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75_悪女が掴み取ったもの(最終話)


 数日後、ウェスタレアは王宮の庭園で絵を描いていた。


 これまで必死な思いで集めてきた造花だが、人体にきわめて有害な毒素が含まれているということで、まもなく全て処分される。


 その前に、記録としてキャンパスに残すことにしたのだ。芝の上にイーゼルと椅子、テーブルを用意させた。残念ながら、エリザベートピンクを再現する顔料がないため、いたしかたなく鮮やかさの劣る色で造花を描くことにした。


「器用なものだな」


 夢中になって筆を動かしていたら、鼓膜に直接声を注がれ、キャンパスを覗く影がひとつ。ウェスタレアの背後に立っていたのは、婚約者となったレオナルド・オレンシアその人だ。


「レオ……」


 正直なところ、彼が婚約者になったという実感はまだ湧いていない。アルチティス皇国の国境で奇妙な出会いを果たしてからというもの、過ぎてみればあっという間の日々だった。


 皇妃選定に必死になる傍らで、彼はいつもさりげなく手を差し伸べてくれたが、これからはウェスタレアも彼のことを支えていくのだ。


 レオナルドは椅子をもう一脚用意し、ウェスタレアの隣に置いて腰を下ろした。彼は山のように収まっているエリザベートピンクの造花を見据えながら、感慨深げに息を吐く。


「本当に見事だったな。エリザベートピンクの造花を廃棄させ、ごみとして回収させるとは――ほぼ反則、ルール違反だ」

「…………」


 ウェスタレアは半眼を浮かべる。最後の皇妃選定のお題発表のとき、ふたりの皇妃候補には厳しい制約が課せられた。予算以外の資金の使用はもちろん、人から譲渡されることなどが禁止されている。


「ごみを集めてはいけないなんてルールはなかったわ」

「だが、廃棄物の無償譲渡にあたる」

「いいえ、捨てた時点で所有権は放棄したってことなんだから、譲渡とは言えないわ」

「どうだかな。いずれにしても、審議が必要なぎりぎりを攻めたな。そもそも、皇帝にエリザベートピンクが使用された物を廃棄する勅令を出させたのがお前なのも、グレーだ」

「グレーかもしれないけれど、誰にも咎められなかったのだから問題なしよ」


 ふんと鼻を鳴らし、筆の先に赤い絵の具をつけ、キャンパスに乗せていく、だんだん薄い色から濃い色を重ね、花弁の繊細な濃淡を表現していく。


「では、最後の二週間の追い上げはなんだ? エリザベートピンク以外の色の造花はどうやって集めた?」


 その問いに、ぴくと肩を跳ねさせ、手の動きを止める。実はこの二週間、ウェスタレアもごみの回収に参加していた。回収のための人件費、馬車の手配などに予算を使ったものの、まだ残っているお金があった。


 だから回収のついでにウェスタレアも街をめぐって――ただ同然の金額で、民から造花を買い上げたのである。不要になったという体で買い取ってはいるので、譲渡とは言えない。……たぶん。


 エリザベートは公爵家が所有する工場で造花を大量生産することに注力してきたが、これだって、『予算で工場を建てるところからするべきではないか』という難癖をつけることはできる。


 ウェスタレアはただ、ルールの範囲内でできることをしただけだ。不正ぎりぎりだと責められたとしても、勝ちは勝ちである。


「……何? 私が勝ったのが気に入らないの?」


 むっと拗ねたような顔で尋ねれば、彼は首を横に振る。


「いや。ティベリオよりも、お前の方が一枚上手だったと思っただけだ。奴も、規則の穴をつくのが得意な男だったから」


 レオナルドは説明する。ティベリオは低予算で造花を大量生産させていたが、その材料の仕入先はどれも怪しいもので、工場の労働者も十分とはいえない賃金で働かせていたとか。低予算での大量生産の裏には、影が潜んでいた。レオナルドから聞かされた内容に、眉間にしわを寄せる。


「まぁ、卑怯な男! やることが汚いわね全く。やるなら正々堂々と戦いなさいよ、正々堂々と」

「お前が言うな」


 楽しそうにくつくつと笑う彼を見て、釣られて自分まで笑ってしまう。表情の機微が乏しい彼だが、笑った姿は年不相応のいとけなさがある。


 ひとしきり笑ったあとで、彼の薄い唇から欠伸が零れた。


「寝不足?」

「昨夜は遅くまで政務をしていた」

「ならここで少し、眠っていけばいいわ」


 ウェスタレアは自分の片方の肩をぽんと叩いた。レオナルドは「そうさせてもらう」と言い、甘えるようにこちらに身を擦り寄せて頬を乗せてきた。


「お前の傍は心地が良い。ただ傍にいてくれたら、それ以外のことは何も望まない」

「……私も、同じ気持ち」


 そのうちに、規則正しい寝息が漏れ始める。

 肩にずっしりとした愛おしい重みを感じながら、筆をキャンパスに乗せる。


 そして、倉庫の上に広がる空をちらりと見上げた。


 雲ひとつない透き通るような晴天。眩しい陽の光に思わず目を細める。爽やかな風がふたりの輪郭を撫でていき、どこかの木々をさざめかせる。


 どんな悪女でも、どんなちっぽけな存在でも、いかなるどん底にいても、ピュアな気持ちで望んだなら、必ずいつか光を掴み取ることができる。


 ウェスタレアが特別なのではなく、そんな底力を誰もが持っている。幸せの雨は誰にでも公平に降り注ぐ。


(思い通りにいかないことばっかりでも……時々、本当に時々、とびきりのご褒美があったりする。世界はそんなに、捨てたものではないのかも)


 きっとこれからの未来もウェスタレアは色んなことを望み、夢を育み続けるのだろう。

 こうしてついに、処刑された悪女は、大国で次期皇妃の座を掴み取ったのである。


第2部はここで完結です。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました…!2巻は10月10日ごろ発売予定です。

もし少しでもお楽しみいただけましたら、ブックマークや☆評価で応援していただけますと嬉しいです。


また、作者をお気に入り追加していただけると、新作を投稿した際に通知が届きますので、もしよろしければそちらも(*.ˬ.)"



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