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破剣のザイン  作者: 椚 右近
2.都合のいい話
16/23

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 なのでやがて現れた女性の姿に、イメージはひび割れる事になる。


「なーにがお客さんだ、お前まだウチで物買った事無いだろ」


 逆に言うと、ひび割れで済んだ。


 ややハスキーな声の主が壁の出入り口を潜ると、揺れた。

 背中にかかるまで伸びた、やや乾いた色の金髪と。

 黒い綿の半袖シャツの下で、おそらく相当しっかりとさらし布で固定されているのだろう、平らに潰された形でなお波打つ豊かな胸が。

 吊り上がった目尻、綺麗に通った鼻筋、やや厚めの肉感的ながら小さな唇。

 肉食獣めいた気の強さを感じさせるものの、相当な美女である。

 横にいるライネが体の線をあまり出さない服装のせいで、余計にザインの中で豊かな体つきが強調されているのかもしれない。


 ただ、女性としては相当に高い身長の持ち主だった。

 なんとザインと大して変わらない。

 女性どころか平均的な男性の身長をゆうに越えている。

 剥き出しの腕も、女性らしい曲線はあるものの、鍛え込まれた逞しさが艶のある輝きを放っている。


 服装はシャツの上から革製のゆったりとした袖なしのつなぎに、裾をたくし込んだ頑丈そうなブーツ。前掛け代わりの作業着が、酷く扇情的に映ってしまうのはザインの煩悩のせいなのか。

 首から鎖が伸びて、繋がっている先がシャツの下にしまい込まれているのを見て、思わず先端がどうなっているかを想像した自分を、ザインは内心で強く叱責する。


 ――服装は……個人の……自由……ッ!


 ザインの葛藤をよそに、店主とライネは旧交を暖め始める。


「だって私が使えるようなもの、まだ作ってないじゃないですか」

「そりゃそうだ、書いてあるだろ。ウチは剣屋(つるぎや)だ。杖は売ってねぇ……って、誰だそいつ」

「だから言ったでしょう、お客さん。連れてきてあげましたよ」

「だから頼んでねぇっつーの……」


 頭痛を堪えるように額を抑えて天井を仰ぐ女性に、ザインはなんとなく自分の影が薄くなったような気分になる。

 この場に存在している事自体が、間違いのように思えたのだ。


 ――事前に了解を取ってなかったのか。


 そもそも客が付かないという話だったが、目の前の女性に深刻さや焦りは感じられない。むしろ堂々と客を品定めしそうな物腰である。

 狼か虎を思わせる目つきのせいかもしれないが。

 職人や接客業よりも、武装開拓者と言われた方が納得がいくほどの迫力だ。


 ――まぁ、それはそれで、一見落着か。


 ライネには最初からこの店を指定されていた。店主に断られたらそのまま弁償の話もなし崩しに無くなるだろう。

 新しい武器を得る機会を失うのは痛いと言えば痛いが、そもそも他人に買って貰うような理由があったとは言い難い。

 弁償はして貰い過ぎな気はしていた。

 貸しが借りに変わらずに済んだという意味では、ザインの精神衛生上は好都合だと言えるだろう。


 後はお開きを切り出すタイミングだなと思ったところで、ザインと女性の目が合う。

 じっと見詰められて、なんとも言えず固まってしまうザイン。

 女性の視線は、あらためてライネとは違った意味で強かった。

 意志の強さではなく、強い警戒心と、体の内側まで透かし見ているのではと思わせるような観察力。


 ――やっぱり品定めする側だったか。


 目を逸らす事も出来ず、ザインは眺められるままになる。

 女性の視線は目から外れ、全身を舐めるように見回した後、また目に戻ってくる。

 気分は釣り上げられてまな板の上に載せられた魚である。

 あるいは肉食獣の前にぶら下げられた肉塊か。


「……武装開拓者にしちゃ、覇気の無い目ぇしてんな」

「ちょっとリザ、失礼ですよ!」


 リザと呼ばれた女性の言葉に抗議するライネ。

 ザインはと言えば神妙に言われるがままになっていた。

 おそらくこの場にマクスが居れば、したり顔で頷くだろうななどと思いつつ。


「だがその割りには、いい体してやがる。一体どんな鍛錬したらそんな体になるんだか」


 だからこそ、続いた褒め言葉に、むしろザインは驚く事になる。

 ライネも同じようだった。


「そんなに凄い体なんですか? 割とスマートに見えるんですけど」

「骨格が太い。後、付いてる筋肉の質がおかしい。人間よりも獣に近いんじゃねぇの」

「……それは流石に言い過ぎだと思います」


 内心ひやりとしながら、ザインはやんわりと否定する。

 一応、謙遜ではない。

 あくまでザインは人間だ。

 およそ、原型となる大部分は。


「かもな」


 リザはその否定をあっさりと肯定する。

 確証の無い直感的なものだったからかもしれない。

 だとすれば、危険なまでに鋭い直感だ、とザインは恐れ入る。


 ――あまり、この女性の前に長居しない方がいい。


 落ち着かなさに腰骨が震えるような気持ちになっているザイン。

 だがリザの言葉は無情だった。

 ザインにとっては。


「で、剣が欲しいのか」

「そうなんです。この方、私達のパーティが取り逃した亜竜と戦って、武器を壊してしまったので」


 すかさず割り込んだライネの言葉に、露骨にリザの眉間に皺が寄る。


「あー、あのボンクラ共のやりそうなこった……先に退路を防がずにお前の周りに固まってたんだろ」

「まるで見てきたみたいに言いますね……後衛の私を守ってくれてただけですけど」

「そんなん、相手が大勢じゃなければ一人いりゃいいんだよ。全部お前任せで楽してきたツケだ。はよ見切りつけろ」

「ええっと……もう抜けちゃいました」

「ハッ、そういう思い切りのいいところはお前の美点だよ、ライネ」


 少し愉快そうに笑った後、リザはザインに視線を向け直す。

 先ほどよりは多少視線の圧力が和らいでいて、ザインは心の中で小さく安堵の息を吐く。


「あんた、名前は」

「ザイン=ブルードです」

「ふーん、聞かん名前だな。白銀斧(シルバー)か?」

「いえ、青銅斧(ブロンズ)ですよ」

「青銅で亜竜と一騎打ちかよ、クソ度胸か、それとも度胸馬鹿か?」

「いや、向こうから襲ってきたので凌いだだけです。……結局、取り逃しましたし」

「でも瀕死までは追い込んだんですよね? トッドさんは、自分が止めを刺した時には虫の息だったと仰ってましたよ」


 ザインの言い訳めいた言い回しを、ライネが指摘する。


「トッド? 最近聞いた名前だな、ってことは、ついこないだの長爪竜か。……けどライネ、そりゃあお前が先に削った相手だろ?」

「手傷をいくらか与えただけです……ろくに戦わずに逃げられたので」

「ま、獣でも獣なりにまともなオツムのある奴ならそうするだろうよ……しっかし、青銅が独力で亜竜を半殺しに、しかも武器が壊れた状況で……出来過ぎじゃねぇの?」


 疑わしげに言うリザに、ザインは返す言葉が無い。

 あえて言えば一か八か仕留めにかかった結果武器が耐えきれずに壊れたので、順番としては逆なのだが、あえて指摘しない。

 そこだけ聞くともっと胡散臭くなる自覚があるからだ。

 だがザインではなくライネの方が、リザという虎の尾を盛大に踏んづけた。

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