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銀河をかけて  作者: ウロボロス
第1章 始動
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プロローグ

 寝ている間はジャックに残されているメモリーを見て、復習することにしている。

『メモリー第2746号、帝国歴1937年5月7日18時27分の記録です』

 と、ジャックの声がして、まるで本当にその時に戻ったかのように映像が、音が、触感が押し寄せてくる。が、それらは彼が宇宙船のカプセルの中で緑色の保管溶液につかっていることを明瞭に告げるばかりだった。彼はわずかに眉根を寄せた。

「ジャック、ここはカットしてくれないか?」

『編集はできないよう、ロックがかけられています』

「そうか、ならいい」

 もう十年も前のことなのに、この映像の時のことははっきりと思い出せる。同時にこの緑の水の感覚も記憶の中から呼び起こされてきた。他人の胎の中にいるような、独特の居心地の悪さがあるのだ。この溶液は。

 しばらくすると、彼は溶液の中からチューブで吸い上げられて、別の場所へ運ばれ始める。するすると通り抜けて、ついに辿り着いたその先は、また違う溶液の中だった。だが、先ほどとは打って変わってあたたかな安心感が彼を包み込む。

 そこは、ジャックのコックピットであった。何も問題はない。これが、彼のいるべき場所、そのものだ。

『パイロット“F-042”を確認、コックピット起動』と、メモリーの方のジャックの声が聞こえた。

「ジャック、前回の出撃からどれだけ経った?」勝手に口が動いて言葉を紡ぐ。メモリーの彼のほうの発言だ。

『前回の起動から2時間が経過』

「なんだ。そのくらいならコックピットの中でもよかったな」

 そんなことをいいながら、彼は保管液で固まってしまった体をほぐしたり伸ばしたりしてくつろぎ始めた。緑色の保管液とコックピットを行ったり来たりする生活で、安全な保管液の中よりかは、自由に動けるコックピットの方が彼の好みだった。

『長時間の同期はパイロットの精神状態に危険を及ぼします』

「いってみただけだ」

『失礼しました』

「気にしていない」

『存じています』

 やがて、彼の視界はコックピットの中のものから外のものへと移り変わり始めた。“同期”が始まったのだ。

 視界のみならず、手足から皮膚の感覚に至るまで、すべてがジャックのものへと置き換わっていく。例えるならば、人形に自分の神経を通していくような。そういう感じがする。

 実際は人型ではあるが“人形”だなどととんでもないことだ。ジャックは最も強力で、完全で、完璧な、『人型戦闘兵器MEV』なのだから。

 同期によって、彼の肉体は忘却の彼方へ。ジャックの有機物と無機物の混合である機械仕掛けの肉体へ、彼の精神は入れ替えられていく。

 外ではすでに、出撃用のカタパルトに機体がセットされつつあった。それと同時に、司令部からの回線が勝手に開かれて通信が入る。若い士官の声が頭へ直接突き刺さる。

『クラブ11(イレブン)F-042。敵艦隊が絶対防衛線を突破した。この基地は前線にワープしつつある。到着次第出撃し、目標を殲滅せよ。敵艦隊には防衛のための小型機部隊がついている。これもまた殲滅せよ。また、ほかのクラブスも本作戦に当たって展開される。「ワープ終了十秒前!」聞こえたな。それでは、任務の遂行を期待する。銀河帝国万歳!」

 ワープが終わる瞬間の体が伸び縮みするような感覚が訪れる。

 さあ、始めるか。と、彼は思った。




 プー、プー、プー!

 ブザー音によって、彼は目を覚ました。視界の端に、TRANSMISSIONと映っている。通信だ。それを目で見ながらパチパチと瞬きすると、回線が開かれ、彼は口を開いた。

「はい、こちら11(イレヴン)」と、彼が言った。

「海賊が出た!数は8、あんたと同じ、MEVに乗っていやがる!」と、回線の向こうの男が言った。

「了解。発進準備を進めてくれ」

「分かった。頼んだぞ!」

 受け答えをしながら、コックピットはすでに動き出していた。睡眠のために倒されていたシートは最適な位置に持ち上がり、操縦用のハンドルが左右からせりあがってくる。上からはヘッドセットが降りてきて、パイロットが戦う準備が整えられていく。

