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連れ立って組合の事務所を出た二人は、ライネの案内で件の鍛冶屋に向かう事になった。
場所は事務所からそう遠くない。ただこの辺は市場の中心から少しだが距離があるので、店を営むには少し不便な場所だ。
最初ザインはライネの友人と聞いて、何処かの鍛冶屋の徒弟をしているのかと考えた。
ライネと同世代なら、流石に独立には早過ぎると思ったのだ。
なのでもう自分の店を構えていると聞いて驚く事になる。
とはいえ、どうも友人と言っても、年齢はライネよりは大分上だそうだ。
ザインと同じか、あるいはさらに一つ二つ上かもしれない。
ただその友人との年の差について、ライネ自身はまるで気にしていないようだった。
友人についてどんな人かを聞くと、ライネは実に分かりやすく言い淀む。
「ちょっと、いえ、かなり変な子で……仕事を選ぶとこがあって、それで余計に」
「なる、ほど……」
――気難しい、たまにいる職人気質、という奴だろうか。
若くしてそれは苦労しそうなものである。
あるいは、独立したのもその性格が師匠筋と合わなかった可能性もある。
無論そんな事をライネに聞く訳にもいかないのだが。
ドゥーロンの中央を貫く表通りから一つ横道に入ると、急に建物の間隔が拡がって、うら寂しい景色に変わる。
隙間は増えても道としては狭いせいで、見上げる空も細かく切り刻まれて小さく区切られ、一層眺めが閉塞的なものになる。
また建物同士の距離だけでなく、建物自体が一回り小さくなっているのも、閑散として見える理由の一つだった。
裏通りには表通りの大店に品物を卸す専門店や工房、店の主人とその家族が住む民家などが入り乱れて立ち並んでいる。
表通りにも工房はあるが、規模がまるで違う。表の方が圧倒的に大店なのだ。
そもそも表通りの工房が専門の販売員と多くの徒弟を抱えるのに対し、裏通りの店の多くは家族経営である。住居と店舗が一つになっている場合も多い。
要するに、立地上の問題である。
ドゥーロンの表通りと裏通りでは、人の行き交いに圧倒的な差がある。
ドゥーロンは開拓集落としては大分発展している方だが、都市部と言えるほどの規模は無い。森やその周辺部からは木材や薬草類、魔獣の死体など有用な資源が採れるが、ここでしか採れない物は土地固有の魔獣くらいで、それも量に限りが有る。
穴場とか掘り出し物という言葉が機能するには店と商品の絶対数が足りていない。
集落の外から来た人間が商売の用を済ますのには、表通りの方が品揃えが良くて圧倒的に便利である。
勿論、埋もれた名品が全くないという意味では無い。
見つける難易度が段違いというだけだ。
裏通りは看板もろくに出していない店が殆どなので、ある程度土地勘を得ないと求める物に延々辿り着けず、狭い小道が文字通りの迷宮へと転じてしまう。
そんな裏通りを駆けずり回るのは基本的に、少しでも価格を抑えるために足を使う小売店の仕入れ担当と、手持ちに余裕のない下級の武装開拓者が殆どだ。
「あ、着きました。ここです」
そんな中にあって、二人が訪れた平屋の店は小さくはあるが一応看板を掲げていた。
“エルケズ・ブレイダー”。
――エルケの刀剣屋、か。
ブレイダーは剣士を指す言葉にも使われがちだが、刀剣鍛冶を指す場合もある。
看板の上に取り付けられた、青銅製の交差する剣と金鎚の彫刻からもその解釈を後押ししてくれる。
――ここまで書くなら、剣の専門店だろうか。
勝手に想像するザインの内心は色々と複雑だった。
実を言うと、剣は一番慣れた武器である。
特に両手剣を使っていた時間が長い。
ただし、他の武器を習得していないという意味では無い。
槍、斧、戦棍、戦鎚。それぞれ片手用から棹状武器まで。果ては鞭、弓矢、投擲武器に至るまで、一通り触っている。
ただし、今の体質に悩まされるようになってから、もっぱら剣しか使っていない。
正確には柄が長くて木製の武器は、振るっている最中に焦げて脆くなったり発火したりするせいで、使えなくなってしまったのだ。
まだ金属部分が多い剣の方が保ちが良い。耐えられる温度が木より高く、握りも金属製に革を巻けば交換は安く済む。
だが、金属部分が多い分、剣自体は他の武器より、高い。
この値段の高さが最大のネックだった。壊してしまった時のダメージが最も大きい武器なのだ。
――専門店は一般より高くなりがちだし、大丈夫か……?
弁償という言葉を忘れて足が止まるザインを動かしたのはライネだった。
なんと無造作にザインの片手を掴み、引っ張っていく。
「さ、入りましょう。多分店主も中にいますから」
扉を開くと、来店を知らせるドアベルがぐぁらごんとドスの聞いた調べを奏でる。
そのドアベルにも負けじと、ライネが店の奥へと叫ぶ。
「御免くださーい。リザ、お客さんですよ!」
リザというのが店主兼友人の名前だろう。
女鍛冶屋という存在を知らないザインは、果たしてどんな人物が出てくるかと戦々恐々としながら店内を見渡す。
見渡して、見渡しきって、違和感を憶えた。
――売り物が、少ない?
店は細長い平屋で出来ていた。いわゆる鰻の寝床と言われるタイプの、横に狭く縦に長い造り。一つの大きな建物を細長く区切って分割したものである。
集合住宅の他、個人規模の商店や工房にもよく見られる。
騒音の問題で、住居なら住居、工房なら工房と用途を限定して売られるのが常だ。
実際この店の隣にも何軒か、似たような工房が並んでいた。
中は出入り口の開いた壁で仕切られていて、入口側が商品の展示スペースになっている。壁の向こうは、おそらくは工房の本体、鍛冶場だろう。
だが、仕切りの位置が大分入口側に寄っていて、小さい。
物置に毛が生えた程度のスペースに並べられた剣の数はまばらだ。
壁に立てかけられたもの、木の台に乗せられたもの、全て合わせても十本にも届かない。
――在庫は奥に保管しているのかも知れないが、それにしても。
正直に言って、飾られているだけのようだ。売ろうという気配があまり感じられない。
出ている剣にも統一感がない。
凝った籠状の籠手がついた細剣の横に、盾をそのまま引き延ばしたような、巨人しか振れないのではと訝しむような武骨な大剣が並ぶ。
普通の破斬剣の中程に盾用の握りが取り付けられたもの、剣の先端が鎌状に折れ曲がった片手剣など、どう使うのかよく分からない物もある。
確かに、見物にはいいが買い物には躊躇しそうな店構えだった。
――これは、職人気質というレベルを越えているような。
ただザインの見る限り、どの武器も造りはしっかりとしているように見える。
奇矯な武具は見た目に拘るばかり耐久性がおろそかになりがちだが、その辺りはしっかり考慮されているようだった。
先ほどの鎌形の片手剣も、恐らく人の首の十や二十切り飛ばしてもびくともしないだろう。
――そんな用途じゃあないといいけど。
ザインの脳内で、作り手のイメージが筋骨隆々、顔に大きな傷の入った野性的な巨漢女性のもので固まりつつあった。
巨漢で女性という言葉は矛盾ではあるが、ザインの脳内イメージはそうとしか呼べない存在を描いている。
なのでやがて現れた女性の姿に、イメージはひび割れる事になる。