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破剣のザイン  作者: 椚 右近
2.都合のいい話
19/23

19

「お前の剣、私が打ってやる」


 だが直後に、リザが嘆息する。


「……が、そのための適当な素材が足りない」

「適切な素材、というと」

「熱に強い素材、だけじゃない。熱を逃すために熱を伝えやすい、それでいて熱によって痛みづらい素材もいる。しかもどれだけの強さが必要なのかは色々試してみる他無い」


 リザは自分の工房を見渡す。

 木炭や銑鉄の塊が積み上げられた木箱。大小の水瓶が幾つか。後は衣服かけにぶら下げられた何種類かの布と革。

 工房の中で材料と言ってよさそうな物はそれくらいだった。


「ライネから聞いてるかもしれんが、私はまだ商売が軌道に乗ってない。ストック出来てる素材は多くないし、それだって無駄遣いは出来ない。……だから、ザイン」


 言葉を切ったリザの視線がザインに向いた。


「まずはお前自身に工面してもらうしかない。何か持ってる物はないか」

「私が今持ってる素材は……地小金、だけですかね」

「そ、それだけですか……」


 今一番ありふれている素材の名前に、リザよりライネの方が先に落胆する。

 否、リザの方には、少なくとも顔に落胆の色は見えない。


「地小金か……量は?」

「大袋一つ以上はあるかと」

「……ふーむ。悪くはない。それ自体はな」


 リザの反応に、むしろザインとライネの方が意外そうな表情を隠せなかった。


「地小金は加工が面倒だが、その分耐久性が高いし熱にも強い。それだけまとまって持ってるなら、安い内にもう少し買い足しておこう。それはこっちでやっとく。お前は後で手持ちの分全部持って来い」

「分かりました」

「ただし、無論そんだけじゃ足らん。地小金はあくまで補強材だ。武器本体は別の素材で作るしか無い」


 思案げにリザが自分の顎を指で叩く。


「加えて、地小金をどうにか使える状態まで準備するにも別の素材が要る……ところで」


 リザの視線が、ザインの顔から下へ降りて、腰の位置で止まった。

 そこに携えられているのは、赤と金の絹糸で修飾された豪奢な短剣。


「実はずっと気になってたんだが……その短剣は何なんだ? 随分年季の入った立派な代物に見えるが」

「ぐっ……」

「もし使える素材なら、供出して欲しいところだが……無論、無理にとは言わないが」


 リザからすれば、気になるのは当然だろう。

 だがザインにとっては、これも自分の体質同様、積極的に見せびらかしたいものではない。

 加えて、常に身につけておくのが一番安全でもある。

 そしてそれは、口で納得させられる類いのものではない。


「……出来れば、他言無用でお願いしたいのですが」


 ザインは短剣を腰から外して、慎重な手つきでリザに渡す。

 リザもザインの態度にならい、いきなり引き抜きはせず、(こしら)えを観察する事から始めた。


「……やっぱり魔装がされてるな。強化もあるが……保護と、封印、それに奏礼(そうれい)? 本来は儀礼用か?」


 魔装とは魔術的な加工の事である。多くは崩した秘字を対象の器物に刻印したり刺繍する事で付与する、魔術の一形態だ。

 強化は道具の機能を高め、保護は文字通り耐久性を高める。

 封印は道具の持つ力が外に溢れる事を防ぐもので、奏礼は道具の存在を秩序の神々に報告する、一種の祈祷に近い法術寄りの術式である。

 後半二つは本来実用品に積極的に刻む意味のある魔術ではない。リザが儀礼用かと言ったのはそのためである。

 外側の観察を終えて、リザは逆手に短剣の柄を掴み、ゆっくりと引き抜く。

 現れた刃の色は透明感のある乳白色。

 覗き込んだライネが感嘆の声を漏らした。


「うわぁ……綺麗ですね。何かの石で出来てるんですか?」

「いや、こりゃあ……」


 真珠にも似た光沢を放つ美しい刀身を目にした途端、リザの顔が苦々しく歪む。

 ザインの折った剣を見た時よりも、眉間の皺が深い。

 やがて刃を鞘に戻すと、しかめっ面のまま短剣をザインに突き返す。


「……見なかった事にしてやる。みだりに抜くなよ」

勿論(もちろん)です。ありがとうございます……」

「え、ちょっと、何ですか二人だけで察し合って! 私にも教えてくださいよ!」


 自分だけがのけ者にされていると感じたライネが抗議の声をあげる。

 リザが気まずそうに送ってきた目線に、こちらも沈鬱な表情で、ザインが小さく頷く。

 ここで納得してもらえない方が危険だし、ライネはこれでみだりに吹聴するタイプでは無い、と信じる事にした。

 何より秘儀(ひぎ)収集者(しゅうしゅうしゃ)たる魔術士の知識欲は大抵、封じ込めた後の方が危険である。


「ありゃあ石じゃない。牙だ」

「牙……随分と大きい牙ですね。大型の亜竜のものとか?」

「半分正解。……竜は竜でも亜竜(ドラギア)じゃない。真竜(ドラゴン)の牙だよ」

「ど、真竜……?」


 突然世界最強の生物の名が出てきた事に、ライネの顔にも動揺が浮かぶ。


竜装具(りゅうそうぐ)って言われる代物だ。ある意味もっとも有名で、もっともありふれた呪いの武具だな」


 世界で最も有名な呪いの武器は、七つの【絶滅期(カリューグ)】の一つ、【魔剣戦争(セイバーウォーズ)】を引き起こして人類を一度滅ぼしたとされる白蛆種(スヴェルニグ)の打った十四魔剣。