 だが、彼はそのいずれにも気を払うことなく、ただ呟いた。

「ジャック、戦闘モード」

『OK。戦闘モード移行』

 さっきまで展開されつつあった機器が引っ込み、コックピットへ溶液が流れ込みだした。映像と変わらない。あの時と同じように彼の肉体を包み込む。同期が始まった……。

 すると、体のいたるところにじくじくとした痛みが走り始めた。ぶつけたり、すりむいたりしたときの痛みに似ている。

「機体の状況がよくないな。損傷度合いはどうなっている?」

『機体状況スキャン、両腕、右脚部イエロー、左脚部レッド、頭部グリーン、システムチェック、除外項目以外グリーン』

「足がまずいか。あとの修理で治ればいいんだが……」

 そう呟きつつ、かれは虚空に向かって無造作に開かれていく貨物船のハッチまで、窮屈そうに匍匐前身でのそのそと外に向かう。ジャックの性能を考えればあまりにもみじめな前進だ。

 民間の輸送船にMEVをつむなら、こういう手を使うしかないのはわかっているが、せめて船体の外側に縛り付けてもらうようにたのむべきだったか。と、少し悔いた。

 全身を蝕む痛みは彼の精神に不必要な摩耗を強いている。これから戦いに向かうというときに、感じるのは痛み由来のけだるさと苦痛、そればかりであった。

 あの頃、戦いに向かうとき、何か心地いい感覚があったはずだ。と、彼は思った。ジャックと一体になって、何もかも……この装甲の隅々まで、その内部の回路の流れの一つ一つまで、手に取るように理解できたその瞬間、何か、高ぶるものがあったはずだ。しかし、それはもはや彼の心から去ってしまって久しかった。


 ハッチの縁をつかみ、彼、ジャックは宇宙に這い出た。内臓が持ち上がるような浮遊感が体を包む。感覚が研ぎ澄まされていく。感覚器官が一度に5つか6つほど増えたような気がする。同期が完了したのだ。もはやジャックに搭載されたあらゆるパーツや兵器は、彼に生まれついた生体的技能のように、それこそ目で見るようにレーダーで“感じ”て、音を聞くようにセンサーの反応が“入力”される。

 レーダーに反応が9つ。1つは後方の輸送艦。他の8つは、海賊の機体。自分と同じMEV乗り。危険な敵だ。


 頭の中で通信申請のブザーが鳴った。申し込み相手はA-4078、軍の識別番号だと気づいた。一応、回線を開いた。すると、中性的な声が聞こえてきた。

「待て、待ってくれ!その機体、同じ帝国軍の出身だろう?争いたくはない!」

 やけに焦っていそうな声音をしている。声の主は、手のひらをこちらに向けて停止のハンドサインをしている正面の機体のパイロットだろう。とあたりをつけた。

 彼は、少し緊張を解いた。これなら大した敵ではない。と思ったからだ。

「私は、元帝国軍第3軍第98機甲大隊所属パイロット、ツカサ・ナグモだ!貴公の所属は!?」

「元帝国軍第3軍第201機甲大隊所属パイロット、F-042だ」

「F-042!?Fロットか!」

 海賊たちは、接近する彼から距離をとり、包囲するように動いていた。彼らはまだ手を出さずに話しつづける。

「なあ、私たちと共に来ないか、Fロット!元第三軍の人間は、今の世界では生きていくのにも苦労するだろう?それが、我々同士ならば助け合うことができる!なあ、そうだろう?」

 こちらが近づいただけ、彼らは遠ざかる。止まらない彼の様子を見て、ついにすがりつくような声で懇願してきた。

「たのむ、同じ第3軍では争いたくないんだ……。わかってくれ……」

「すまない。これが、今の仕事なんだ」

「くそっ、この生意気なロボットもどきめ!」

 彼らはついに武器を抜き、彼に向けた。半弧状を作った180°包囲状態。だが、負ける気はしなかった。



 初めまして。よろしくお願いします。毎週金曜日に基本1話ずつ更新していきます。

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― 新着の感想 ―
宇宙での戦闘を凄く丁寧に書かれているため想像しやすいです。 この先の展開も気になりますね。 拝読します。
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