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72_ぶちのめしてやったわ!


 造花の集計を控えたまた別の日。ウェスタレアはペイジュとともに、旧ランチェスター侯爵領に向かった。特別栄えているという訳ではないが、とにかく広大な面積を誇り、山の恵みや水源が豊かだ。


「懐かしいな……。この教会、昔よく礼拝のために来ていたんです」


 彼女の両親の墓は、教会の裏に建てられた。墓を新たに立てる金もないふたりで、本来は共同墓地に埋葬されるところだったが、汚職事件後もガスパロに心を寄せていた者たちによって、ひっそりと墓が作られたのである。


 ここに来る途中の花屋で購入した花束を墓に供えて、その場にしゃがみ込み、手を合わせるペイジュ。


 その肩が震えているのを見て、彼女が泣いているのを理解した。


 ティベリオの悪事を暴き、ガスパロの冤罪を晴らしたところで死者が戻ってくることはない。ウェスタレアは彼女が泣いていることに、気づかないふりをして手を合わせることしかできなかった。




 ◇◇◇




「あの……主? 一体どこに私を連れて行くつもりですか?」

「いいから黙って付いてきなさい」


 墓参りが済んだあと、ふたりはもう一度車で移動した。馬車に揺れること三十分。到着したのは、丘稜地にある大きな邸宅。


「ここは……」


 その大きな屋敷は、ランチェスター一家が領地内に所有していた本邸だ。普段は皇都のタウンハウスで過ごし、夏の暑さが厳しくなると、避暑地を兼ねてここに戻ってきたそうだ。


 馬車から降りて、屋敷の玄関まで歩いたところで、ペイジュの手に鍵を渡す。手のひらの鍵を見下ろした彼女はいぶかしげに言う。


「まさかまた、不法侵入ですか? ……こんな鍵まで作って」

「違うわよ。それはあなたの鍵」

「……?」

「取り返したのよ。この屋敷の所有権を」


 唇の前に人差し指を立てながら、ウェスタレアは不敵に微笑む。


「この屋敷だけではないわ。皇都にあるタウンハウスも、ランチェスター侯爵領も、失った財産も、侯爵位も全部、あなたの元に戻るように手続きを済ませたから」

「!」


 一度国にこれらを没収されると厄介で、すでに別の人や団体に下賜されていたりと、取り戻すには複雑すぎる状態になっていた。しかし、レオナルドが公開断罪の前から手続きの準備をしており、ペイジュに失ったものが戻るように迅速に動いてくれたのだ。


 ウェスタレアがしたことと言えば、レイン公爵家から新たに没収された財産から、ペイジュに余分に支払うように財務官たちに――少々、強引な交渉をしたくらい。


 レオナルドが、自分が裏で動いたことはあえてペイジュに伝える必要はないから、ウェスタレアがやったことにしてほしいと言ったので、彼の名前は伏せておく。隠しておく必要もないのにと思ったが、彼はペイジュが、変に気負ったり疑ったりすることを予測したのだろう。


「ペイジュ、あなたはまもなく叙爵され、ランチェスター家の新たな当主になるのよ」


 すると、彼女に勢いよく抱き締められ、ウェスタレアはわずかによろめいた。それすら支えるように、彼女は抱く力を強める。そして、小さな声を絞り出すようにして、肩口で「ありがとう」と呟いた。


(礼を言うなら、レオよ)


 それに、ここまで彼女が頑張ってきたことに比べたら、ウェスタレアが協力したことはどんなにささやかなものか分からない。ウェスタレアはここまで頑張ってきた彼女に最大限の敬意を払い、ありがとうという気持ちでいる。


 ウェスタレアの身体から離れたペイジュが言う。


「……ずっと、後悔していました。あのとき、両親の元を離れずに支えていれば、両親が死ぬことはなかったんじゃないかって」


 だがペイジュはすぐに、どこか清々しさを感じる笑顔を浮かべて言った。


「どうせ過去を変えられないなら……たったひとつの選択肢しか選べなかった結果たどり着いた今を……大切にしたいです。私は今が一番幸せだから。それに、どん底がある人生ってのも、ドラマチックで案外悪くないでしょう?」


 彼女は今、新しい未来をいくらでも選べる立場にある。騎士団に入って、かつての父親と同じように地位を築いていくこともできるかもしれないのだ。それでもなお彼女は、ウェスタレアの隣を変わらず望んでいる。


「レオといいペイジュといい、物好きな人がいたものね」


 するとペイジュはその場に跪き、こちらの手をとって、騎士の忠誠を示した。


「それはきっと、あなたがご自分の魅力に気づいていないだけですよ。私にとって、尊く気高い皇妃様にお仕えする以上の栄誉はありません」

「……」


 あまりにもまっすぐな表情でそう告げられ、瞳の奥を揺らす。けれどすぐに不敵な表情に戻して頷いた。


「では、あなたの働きに期待しているわ。私が最も信頼する騎士、ペイジュ・ランチェスター」


 ふたりは見つめ合い、ふっと互いに笑った。


「――ところで」


 彼女は立ち上がり、こちらに言う。


「流刑になったティベリオについて、風の噂を耳にしたんですが……。彼が牢から流刑先に移送される朝。係員が地下牢を覗くと、顔を何者かに原型がなくなるまで殴られ、歯は折れ、頬や瞼がぱんぱんに膨れ上がっていたとか。おまけに、傷口に痛みを増幅させる薬が塗りたくられていたらしく、ティベリオは痛みに打ち震え、その醜い顔を見た係員は――悲鳴を上げたそうですよ」

「……」


 ペイジュの視線が、ウェスタレアの指輪のついた手に向けられる。ウェスタレアの指には――まるで何かを殴ったように、痣や傷ができていた。


 そんな手を背中に隠して、ゆっくりと目を逸らす。流刑の前夜、地下牢に忍び込んでティベリオを相手に好き勝手したことを思い出しながら。


「きっと、看守か誰かの鬱憤の捌け口にでもされたのでしょうね。お気の毒に」

「へえ……?」


 本当は、某皇妃候補の仕業だということは、墓場まで持っていくつもりだ。ペイジュは、罪人を殴った犯人が、自分の主人であることをきっと見抜いているだろう。


 分かった上であえて指摘せず、面白そうに口角を上げる。ふたりはまるで、大人にバレないようにこっそり悪さをする子どもたちのような様子だ。


 ウェスタレアはペイジュの手から鍵をすっと取り上げて、くるりと背を向けた。


「さぁ、早く中へ入りましょう。あなたが昔どんな場所で暮らしていたか見てみたいわ」

「――あっ! ちょっと! 家主より先に勝手に上がらないでくださいよもう!」


 先にずかずかと屋敷に上がり込む礼儀知らずな主人の後を、ペイジュは不満を言いつつも楽しそうに追いかけるのだった。


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