 他にも異世界の滅びを武器の形に具現化したという終末兵器(アポカリプサー)、五大邪神がそれぞれ自らの核として世界の果てに封じた逆天の鉾(リバースバベル)など、多くは伝説と共に在るが故に実在も危ぶまれる存在である。

 対して竜装具は、相当な数が発見されている現存の武具だ。

 ただそのもたらす災いについては、厳密には噂の域を出ていない。

 言わば験担ぎ(ジンクス)の類いとされてはいる。

 だが、発生する現象の方は実に具体的であり、同時に致命的なのが問題だった。


「竜装具は、真竜を呼ぶと言われてる」

「それは聞いた事はありますけど……本当なんですか?」

「分からん。確かに竜装具の使い手が真竜に殺されたってケースは実在するらしい。だが、それが竜装具のせいだったかってのは分かってない。竜がそんなもん教えてくれるわけがないし」

「一応、これを俺にくれた人が昔教えてもらった事があるそうです」

「はぁ? 真竜に?」

「ええ。ある神殿の高僧の方なんですが……どうやら、竜装具の場所は真竜には検知できるそうです」

「ある神殿って、何処ですか?」

「鉄火神ガタリの本神殿です。俺の主神でもあるのですが」

「ガタリ……聞いたことないですけど、名前からするに火神アイゼンの従属神ですか」

「そうです。ある種の土地神(ローカルゴッド)で、鍛冶神ゴロウロスの弟神に当たります。兄神と同じように火神から鍛冶の権能の一部を預かる神格ですね」

「……正直信憑性は怪しい話だが、本当だったら呪いは本物って事か」

「それが、持ってるからと言って襲われる物ではないそうです。大事なのは真竜に許しを得ているかどうかだと。この短剣は許しを得ているそうではあるんですが」

「そんなの、他の人間がどうやって分かれってんだよ」

「はぁ、まさにそこが問題でして……俺もドゥーロンに来る前、別の集落でとっさにこれを抜いて大騒ぎになりました……」

「そりゃそうだ。ドゥーロンでもいい顔されるはずがねぇ」


 ここで少し控え目な態度で、ライネが手を上げて発言する。


「すいません、質問なんですが……そんなおっかない武器、捨てちゃう訳にはいかないんですか?」

「それが出来たら苦労はしねぇよ。呪われた武器ってのは捨てても呪いがふりかかるもんなんだよ、大抵」

「はい、粗末に扱う事自体が禁忌なので……」


 リザもザインも溜息しか出ない。

 そもそも大恩ある師に授けられた物である以上、他人に実害があるとはっきりしない限りは手放す選択肢もザインの中にはなかったが、これは口には出さなかった。

 どっちにしろ、捨てられない事には変わりないからだ。


「それでお察しの通り、この短剣は俺が振るっても壊れません。が……」

「ああ、とてもじゃないが素材にも出来ん。危な過ぎる。出来れば一生その腰に飾っとけ」


 さすがのリザも竜装具の存在には緊張したのか、首の後をもみほぐすような仕草をする。


「ま、真竜の牙まで焼いちまうような呪いなら流石に今の私じゃお手上げだった。成功例があるって分かっただけでも良しとするさ」


 そう言って諸手を挙げる仕草。

 リザにも、手のつけようがない相手は存在するのだった。

 だが次の瞬間、胸の前で手を打ち合わせて、朗々と宣言する。


「……よし、足りないのなら善は急げだ。今から狩猟市場(いちば)行くぞ」


 荷台をザインに押しつけて荷物持ちとし、ライネを念のため店番に遺してリザは意気揚々とドゥーロン中央の市場へと足を運ぶ。


 が、二時間と立たずに帰ってきたリザは荒々しく工房の隅のベッドへと腰を下ろした。


「……駄目だ!」


 一声叫んでそのままベッドの上に倒れ込む。


「地小金が市場に出過ぎだ。加工用の素材が軒並み全滅してやがる」

「リザ、ちなみにその加工用の素材って、具体的には何なんですか?」

「一部の魔獣の消化器官。胃とか腸とか膵臓とか、他にも魔獣独自の内臓とか」

「うひぃ!」

「地小金の甲殻は頑強だが、それを食べる魔獣は当然地小金を分解消化できる能力がある。それを利用して甲殻を柔らかくしたり、成分を抜き取ったりするんだが……内臓から搾れる消化液はナマモノだから保存が利かねぇ。次の入荷待ち……いや」


 くわっとリザが目を見開いて起き上がり、ザインを見た。


「ザイン、お前何か狩ってこい! 今から!」

「い、今からですか?」

「とりあえず依頼だけ取ってこい。どうせ行くのは早くて明日、遅けりゃ明後日くらいにはなるだろ」

「あ、じゃあ私と組みましょう! 白銀とコンビなら小型の魔獣くらいなら討伐依頼が取れますよ」

「いや、しかし……今の手持ちの小剣だけでは、壁役と言って通るかどうか」


 いや、金を借りて盾を買えばどうにかなるか、と思案するザインをリザが一蹴する。


「そこは何とかしてやる。こっちもガキの使いじゃない。手ぶらで帰ってきた訳じゃねぇんだ」


 そしてそれだけを握りしめて帰ってきた物を、叩き付けるようにベッド脇のサイドテーブルに置く。


「今回唯一……いや、(ゆい)1.5くらいか? この戦利品で、特急仕事で一揃い仕立ててやる。初回サービスだ、支払いは出世払いにしといてやるよ」


 サイドテーブルに載せたのは、片手剣ほどもある湾曲した巨大な爪、そして元は同じくらいの長さだったと思われる、折れて半分の長さになったもの。

 奇しくもザインが戦い拾った長爪竜の鎌爪一本と半分だけが、市場の片隅に売れ残っていたのだ。



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