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70_あなたなんて大嫌い!


「エリザベートピンクの染料が最も用いられる製品はドレス。その次は何かご存知?」

「……造花、だよ」

「正解。さすがリアス社の責任者ね」


 エリザベートピンクの中毒症状は、一定量を超えた毒素が体内に蓄積することで発症する。


 リアス社が作っているドレスは、多くが貴族に向けたものだ。大量の布が使われるため、皮膚からの毒の吸収量も多く、中毒症状が出やすい。


 一方の造花は庶民にも高い需要があったが、使用される布が少なく、また肌に触れることも少ないため被害が少なく済んだ。しかし、エリザベートピンクの中毒症状を抱えていても、染料との因果関係に気づけなかったため、被害が少しずつ拡大していたのである。


 だが、皇帝の勅令によって、国中のエリザベートピンクが廃棄された。


 そこでウェスタレアは、ほとんど手をつけていなかった皇妃選定の予算で荷馬車や御者を手配し、捨てられた造花を国中から一気に回収しているのである。


「どうやったら、工場で低予算で造花を大量生産できるレイン公爵家に勝てるか……ずっと考えていたの。もっと安く……いっそタダで手に入れるために、国中の造花をごみとして捨てさせればいい。そう思いついたのよ」

「なんて突飛な発想だ。しかもそれを、成し遂げてしまうなんて……」


 ティベリオとは別に、もうひとり当惑している者がいた。エリザベートである。


 自分が協力してエリザベートピンクの闇を暴いたせいで、形勢逆転するかもしれない状況になったのだ。


 まんまと利用されていたことに気づき、「やってくれましたわね……」と倉庫を見て驚き、半分は呆れていた。彼女の予算は尽きていると言っていたから、今更馬車を手配してごみを回収することはできない。


 目を泳がせて、明らかに狼狽えるティベリオ。そんな彼をペイジュが見下ろしながら言う。


「彼女はこういう方なんだよ。無茶で、無鉄砲で……目が離せないだろう?」

「はっ、君の家族……かい?」

「ええ。私の新しい家族です」


 ペイジュはその場にしゃがみ込み、ティベリオの顔を覗き込んだ。


「もうあんたは貴族でも何でもない、ただの罪人だ。ああ、いい眺めだ。ようやくお前の気色悪い笑顔を消してやることができたんだから。夢がひとつ叶ったような気分だよ」

「……」


 ペイジュは軽蔑するように睨んでから、すっと立ち上がり、ウェスタレアの斜め後ろに立った。そこが、彼女の今の居場所だ。


 すると、人々の喧騒を掻き消すように、レオナルドがぱんっと手を叩く。


「ティベリオ・レインの余罪については、後ほど皇家が検討するとして。しばらくこの男は、地下牢に閉じ込めておけ」

「「御意」」


 彼の命令によって、騎士たちがティベリオを謁見の間の外へと引きずり出そうとする。彼はすっかり意気消沈し、無抵抗に歩くが、入り口付近でエリザベートの姿を視界に捉えて立ち止まる。


「まだ勝負は終わっていないよ、エリザベート。私の代わりにあの女に一矢報いるには、君が選定に勝つしかない。私とレイン公爵家の名誉にかけて、必ず君が皇妃の座を――」


 ――バシンッ。


 父親の話を聞き終わる前に、エリザベートが彼の頬を強く叩いた。娘に手を上げられた彼は、面食らったような顔をして、赤く腫れた頬に手を伸ばす。


「誰があなたなんかのために、皇妃になるものですか……! わたくしはずっと、お父様に叱られるのが怖くて、黙って言うことを聞いて参りましたわ。わたくしが皇妃になるのは、わたくし自身のため。家のことはどうだっていいのです。わたくしはただ、レオナルド様が好きで、傍にいたいだけですわ……!」


 突然の告白に、レオナルドはわずかに目を見開いていた。


「私に手を挙げて……どうなるか分かっているのかい? エリザベート。君はもっと聞き分けの良い子だっただろう。いいから私の言うことを大人しく聞きなさい。君は皇妃になり、必ず私の無実を証明する。いいね!?」

「お断りですわ。もうあなたの言うことを聞いて大人しくしているわたくしではありません! それに、罪人として流刑地に行くだけのあなたなんて、怖くないですもの」


 エリザベートは涙を流し、感情を剥き出しにしながら言う。


「わたくしは罪人の娘として一生惨めに生きていくことになるでしょう。お父様も、これまで苦しめてきた方々のために、苦しんで罪を償うのです!」

「エリザベート……。私はやはり、君の育て方を間違えたようだね」

「育て方を間違えたですって? あなたはわたくしの父親でもなんでもございませんわ! あなたなんて――大嫌い!」

「…………」


 嫌いだと吐き捨てられたティベリオは、呆気にとられたような表情をしていた。そこには、自分は父親の操り人形なのだと自嘲していたエリザベートはいなかった。


 ティベリオは引きずられるようにして、謁見の間の扉を出る直前、こちらを振り返って言い放った。


「一泡吹かせられたことは認めよう。だがこれらの造花も、エリザベートの倉庫の数を上回らなければなんの意味もない。集計のときまで、せいぜい無駄な悪足掻きをするといい」


 扉が閉ざされ、彼の後ろ姿が見えなくなったあとで肩を竦める。ちらりと窓の外に視線を移せば、まだウェスタレアの倉庫とエリザベートの倉庫の造花の数には歴然とした差があって。


 怒涛の勢いで造花が集められているとはいえ、エリザベートは半年かけて着実に造花を収めてきた。彼の言う通り、大胆な回収方法で人々を驚かせたところで、勝たなくては皇妃になれないのだ。


「主、あんな奴の言葉、聞く必要は……」


 励まそうとこちらを向いたペイジュは、はっと息を飲む。いつも強気なウェスタレアにはそぐわず、不安そうに窓の外を眺めていたから。


 集計を控えたウェスタレアがどんな思いでいるのか垣間見てしまったペイジュも、愁眉するのだった。

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