできるか!」
「社長……」
シオドアの言っていることは間違いなく本気だ。彼が社長の立場でありながら現場の技術者をねぎらったり、助言を求められれば答え、指導する姿は、まさに理想の師であり、父親のように大きな姿だ。
だからこそ、ここで死なれてはこまるのだ。
御年89歳。アンチエイジング技術によってまだまだ健康で丈夫な彼ならば、後50年は現場にでるし、社長としての業務もできる。しかし、戦闘で殺されるならば、話は別だ。
そうなれば、彼がいなくなったマキナはコアが抜かれた惑星のようなものだ。1つにまとめ上げられる力を失って、やがてはバラバラに砕け散ってしまうだろう。
ここで死なれてはこまる。せめて、後継者になる人物が決まるまでは、欲を言うならば、後20年は生きてもらわなくては。そして、社員たちの支えになってもらわなくては。
どこか潤んだように見えるマイヤーの眼をみて、シオドアは嘆息して、目の間を揉んだ。
「大丈夫だ。いまは待ってろ。俺も座して死を待つのはらしくない。いま、新兵器を開発させている……。これさえ作り上げられれば、まあ、少しは戦況もよくなるかもしれない」
「そんな……」
そんな不確定要素ではだめだ。そんな考えが透けないよう、マイヤーは表情を硬くした。
「サルベージ企業が一つでもあればなぁ……」
そう、シオドアはぼやいた。宇宙を漂っている、先ほどの戦いで破壊されたHAIの残骸。それをノロノロとかき集めている船がちらほら見える。
もともとはここにもサルベージ企業があった。しかし、この1年間で台頭してきたPRE companyを名乗る競合他社の勢いに負け、もう半年ほど前に解散してしまっていた。
いま、デブリをかき集めている船は、そのPRE companyが売っていたサルベージ船の一つだ。それは、デブリから自らを複製し、さらに効率よくデブリをかき集められるという、完全無人化された船である。
自己複製型のAIは基本的に使用が制限されているが……。あの船に使われているAIは、1つだけらしい。船を作るたびに新しくAIを複製して搭載するのではなく、ただ1つのAIが、船同士の有機的な通信によって成り立っている。そのため、規制法上は問題がない。無人船という器が複製されているだけで、AIが複製されているわけではないからだ。
問題点は、現在のように極端に周辺にいる船の数が減ったとき、AIの接続がぶつ切りになって、その性能が著しく低下することだった。本体……と表現するのは適切ではないが、過半数のAIと接続が切られた無人船の制御はかなり甘くなる。これが、切り離されたところにも十分な数があれば問題ないらしい。しかし、初めのHAIの襲撃のあと、サルベージに出したっきり収容を忘れていたせいで、大半が破壊されてしまって、いまやわずか数隻しか残っていなかった。
ふと、シオドアがマイヤーのことを見ると、彼の目はどこか遠く、ぼんやりとしていた。
「どうした?」
「ああ、失礼しました。PREに就職していった同期がいたので。彼女のことを思い出していしまいました」
「仲が良かったのか?」
「いいえ。ほとんど話したことはありません。ですが、いろいろと大変目立つ人物だったので、それでよく覚えているんです。何せ、大企業財閥の本社内定を蹴って、これから立ち上げるっていうベンチャーに就職した人でしたから」
「なんだ、そいつは」
その時、司令室の中から慌てて飛び出してきた人がいた。レーダーの監視をしていた人物である。
「どうした?」
「親方!HAIの艦隊が戻ってきました!司令室に戻ってください!」
シオドアは首を引っ込め、大きく息をすった。彼の体躯は一回り大きくなったように見えた。
「何度でもかかってきやがれ。俺がいる限り、このステーションは落とさせねぇぞ」
彼が司令室へもどると、不安に駆られていた社員たちが明らかに安堵した様子を見せた。シオドアが、いるか、いないか。それだけのことが、どれほど大きな影響を彼らに与えているのだろう。
だから、彼は逃げることはしない。彼が残れば、社員たちは力の限り戦い続けるだろう。けれども、彼がいなくなってしまったら……。どうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。
「あ、あれ?親方ぁ!」
指令室に戻ったタイミングで、突然、レーダーを操作していたオペレーターが声をあげた。
「HAIの艦隊から断続したエネルギー放出を確認!砲撃しています!」
「物理防護壁を……まて、まだ射程範囲外だろう?」
「はい!不明な目標に向かって砲撃しています!光学観測をモニターに回します!」
正面モニターにでかでかと映し出された光景は、HAIの艦隊が、ステーションに側面を晒して、どこか遠くに向かって攻撃をしている様子だった。
「なんだ?やつらは何をしている?いや……誰が来た?」
と、彼は言った。
「広域スキャンをかけろ!あのHAIが攻撃している方角に収束させるんだ!」
「了解!収束広域スキャン開始!」
モニターの1つにその情報が映し出される。数千万km以上の距離の情報が、一度に捜査されたそれには、無数の光点があらわされていた。
「味方か⁉」
「そ、そうではないでしょうか⁉」
そのとき、HAIの艦隊がシールドを展開しだした。あの艦隊からの攻撃を受けているのだろうか?ここからではエネルギー放出が観測できない……。
「両艦隊の間に高速移動物体を観測!」
「ミサイルか?」
「いや、これは……機動兵器?」
そのとき、HAIの艦隊が前に出る艦と後退する艦の、2つにわかれた。まるで、その物体を足止めして、逃げ出そうとしているかのようだ。
いいや、それは事実そうなのだろう。HAIは攻撃をますます激しくしたが、後退する艦からはエネルギー放出が消え、ワープ前の時空震が広がりだしている。
「移動物体、接敵します!」
彼らの奮闘もむなしく、HAIの艦隊はついにそれの接近を許してしまった。
シールドの裏側に潜り込まれると、艦隊は急激に戦力が低下する。同士討ちを避けるならば、互いが邪魔になって潜り込んだ敵に対処できる艦が限られるからだ。
だが、HAIにそんなことは関係ない。
強力な武装を持つ艦ならば、味方を貫通させて攻撃を狙い、最も近い艦は自爆し、周辺の艦は味方に当たることも避けずに砲撃を集中させる。
エネルギー放出と、大爆発の連続。暗い宇宙空間に、恒星のような輝きが現れた。だが、それは一瞬のうちに消えてなくなり、あとには、ただ一つ。
「移動物体、生存……。あれは、何らかの機動兵器です……。おそらくはMEVか、何か……」
「ただのパイロットではないな……。Fロット……か?」
「えふろっと?それは一体……」
そのとき、ノロノロ動いていたサルベージ船が、突然機敏に動き出したのが視界の端に映った。そして、通信士が叫んだ。
「救援に現れた艦隊より入電!読み上げます!
『我々は、PRE company。窮地に見舞われていると判断して参上した。マキナ・テクニカのシオドア・カヴァナ社長、およびその役員の皆様にお話がある』
とのことです!」
HAIの片割れはワープで撤退し、敵は消えた。ステーションの窮地は救われた。だが……。
彼は、嫌な予感を覚えた。
今回の話以降、1話ずつの投稿にさせていただきます。
理由としては、この話以降の1話の長さがあまりに長くなってしまったこと。また、推敲の時間が足りないがゆえの文体や設定の乱れをなくすためになります。
小説としてのクオリティを維持するためですので、ご理解の程、よろしくお願いします。