09
受付は横目でじろりとザインを軽く睨む。
「やっぱり、交戦してたか」
「……実は、はい」
「目撃しただけでもお前なら狼煙を上げるだろうが、多分そうはならんだろうとは思ってた」
「丁度、かち合ってしまったもので」
「だろうな。なんというか、お前は星の巡りが悪いところがある」
そこまで言って、受付が深々と溜息を吐く。
「ということは、またやったな?」
「……お見通し、ですね」
ザインは観念した様子で、カウンターの上にひん曲がって真っ二つになった長剣を乗せた。
それを受付が腰に手を置いて見下ろす。
その顔は呆れ果てている。
「これで何本目だっけ?」
「かれこれ遂に十本目、ですかね」
「お見事。【破剣のザイン】は伊達じゃねぇな」
「伊達だったらどんなによかった事か……」
「こっちの台詞だよ。どうすんだよ、遂にリース品までぶっ壊しやがって。ちょっと古いが別に質の悪い武具じゃねぇんだぞ」
「申し訳もございません……」
縮こまるザインに、呆れ顔半分困り顔半分の受付。
「新品が買えないからってうちの備品借りてたんだ、金が無いのは知ってるが……流石にこんなの廃棄するしかない。弁償はしてもらわないと困るぞ」
「はい、分かってます……ちなみに、この地小金では」
「全然足りない。この袋だったら十杯は要る。こいつは素材としては優秀だが、加工が手間食うせいで市場でもだぶつき気味なんだ。大した額にはならん」
「十杯ですか……三杯くらいならどうにかなるんですが」
「駄目駄目。今着けてる防具を下取りに出しても、足りるかわかんねぇぞ。だが流石に防具も無い奴に依頼は出せない。分かってるな?」
「はい、勿論です……」
それはもはや、武装開拓者廃業の時である。ザインにとって緩慢な死に等しい。
進退窮まって、嘆息する。
背に腹は代えられない。
ザインは馴染みの受付の名を呼んだ。
「マクスさん」
「何だ」
「これから見せるものについて、他言無用でお願いしたいのですが」
「……内容次第だ」
腕を組む受付――マクスは甘い顔はしない。
だが、以前からの付き合いで信頼に足る人間である事をザインは知っている。
ザインは肩にかけていたより大きな革袋を下ろし、その中身を剣の横に並べた。
それは鎌のように湾曲した、合計四本の鋭利な爪。
目にしたマクスの眉間に皺が寄る。
「長爪竜の鎌爪です。こちらで現金化できますか」
「――このサイズが四本なら、問題ない。剣の弁償代を引いても幾らか釣りが出る」
「お願いします」
頭を下げるザインに、しかしマクスの顔はしかめられたままだ。
そのマクスは少し間を置いてから、さりげなさを装いつつ口を開く。
「長爪竜を運んできた連中が言ってたよ。瀕死になってた最大の原因は、首に出来てた抉るような深い火傷だってな。トッドは自分が付けた傷じゃないと言ってたそうだ。前足の爪も一本ずつしか残ってなかった。それも片方半分に折れてたそうだがな」
ザインは頷きもしない。
そのへし折れた半分は、結局ザインにも見つからなかった。切り飛ばした拍子に随分と遠くまで飛んでいってしまったらしい。
マクスはさらに話題をあらぬ方向に転がしていく。
「お前が武器を壊すところを見たことはないが、前に壊した奴を興味本位で引き取った鍛冶屋が変な事を言ってた。まるで下手な焼き入れをし直したような壊れ方だってな」
焼き入れ、焼きなましと言った金属への熱処理は、正しい手順と加減がある。
間違ったやり方をすれば、熱が冷めてた後も粘りや硬度を失い、脆くなる。
ザインの使う武器がことごとく壊れる原因は、まさに不適切な熱が入ってしまうせいだ。
長爪竜に残された火傷と合わせて、マクスは薄々ザインの体質に気付きつつある。
だが、体質の事を咎めるつもりでないのは明白だった。
「いいのか。今なら、言い出せばお前の手柄も認めて貰えるかもしれん」
「……お願いしましたよ。他言無用で、と」
諭すような思いやりを含む申し出を、しかしザインは静かに断った。
その顔には、まだ微笑が浮かんでいる。
だがその目は、目の前のマクスよりも、もう少し遠くを見ている。
迷いのない顔だった。
「俺が白銀を貰っても、この始末では助っ人は出来ません」
助っ人の受注は青銅斧には許されない。
普通に考えて、逆に足手まといになるのがオチだからだ。
だがトッドが白銀を取れば、他の青銅のパーティへの助っ人を請ける事が出来る。
曲がりなりにも単独で亜竜を討伐した実績のある中級の開拓者を、下級の開拓者が無下に扱う事はそうそう無い。
となればトッドの人付き合いの不器用さも、多少は許容される余地が出るだろう。
浅い付き合いではあっても、ザインはトッドが現状に対して不満とまではいかないまでも、もどかしさを感じている事は分かっていた。
ザイン自身とは違って。
今回の白銀斧昇級は、トッドにとってやり直す絶好のチャンスだ。
だがここでザインが自分の手柄を主張すると、トッドの昇級にも物言いがかかる可能性がある。
それだけは、避けたかった。
「それに今から宴に水を差したら、酒の入った連中に袋だたきですよ」
「……正直に言うが、余計なお世話だと思うぞ」
「だとしても、です」
もっと何か言いたげなマクスの言葉に、ザインは小さくかぶりを振る。
何を言われても、意志を曲げるつもりはなかった。
結局のところ、自分の気持ちの問題に尽きる事は自覚している。
だがだからこそ、自分自身を曲げる事は出来ないでいた。
ザインの意志が固い事を見てとって、やがてマクスは溜息をつく。
その日、一番大きな溜息だった。
「……弁償代の釣りじゃ貸せるのは小剣くらいだ。だが、丁度地小金の採取依頼が出る。知っての通り、頭数のいる仕事だ……お前、明日以降の予定は空いてるのか?」
せめてものという申し出に、ザインは無言で小さく頭を下げる。
お詫びと、感謝を込めて。
そして、言った。
「俺で良ければ、やりますよ」