13
ライネの突然の申し出を、ザインは慌てて手を振って押し止める。
「いや、待ってください。流石にそこまではさせられない」
「おいおい、袖すり合うも多生の縁だろ。頼っとけ頼っとけ」
「マクスさんはちょっと黙っててください」
他人事とばかりに軽い言葉で勧めるマクスを黙らせると、ザインはライネにどう言ったものかと首を捻った。
ザインの懐具合には有り難い申し出だ。
今正に新たな武器を買うか借りるための金銭を、地道に溜めている真っ最中である。
だが、先も言ったが長爪竜を取り逃がした事の責任がライネ達にあるとは、ザインは思っていない。
だからこそ、筋の立たない弁償を受け取るのは一種のたかりという気がしてならない。
ただ完全に善意の申し出をたかりと呼ぶのも、それはそれで大変失礼な話である。
悩んだ末に、ザインは出来るだけぼかした内容で自分の体質について説明することにした。
「ライネさん。そもそも俺はその、武器を壊したのはこれが初めてじゃないんです」
「はい。知ってます」
「……えっ」
「【破剣のザイン】……一年間で十本近い武器を壊してしまった、呪われているんじゃないかと噂されるソロ武装開拓者。……あ、もちろん、あくまで噂ですけど」
愕然とした顔で再びマクスの方を見ると、マクスもこれに関しては大きく首を横に振っていた。その仕草の必死さで、どうやら嘘ではないと察する。
マクスが教えていないとなると、思った以上にザインの悪名は周辺に出回っているようだった。
そうならないように気を遣ってきたともりだっただけに、がっくりと肩が落ちそうになるのを必死に堪える。
だがライネはそんなザインの絶望など意に介した様子も無かった。
「だからこそ、紹介したい相手がいるんです」
怪訝な顔をしたザインを、少し低い位置からライネが真っ直ぐに見詰めている。
日の光を受けて輝く青い瞳は、正に宝石のようだった。
一瞬吸い込まれるように見詰め返すザイン。
二人の視線が真っ向からぶつかる。
見つめ合いから一拍おいて、先に目をそらしたのはライネの方だった。
一瞬何か驚いたように目を見開くと、顔を斜め下に傾け、何処か拗ねたように口を尖らせる。
「その、私の友達の、鍛冶屋なんですけど……」
急に勢いの衰えた言葉には、若干の後ろめたさが見え隠れしていた。
何に驚いたのか分からないままに、ザインは小さく首を傾げる。
「鍛冶屋さん、ですか……」
「はい。友人の贔屓目を引いても、腕は確かだと思うんですけど、まだ全然お客さんが着かなくて」
「いや、ちょっと待ってください」
ザインはそもそも弁償を受ける事を承諾していない。
していないが、このままでは否応無く受け容れさせられる。
そんな流れだ。
しかも、ライネの友人の、鍛冶屋。
そんな縁の深い場所で弁償してもらったものを、もし短期間でまた壊してしまったら。
ザインの悪名は更に止めどなく拡がるだろう。
何よりザイン自身が申し訳なさ過ぎる。
「あのですね。俺が武器を壊してしまうのには、俺自身のとある理由がありまして……」
耐えきれないと判断して、仕方なくザインは自分に関する開示情報を増やそうとする。
だが全部を言い切る事も許されなかった。
「それだって、相談すれば壊れにくい武器を作ってもらえるかもしれません。言いたくない事は彼女なら決して漏らしません。私も口にしない事を誓約しますから」
「いや、そこまで求めるつもりはありませんが」
ライネの提案に、思わずザインの口から溜息がこぼれた。
ライネの言っているのは、恐らく魔術的な誓約の事だ。
破ろうとすれば、その場で動けなくなるほどの激痛をもたらすという。我慢し続ければ廃人になるという噂もある、とんでもない代物である。
「とにかく、どんな理由にしろ、一度鍛冶屋に相談してみませんか。ザインさんは武装開拓者を続けていかれるお気持ちがあるんですよね。でしたら、いずれ対策は必要になります」
はっきりと目を見て言い返されて、ザインは二の句を飲み込んだ。
ライネの堂々とした態度は、真っ向から押し切れそうに思えない。
確かに対策自体は必要だ。そして専用のオーダーメイドなど、今のザインの立ち位置を考えれば一体何時になるかも見当が付かない。
確かに、絶好の機会ではあるだろう。
だが、同時に踏み切るには悩ましい理由が、まだある。
――いくらなんでも、話が旨過ぎるんだよな。
状況から考えて、ザインにとって条件が良すぎるのだ。
だがしかし、ライネに悪意が有るようにも見えない。
真剣そのものの彼女相手に、真っ正面からその事を問い質す度胸も、無い。
そもそも、ザインは交渉事が苦手である。
口喧嘩もろくに経験が無い。
以前いた『御山』は、口答えなんてしている暇のある場所では無かった。
師より命じられた事は絶対。逃げても死、迷っても死、抗しても死である。
まぁ、その程度の覚悟の人間は修行に入る前段階の適性検査で、ほぼほぼ脱落していたが。
――熔岩蟻の腸液、酸っぱかったなぁ。
ついつい思い出して遠い目になるザインであった。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。大丈夫です、なんでもありません」
「本当ですか? なんとなく顔色が少し悪いようにも見えましたが」
「お昼ご飯食べ損ねたからでしょう。よくある事ですので、おかまいなく」
心配そうなライネに対し、頭を振って誤魔化すザイン。
脳裏に浮かんだ修行時代の光景は、とても目の前の女性に話せるようなものではない。
まだ疑いの目を向けるライネに、ザインは若干強引に話題の変換を図る。
「そういえば、お一人でいらっしゃいましたが、他のメンバーは仕事ですか?」
「多分、そうだと思います」
「多分?」
首を傾げたザインに、今度はライネが視線を逸らす番だった。
「私、パーティ抜けましたから」