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だがザインではなくライネの方が、リザという虎の尾を盛大に踏んづける事になった。
「それなんですけど、こちらのザインさんは、これまで何度も似たような事……武器が壊れてしまう事態が起きてるそうなんです。それでリザに相談が……」
「なぁぁぁぁにぃぃぃぃ?」
ライネが全てを言い切るより早く、伸びたリザの腕がザインの首を鷲づかみにする。
もう少し体重が軽かったらそのまま宙に釣り上げられていたかもしれない。
そう思えるほどに大きく、力強い手指だった。
腕だけを切り取ったら女性と気付けないかもしれない。
そんなリザが火を吐きそうな憤怒の相で、ザインに顔を寄せる。
全身から、噛み付かんと唸る雌獅子のような迫力がにじみ出ている。
当然である。
道具の作り手が、道具を粗末に扱う者を大事に扱ってくれると思う方が傲慢だ。
自分に非があるという自覚があるザインとしては、諸手を上げてされるがままになるしかない。
息のかかりそうな距離で、リザが問うた。
「何度もって……正確に何回だぁ?」
「かれこれ……十回ほど……」
「よーし、ぶっ殺す!」
「お、落ち着いてリザ!」
首に巻き付いた指に籠もる力が増す。
ライネの制止が無ければ、一時的に喉が潰れていたかもしれない。
「落ち着いてられるか! 鍛冶屋の血と汗と涙の結晶を雑に扱いやがって! 根性叩き直してやる、物理的に!」
「ず、ずびばぜん……申し訳のじようもございばぜん……」
――まったくもって、本当に、弁解の余地が無い。
ザイン自身、首を絞められる息苦しさに軽く朦朧としながら、長爪竜との戦いを思い出す。
壊してしまうと分かった上で、自分は剣を握り、振るった。
自分が戦わなければ、壊れなかった剣達だ。
分かった上で事を為した以上、その責任は全てザインにある。
どうしても剣を取る生き方から離れられない、ザイン自身の落ち度である。
このまま半殺しくらいは仕方ないかと諦めが忍び寄ってきたところで、救いの女神が手を差し伸べてくれた。
「リザ!」
正確には、ライネがリザを一喝した。
「確認します! ドゥーロンの鍛冶屋が売った剣は、並の使い手が粗末に扱ったくらいで一年に十本も折れる代物ですか!」
ライネの凄まじい剣幕に一瞬豆鉄砲を食らったような顔になった後、喉を掴む手を少し緩めて、リザは怪訝そうにザインの顔を覗き込んだ。
「一年?」
「せ、正確には、一年と少々ですが」
ザインの答えに、眉間に深い皺を刻んだまま、ゆっくりとリザが手を放した。
「……ありえねぇ」
軽く咳き込んで喉を撫でるザインを尻目に、リザは低く唸るような声で呻いた。
「私の知る限り、ドゥーロンで鍛冶屋の看板掲げてる奴にそんな簡単に壊れるなまくらやポンコツを売る奴はいねぇ。……国境沿いの継承戦争にでも出て砲弾でも受けたなら別だがな」
「戦場には、行ったことは無いですね……全部、このドゥーロンで、駄目にしてしまいました……」
途切れ途切れに答えるザイン。
なお、ドゥーロンに来るまでにも数本駄目にしているのだが、今はドゥーロンで壊した武器に関する話なので黙っておくことにした。
ザインもまるっきり馬鹿というほどでは無い。
ただそれでも十本も壊してしまうに至ったのは、色々と工夫はしたとて言い訳の利くものでもない。
まずは色々な剣を試した。長剣、両手剣、細剣、広刃剣、等々。
そしてことごとく駄目だった。
ある程度重さのある剣は熱にも少し耐えるが、振り回すのにも打ち込むのにも力が入らざるを得ない。
細剣は上手くやれば大分力加減が利くが、細身であるが故に少し熱が入っただけで曲がってしまう。
一番長く保ったのは偃月刀と呼ばれる片刃の曲剣だった。遠心力で加速し相手の表面を滑らせるように切り裂くこの剣は、刀身に十分な強度もあるため三ヶ月近くザインの手の中に残ってくれた。
