08_皇妃選定のはじまり
一次選考当日。ウェスタレアはペイジュを連れて地方の会場に来ていた。会場は若い娘で溢れ返っている。
「ねぇあの人、すごくかっこいい。見て?」
「本当だ。王子様みたい。話しかけてみる?」
ペイジュは娘たちの視線を集めていた。出会ったときから思っていたが、彼女はかなりの男前だ。金髪に藍色の瞳、すらりとした長身、整った顔立ちに――爽やかな笑顔。女の子の憧れがぎゅっと詰められている。
「あのぅ、お名前をお聞きしてもいいですか? 遠くから見てかっこいいなって思って……」
「はは、ありがとう。私はペイジュ。私も君たちみたいな可愛いお嬢さんたちに声をかけてもらえて嬉しいよ。一次選考、頑張ってね」
「きゃー! はい! 絶対合格してみせます!」
娘が次から次へと話しかけに来て、ペイジュも愛嬌を振りまいていた。彼女はいちいち説明するのが面倒なのか、女だと打ち明けずに男として接していた。
(ライバルを応援してどうするのよライバルを)
内心で突っ込みつつ彼女に言う。
「随分と人気者なのね?」
「はは、これは参った。でもあそこにも人気者が」
「彼女は……」
エントランスに集まっている娘たちをざわつかせる、ひとりの令嬢。明らかに他の娘たちと雰囲気が違う。高級なドレスを着て、侍女と騎士を何人も付き従え、優雅に佇んでいた。
「エリザベート様を生で拝見できるなんて、運がいいわ……!」
「なんて可憐で美しいのかしら。さすが――国1番の皇妃候補ね」
ひそひそと噂話をする声に耳を傾ければ、彼女は筆頭公爵家レイン家がひとり娘、エリザベートだと分かった。
レイン家は皇家の傍流でもあり、国内において権勢を振るっている。表向きには栄華を極めた大貴族だが、権力のために手段を選ばないため、『悪の貴族』と密かに囁く者もいる。
エリザベートは頭脳明晰で容姿端麗。幼いころから――国1番の皇妃候補と言われてきた。
(国1番の皇妃候補とは……大層な肩書きね)
ふと、エリザベートと目線が合う。今のウェスタレアにとって、相手は遥かに格上なので、敬意を示すように深くお辞儀をする。すると、かつかつとヒールの靴音が近づいてきて、顔を上げるように命じられる。
「――あなた、名前は?」
「コルダータ・ツィニアと申します」
エリザベートはウェスタレアのことをじっくりと見つめたあと、にこっと微笑んだ。
「あなた、とても美人ね。それに所作が綺麗だわ」
「……恐縮です」
「驚かせてしまったかしら。魅力的な方がいると思って、つい話しかけてしまいましたの。わたくしはエリザベート。あなた、どこからいらっしゃったの? ご実家は?」
彼女はウェスタレアの経歴などを根掘り葉掘り確認してきた。しかし、異国出身の平民ですと答えると、あからさまに安堵の表情を浮かべた。ウェスタレアのことを、見目が良いだけで素養のない娘だと思ったのだろう。
(分かりやすい。私はライバルにはならないと確信した顔――ね)
敵になりそうな相手を見つけたから、それとなく探りを入れにきたのだ。エリザベートは、お互い頑張りましょう、と笑顔で言い残して優雅に去って行った。
「優しそうな方でしたね。親しくなれるのでは?」
「あなたの頭の中はお花畑ね。分からない? 彼女は私のことを品定めしに来ただけ。あちらも仲良くなんてする気はないでしょう。――敵同士なのだから」
エリザベートの値踏みするような態度に、ペイジュは気づいていないようだが、ウェスタレアは些細な反応を敏感に感じ取っていた。
(彼女のお手本みたいな笑顔……リリーのことを思い出させるわ)
リリーの花が咲いたような笑顔がフラッシュバックし、背筋が凍る感覚を思い出すウェスタレア。なんとなく、エリザベートのことは苦手だ。
同じ空間でいるとトラウマが蘇りそうなので、エントランスを離れるためにさっさと受付を済ませた。
「それじゃあ私は行くから――」
「待った」
彼女にお守りを握らされ、そっと耳打ちされる。
「最強の女剣闘士を連れ出したんですから、余裕で受かってくださるくらいでないと困りますよ?」
柔らかい笑顔でプレッシャーをかけてくるがウェスタレアは動じない。任せなさいと自信ありげに答えて会場に入った。
受験はまず、簡単なアンケートから始まる。応募者は皆、真剣に答案に向き合っている。試験官の合図とともに、伏せられた羊皮紙をひっくり返した。
(さ、頑張りましょう)
そして、試験が開始した。
◇◇◇
無事に試験は終わった。内容は学問的な問題と、貴族の教養問題両方が出題された。母語が違う点が大変だったが、ルムゼア王国で散々勉強してきたことを十分に発揮できたとは思う。
そして3週間後。一次選考の結果が記された書簡が屋敷に届いた。
自室でアルチティス皇国の文化史の本に目を通していると、扉がノックされる。どうぞと促せば、通知書を持ったペイジュが中に入ってきた。
「お待ちかねのものが届きましたよ、主」
「そう、ありがとう。そこに置いておいて。後で見るわ」
「え……今見ないんです?」
「どうして?」
「普通は結果が気になるでしょう? 私も知りたいですし」
「ならあなたが見てくれても構わないけれど」
どうせ受かっているだろうけど、と付け加える。ペイジュは緊張した面持ちで、ペーパーナイフで封を切った。
「すごい……。数万人の受験者の中で――首席なんて」
結果を聞いても、ウェスタレアは特に驚かなかった。公爵家の優秀な家系に生まれて、幽閉されてまで教育を施されてきたのだ。それくらいできて当然でなくては。
「ただの自信家じゃなく、本当に聡明だったんですね。……料理は全然できないのに」
聞き捨てならない言葉が飛んできて、ペンを動かす手をぴたりと止めて顔を上げる。
「ちょっと。ひと言余計じゃない? それに昨日はシチューを焦がさなかった」
「その代わりパンが炭になりましたがね」
「うっ」
ペイジュの柔和な笑顔に圧倒され、押し黙るウェスタレアであった。
次の選考は、貴婦人に贈るためにハンカチに刺繍を施すことから始まる。ハンカチを持って、お茶会に参加するのだ。そこで食事の際のマナーや振る舞いを貴婦人に評価され、複数人の中からたった一人の候補者のハンカチだけが受け取られる。
更にその次の選考では、推薦人の貴婦人とともに、大きな夜会に参加する。アルチティス皇国の皇太后が主催し、異国の貴族までが参加する大きな舞台。そこでどう振る舞えるかが見られるのだ。
「ここからやっと、本格的な皇妃選定が始まる感じがしますね」
「ええ。私、なんだかすごく楽しみだわ」
「ははっ、それは頼もしいです」
ウェスタレアは離宮で息を潜めて生きてきたから、お茶会も夜会も参加したことがない。それらの会に出られるというだけで、夢がひとつ叶ったような気分だ。
未来のことは何も分からないけれど、それでも精一杯やれることを頑張っていこう。
ひとつひとつ、自分なりの歩みで夢を叶えていこう。
どんなに叩かれ踏みつけられても、枯れてやるものか。