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「私、パーティ抜けましたから」
「あ、それは……失礼しました。いらぬ事を」
「いえ、いいんです。……実は、先日の長爪竜の討伐なんですけど」
ライネの声が、苦しげに歪む。
まるで実際に痛みを感じているかのように。
「瀕死に追い込んだの、私達って事になってるんです。報酬の一部も支払われて……だから、お詫びに行こうって話は、他のメンバーには反対されて」
「あー……」
ライネが弁償に関して非常に積極的な理由が一つ、ザインには分かった気がした。
罪悪感だ。
ただライネのパーティメンバーの主張も、武装開拓者の慣習的にはともかく、明文化された決まり事の上では問題は無い。
というより、依頼を請けたのがライネ達である以上、下手をするとトッドが横取りしたと言われかねない所だ。
ただ今回は、一度取り逃がしている事実が重かった。
おそらく、ライネのパーティは逃げられた時点で早々と組合に報告を上げたのだ。長爪竜が森の奥に逃げ込んだと思ったのだろう。
森の深部へは黄金斧以上の武装開拓者にしか侵入が許可されていない。
ある程度の経路も確立されていない完全に未開な森は、危険度が段違いなためだ。
事実、ライネの胸にある斧の徽章は白銀である。
状況からしておそらく仲間も同様なのだろう。
であれば、彼女たちが取った行動自体に非は無い。
あったのはただの計算違いだ。
こんなに早く、逃げた長爪竜が森の外に出てくると思っていなかった。
――地小金の大量発生が無ければ、また違ったかもしれない。
ザインも内心そう考えはするが、所詮は仮定の話である。
結果として長爪竜はザインと交戦してさらに逃走し、最終的にトッドに討たれた。
報告して依頼失敗の扱いになった時点で、狩猟した獲物と討伐報酬の権利はトッドに移っている。
それでも、傷を負わせた証拠が残っていれば、その分の報奨金を主張する権利がライネ達には残っていた。
武装開拓者としては、正直かなり外聞の悪い行為ではあるが。
なにしろ失敗した依頼に関して、無事解決した後から自分達の手柄を主張したのだ。
同業者に広まれば、よほど余裕の無い、がっついた連中という評判がつくだろう。
人によっては距離を取る者も出てくるかもしれない。
それでも依頼の完全失敗よりは、まだいいと判断したのだろう。
ほぼ同じ立場にザインもあったが、正式に報告していない以上、トッドの付けた傷以外は彼等の総取りとなる。
この時点で普通は多少の不満を抱きそうなものだが、ザイン当人としては何処か他人事のような気分でいた。
トッドの昇格が無事成った時点で、ザインとしては特に不満はない。
だがむしろ、仲間の透明な不義を許せなかったのはライネの方だった。
「なので私は自分の分の報酬を辞退して、パーティから離脱しました」
「……そこまでは、しなくても良かったのでは?」
そう言ったのは、ザインからしても、流石にライネの振る舞いは潔癖過ぎるように聞こえたためだ。
確かにパーティの評判は落ちただろうが、それでも何かの法に触れた訳では無い。
これからの行いさえ気をつければ、まだ幾らでも巻き返しは図れるはずだ。
だがライネは強い眼差しのまま、言い切った。
「いえ、駄目です。自分の行いと責任は、正しく紐付かないといけません」
深い青の目が、底の見えない透明な氷塊のように見える。
まるで水面の動かない、深い深い湖のようにも。
ザインには、その目が揺るがない意志の現れに思えた。
仲間と袂を違えてでも正さなければならないものが、彼女には確かにあるのだろう。
――まぁ、魔術士は嘘をつく度に魔力が下がるとはよく言うけれど。
呪術士、法術士も含めて、魔術士は自らの血と言葉で魔術を成立させる。
嘘をつく事は自らの言葉の正確さを貶める事であり、意味から言葉を遠ざける行為とされ、結果として操る秘字と秘語の力を弱めてしまう――らしい。
らしいというのは、それを実際に検証した話を、ザインが聞いた事が無いからである。
ただ、強力な魔術士ほど寡黙になるとは昔から言われている。
言葉の力と危険性を深く知るが故であると言われるが、人間ふとした時に適当な事を言ってしまうものだと分かっているからかもしれない。
「じゃないと私、この先続かないと思ったんです。武装開拓者としても、魔術士としても」
それはザインの内心を読んだかのような宣言だった。
もはや、誠実や潔癖という言葉で片付けるには重すぎる言葉。
あえて言うとすれば、覚悟だろうか。
ライネは確かにうら若い女性でありながら、魔術士にして武装開拓者だった。
そんな彼女に、ザインはどこか眩しいものを見るように目を細める。
――トッド君といい、この子といい、真面目だなぁ。
またも完全に、自分の事は棚に上げるザインである。
だがそれでも、誰しもに譲れない一線が有ること自体は身をもって理解出来る。
となれば、ライネの提案も少なくとも口にした内容に偽りは無いだろう。
古の賢者よろしく、都合の悪い事実については沈黙している可能性はあるが。
だとしてもこの場の話し合いだけでは、どれだけの時間を費やしても決して分からないに違いない。
「分かりました」
気付けばザインは組んだ手を解きテーブルに下ろして、ライネに向かって口を開いていた。
「お言葉に甘えさせてもらいます」
「はい!」
威勢良く返事を返すライネの顔は、子供のような満面の笑顔だった。
この人は思った以上に若いのかもしれないと、ザインはその笑顔を見て思った。