だがある日、子牛ほどもある甲虫型の魔獣に襲われた際に、ついにこの剣もへし折れてしまう。
魔獣の甲殻が思った以上にざらざらとして摩擦が強かったためだ。
滑らせる切り方が災いして引っかかり、強く引っ張る形になってしまった。
出来ればもう一度購入したかったが、そもドゥーロンでは曲剣の使い手が少なく、安く手に入れる事は不可能だったため断念した。
結局、裏通りで一括り幾らで売ってた数打ちの直剣を購入したのだが、これが失敗だった。
見習いの習作だったのだろう、根本的に質が悪く、他の剣は耐えた軽い刺突でもねじ曲がってしまった。
結局一月少々で三本駄目にした。
これについてはドゥーロンの鍛冶屋の腕というよりは、ザインの見る目が無かったと言うべきだろう。
懐具合の寒さに目が曇ったとはいえ、到底リザに言い訳できる物では無い。
「お前、見た目よりも大分力は強いんだろうが、触った感じそこまでじゃねぇ。そんなペースで壊すなんざ鋼の丸棒を手だけでひん曲げる鬼みたいな奴じゃなきゃ無理だ。いや、それでも大分厳しいだろうよ」
もうリザに掴みかかってくる気配はなかった。
それでもいらだたしげに豊かな髪を掻き上げ、ザインを睨む。
その目は、怒りと苛立ちを燃やしながら、同時に何か見えていない物を探ろうとする、先ほど以上に深い観察の眼差しだった。
「なんか仕掛けがあるとしか考えられねぇ。まさかマジで武器を壊す呪いにでもかかってるってのか」
「……まぁ、そう言っても過言ではない、かもしれません」
ザインは肩にかけていた背負い袋から、布に包まれた棒状の物を取り出した。
長爪竜との戦いで二つに折れた剣の残骸。
爪による支払いで弁償した際に、処分を任される形で引き取ったものである。
その時は、何れ自分の手で鍛冶屋に渡す程度にしか考えていなかった。
最悪鉄くず扱いだが、比較的長く刀身が残っているので、刷り上げて小剣か短剣にしてもらえるなら頼むつもりではいたが。
「……マジか」
渡された剣の先端を見たリザの目から一瞬で険が抜け、純粋な驚きに見開かれる。
その様子に、ザインは一目で損壊の原因を悟られたと察した。
であればやはり、リザという女鍛冶師は相当の才能と知識の持ち主なのだろう。
「おい、ライネ。お前なんでこんな男連れてきたんだ」
信じられないものを見るように剣をためつすがめつ眺めながら、視線を外さずにリザがライネに尋ねた。
実際のところ、ザインにも今ひとつその理由は分かっていない。
ただの弁償なら、表通りの店でもそこそこの値段で買える既製品でかまわないはずだ。
こうまで親身になって対応してくれる必要は無い。
――単純な善意、も多少はありそう、な、気がする。
対してライネは、さも当然とばかりに答える。
「ザインさんが最後に壊した武器については、私にも責任があります。……それに」
ザインにちらりと視線を向けた後、まだ手の内から目を離さないリザを真っ直ぐに見詰め、
「武器破壊の呪いにも負けない武器を打つ鍛冶師、いい売り文句になるじゃないですか!」
胸を堂々と張って、割と凄い事を言っている。
――なるほど、商品の宣伝塔にするつもりだったのか。
半分納得しつつも、ちょっと複雑な気分に小首を傾げるザインであった。
ライネが自分の都合も正直に言ってくれる事自体には割と好感を覚えるのだが、やはり本人の前で言う事ではない気もする。
――でもまぁ、納得できたから、いいか。
大分悟った感想のザインと、リザも似たような心持ちのようだった。
「お前、他人事だと思って好き勝手いいやがって……」
溜息を吐いて苦々しく呟きながらも、苦笑いの表情でリザは立ち上がり、折れた剣を手にしたまま奥の扉に引っ込む。
そして片手だけを出して手招きしてきた。
「さぁ、行きましょう!」
先ほどのやり取りの後である。自然と腰が若干引けてしまうザインであったが、後からくっついてきたライネに、半ば押されるようにして戸口を潜った。