01
「俺で良ければやりますよ」
そう言ってザインは仕事を請け負う。
残り物の雑務。いつもの事である。
開拓者組合事務所のカウンターで担当範囲の書き込まれた地図と食券を受けとる。
食券はすぐ食べるのではなく、倉庫窓口で渡す事で携帯食料に代える事が出来る。
ザインは何時もの干し肉と乾燥果物入りのビスケットバー、不足栄養素を補う錠剤を受け取った。
昔はこんな錠剤など無かったので、開拓者の栄養状態はもっと酷かったらしい。
今は調剤専用の魔神が開発されて、どんな辺境でも利用できるようになった。薬なども比較的安全かつ安価に手に入れる事が出来る。
――いい時代に生まれたものだ。
そうザインが実感するのは、しばらく前までその魔神すら利用できない辺境中の辺境で生活していたからでもある。
暮らしていた頃は不平不満など感じる余裕もなかったが、今思うともう少しなんとかならなかったのかと思う。多分今いるドゥーロンの里よりも、平均寿命は遙かに低かったはずだ。
――だけど、もしも戻れるなら。
戻りたい。
厳しくも無駄のない、清廉な修行の日々に。
だがそれは敵わぬ望みだ。ザインはそこに残る資格を失って下山した。
言わば、追放された身だったが故に。
仕事は何時もの道路整備だ。
何時ものと言ってもこればっかりを仕事にしている訳では無いが。
整備と言っても、元々が未舗装の土の道である。
周囲の草原や森から路面に侵食してくる植物を切り払い、重い荷車の轍や動物が蹴りたて掘り返した跡を埋め戻し、雨風で転がり込んだり露出した石や岩を取り除いて、また穴が空くようなら埋める。
開拓最前線の集落であるドゥーロンの里では、森林や採掘場などへと続く多くの道路の始点であり、今も新しい道が常に作られ続けている。
作った物は、管理し保全しなくてはならない。
人の住まなくなった家は、住人のいる家よりも何倍も早く痛む。
通り交いする人間が多く頻繁であれば、道も当然荒れる速度はゆっくりになる。
だが全ての道がそうではなく、それでも不要という訳では無い。
そのために、整備作業をする人間は求められる。とはいえ、管理保守とは必要ではあっても単体で利益を生むものではない。怠ると損失を生むものだ。
だから他で出した利益を回す事で費用を捻出するのだが、大抵利益を出す場にいる人間には渋い顔をされる。
なので必要ではあっても報酬は最低限のものになりがちである。
必定、請ける人間から人気は出ない。仕事が雑だと文句は出ても、努力が褒められる事が少ないのも原因の一つである。
だから、ザインのように積極的に不人気な仕事を請け負う人間はそれなりに重宝される。当人に多少の問題があっても、見逃してくれる程度には。
「こんにちは」
「ちゃーっす」
現地に近づくと、既に同じ仕事に従事している人間がいた。
三日月型の手鎌で道に進出してきた蔦を刈り取る、若い男性。
と言ってもザインと大して年は変わらない。二十歳のザインより二つ三つ下、ぐらいだろう。
ついでに言うと、似たような道具をザインも腰に下げている。
後は路面を均すためのシャベルを一本。若者のそれは少し離れた道の外に転がしてある。
防具も似たような、動物の皮を重ねたもので、胴、肩、腰、膝から脛を覆う部分鎧。
加えて若者は鉄の枠に布を張って綿を詰めた鉢金式の兜を被っている。また腰には草刈り用の物よりももう少し大振りな、C字型の刃を着けた手鎌がもう一本。
ザインは頭部には防具を付けず、赤茶色の髪が剥き出しになっている。腰には大振りの短刀と、簡素な長剣が一振りずつ。
武器は一般的だが、頭部の防具が無いのは少々珍しい。
一般的に考えて頭部を守らないのは不用心、悪く言えば命知らずの部類だ。だが、視界が塞がれるのを嫌う身軽さが信条の使い手も、少数ながら存在するのは事実である。
ただ、ザインに関して言えば、その類いではない。
どちらかと言えば、着けられるなら着けたいぐらいである。
だが着けられない。着けられない理由があるのだ。
「じゃあ、トッド君。俺はもう少し奥なんで、また今度」
「うぃっす。ご安全にー」
「ご安全に」
軽く互いの無事を祈願し合って、二人は別れる。
ザインは少し進んだ後、軽く振り返って若者――トッドを眺める。
トッドは黙々と草刈りに励んでいた。先に行ったザインを気にする素振りもない。
口調は軽薄そうでいて、根は真面目な若者である。
腕っ節はよく知らないが、普通はこんな雑務に従事する年頃ではない。
ザインも人のことを言えないが、本来はもっと歳を取って、身体の自由が利かなくなった人間がよく就く仕事である。
ザインも彼の身の上を詳しくは知らない。だが、過去に他人と組んで何度か問題を起こしているという話は、本人からも周囲からも軽く聞いた。性分として、他人と合わせる事が極端に苦手らしい。
武装開拓者がより高度で好待遇の仕事を請けるには、必須と言ってもいい条件がある。
それは他人と組んで仕事が出来る事だ。
基本的に、武装開拓者の仕事は三人以上のパーティ単位が基本である。
これは簡単に言えば安全性と、信頼性のためだ。
人間、一人よりも二人、二人よりも三人の方が死角が減って手が増える。
その分不慮の事故も減る。
多すぎるのは別の問題を孕むが、仕事の報酬額で請ける最大人数はある程度制御が可能だ。
また自分だけの事だと何事も雑に済ませがちな人間でも、他人の目と評判が絡むときちんとするし、さらに言えばきちんとさせやすい。
そのためには最低限多数決が成立する三人以上が望ましい、となる。たった一人の利益に仕事の出来が左右されづらくなるからだ。
よっぽどの腕利きでも二人だけのバディは珍しく、単独で活動するのは何らかの理由で数が足らないパーティの助っ人を専門にする者くらいである。
よく勘違いされがちだが、フリーの助っ人はパーティを組むよりも、さらに高い対人能力が要求される。その場限りで同道する相手に合わせる技量と度量が必要となるせいだ。
これが出来ない人間に任せられるのは、不人気でも危険の少ない仕事か、対人能力など関係の無いレベルで頭数が必要とされる、大規模な任務に限られる。
ザインはトッドほど集団行動が苦手という訳では無い、と自分では思っている。
ただ、パーティで行動する事は自分の危機がパーティの危機になるという事だった。
それが問題となる。
武装開拓者の名の通り、その仕事には魔獣の討伐を初めとする荒事が多く含まれる。
そして戦闘において、ザインは足を引っ張りかねない。
だが、一般社会に身を置くこともまた、難しい。
結果として、ひどくニッチな立ち位置に立つ事になったが、ザインとしては特に不満がある訳でも無い。
――生きていられる場所があるだけ有り難い事だ。
だが何時か、それを呪いや不幸と思う日が来るのだろうか。
悲願に向かって駆けた過去を、見上げて生きる事に耐えられなくなる日が来るのだろうか。
そんな風に考える事も無いでは無い。
無いでは無いが、長くは続かなかった。
悩み続けるには、生きる事は丁度良く忙し過ぎたのだ。
今もあまりのんびりしている余裕は無い。ザインは場にそれ以上留まる事はせず、足早に自分の担当場所へと向かった