74_ふたりの皇妃候補の勝敗(2)
「では、結果を発表する。厳正なる集計の結果、より多くの造花を倉庫に集めた次期皇妃は――」
皇帝は一拍間を置き、声高らかに宣言する。
「ウェスタレア・ルジェーン!」
直後、倉庫を取り囲んでいた幕が一気に降ろされ、倉庫の全貌が晒される。
エリザベートの倉庫には、満杯の造花が収まっていた。しかし、ウェスタレアの倉庫には、いっぱいの造花だけではなく、倉庫の外にまで、収まりきれなかった造花が入った馬車の荷台がいくつも並んでいる。
アルチティス皇国中の廃棄された造花が、この宮殿に回収されたのである。そして、エリザベートピンク一色かと思いきや、なぜかそれ以外の色の造花まで集まっている。
ウェスタレアとエリザベートの倉庫の造花数には、もはや圧倒的な差があった。アルチティス皇国は国土が広く、集計の日までに造花を回収し切れるか心配だったが、どうにか間に合ったようだ。
新しい皇妃の発表に人々は息を飲み、会場に静寂が広がる。
「きゃああっ! やったわ……っ!」
そのような中で、一番最初に悲鳴のような歓声を上げたのが――ウェスタレアだった。
普段は冷静沈着で、つんと澄ました顔をしている彼女が、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべて、ぴょんぴょんと跳ねる様子に、一同は呆気に取られる。
一方、結果発表を聞いたもうひとりの皇妃候補、エリザベートは、「わたくしの完敗ですわ」と誰にも聞こえないような呟きを小さく漏らし、けれどどこか清々しい様子で、会場を去っていった。
「私が皇妃!? これは夢じゃない!?」
「夢ではない。現実だ」
「本当?」
「本当だ」
「ああどうしよう、震えが止まらないわ。嬉しくてどうにかなりそう」
レオナルドに何度も確かめるが、現実感は全然湧いてこなかった。夢の中にいるような、ふわふわとした気分だ。
(長かったけれど、ようやく報われた……私が頑張ってきたことは、無駄ではなかった)
小さなころから、王妃になることに憧れていた。精緻を極めたドレスを身にまとい、多くの騎士や召使いを付き従え、誰よりも気高く凛と佇む。
その知恵で国王を献身的に支え、民衆に慈愛を注ぎ、人々から敬愛される――そんな王妃になってみたかった。
ルムゼア王国の小さな少女が抱いた夢は、形を変えて、より大きな夢として現実になろうとしている。
大陸一の大国、アルチティス皇国の皇妃に、ウェスタレアが選ばれたのだ。
皇妃に選ばれたからといってこれが終わりではなく、大変なのはこれからなのだろうが。腹の底から喜びが湧き上がってくる。
「レオ……!」
「うわっ!?」
ウェスタレアはレオナルドに飛びついた。彼はウェスタレアを抱き止め、そのままくるりと回転した。ウェスタレアは抱き上げられたまま、彼の両頬に手を添えてはにかむ。
「掴まえたっ」
「ふ。全く、はしゃぎすぎだ」
「だって、ずっとこの日を夢に見てきたんだもの……!」
「ああ。知っている。やったな、ウェスタレア」
やったな、と言う彼の言葉に大きく頷く。
「これであなたも私のものね」
「俺は物ではないがな。だが……俺の心は最初からずっと――お前だけのものだ」
ウェスタレアは満足げに微笑み、レオナルドの首の後ろに腕を回してぎゅっと抱きつく。
「ああもう、大好き、レオ。ぜーったい、離してあげないわ。だから覚悟しておきなさい」
「――望むところだ」
そんなふたりの様子を遠目で見ていたペイジュとディオン。ペイジュはレオナルドのことを気に入らなさそうに見据えつつ言う。
「主があんなにはしゃいでるとこ、初めて見た……。主って、悔しいけどあの男の前では一番可愛い顔をなさるんだよな」
「本当、かわいいね。年相応の普通の女の子みたいで」
少なくとも、毒針を振り回して笑っているような狂気性は全く感じられない。微笑ましそうに言ったディオンを見て、ペイジュはチッと舌打ちをする。
「君は見るな。主が穢れる」
「僕、バイ菌扱い!? それにしても、なんでエリザベートピンク以外の色の造花まで集まってるんだ? 二週間前までは、ごみとして出されたエリザベートピンク一色だったのに」
「ああ、それなら――」
そして、騎士たちが内緒話をしていることをつゆも知らないウェスタレアは、レオナルドに抱き上げられたまま、あどけなく微笑むのだった。




