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07_望まない再会

 

 皇妃選定一次まで残すところ2週間。


 ウェスタレアは毎日大忙しだった。食べていくには、働かなければならない。毒を専門とした薬の知識が豊富ということで、薬屋で働くことにした。


 しかし、その店はいかにも怪しげな外観で、怪しげなくたびれた中年の店主ダニエルが経営し、怪しげな商品を売る店だった。

 彼があちこちから仕入れた市場ではなかなか手に入らない珍しい薬ばかりを売っており、一部の客層から人気がある。


 背が高くなる薬、痩せる薬、胸が大きくなる薬など、需要が限られた商品が並んでいる。尚、どの薬も気休め程度の効果しか期待できないものだ。だから街の人たちはこの店の薬を『飲んでも飲まなくても変わらない』と評価する。


 彼は昔、皇宮の薬師をしており、その功績から今は名誉薬師となった。好奇心旺盛で、店の裏でよく使いどころの分からない薬の研究をしている。


 帰り支度をしているところに、ダニエルが話しかけてくる。


「コルダータちゃん、今日もご苦労様」

「あの……その大釜、何が入ってるんです?」

「トカゲの尻尾にかえる一匹、猫の爪に、特別な薬を配合したものさ。これで今から惚れ薬を作るんだよ」


 また妙な薬を作ろうとしている彼は、能天気にへらへらと笑った。


「魔女の秘薬みたいになってますがそれ、誰が買うんです? ……ってこの薬、発火性がありますけど」


 床に転がる薬の瓶を拾い上げて呟く。すると、釜の中の緑色の液体がぼんっと爆発し、店主の髪と髭が焦げてチリヂリになった。ウェスタレアは呆れたように目を細めた。


「…………これは成功ってことでいいのかな?」

「紛うことなき失敗ですね」


 こんな感じで、面白いアルバイト生活を送っている。


 母国ルムゼア王国より、アルチティスは経済的にも文化的にもずっと豊かで、人々も優しかった。暮らしていくうちに、この国が好きになった。


 アルバイトの帰り、ウェスタレアは疲れきった身体を引きずるように帰路に着いた。


「おかえりコルダータちゃん。仕事終わりかい?」

「は、はい」

「うちの旦那がひどい腰痛だったんだけど、あの薬屋で買った湿布、()()()効いたんだよ。ダニエルさんに礼を言っといておくれ」

「分かりました。喜ぶと思います」

(珍しく……)


 まるで、いつもは全然効かないみたいな口ぶりだ。ウェスタレアは行く先々で声をかけられた。この国の人たちは気さくで、見知らぬ異国人にも親切にしてくれる。ウェスタレアにとって、人の温かみを感じるのは初めてのことだった。


 服屋のショーウィンドウに張り紙が貼られているのを見て立ち止まった。大きな紙に、『皇妃選定』と書かれている。


「ねー、その紙にはなんて書いてあるのー?」


 貼り紙を見つめていると、小さな女の子が声をかけてきた。女の子は母親に手を繋がれている。


「これはね、皇妃選定と書いてあるの。この国のお妃さまを決める試験が、これから行われるということよ」

「じゃーお姉さんもお妃さまになりたいの?」

「……え、ええ」

「すごーい! 頑張ってね!」

「…………」


 母親に手を引かれて、去っていく少女。


 少し視線を上げると、丘の上にルシャンテ宮殿が見える。あそこに行きたい。栄華の中心に行き、失ったものを取り戻したい。


(やっぱり私……皇妃になりたい。あんなに大きな宮殿から眺める街の景色は……どれほど綺麗なのかしら)


 大勢の立候補者からたったひとりまで勝ち抜くのが、どれだけ難しいことかは理解している。何かに挑戦するのは怖くて、不安なこと。失敗して辛い目に遭うかもしれない。


 けれど、ウェスタレアの皇妃への憧れの気持ちは、膨れ上がるばかりだった。何もせずにじっとなんてしていられない。裏切られても挫けないし、辛くても諦める気はない。


 屋敷に帰ると、エントランスまで夕食を作る匂いが漂ってきた。荷物を置いて厨房に行けば、ペイジュがスープを煮込んでいた。


「ただいま」

「おかえりなさい、主」


 爽やかに微笑む彼女。ペイジュは荷運びの仕事をしており、ウェスタレアよりずっと疲れていてもおかしくはないはずなのに、少しも疲労を感じさせない。


「何か手伝えることはある?」

「えっ……あ、うん……。何もしないでくれ。それが主のできる最善だ」

「失礼な人。まるで私が手伝うのは迷惑みたいな言い方ね」

「私だって、鍋が爆発するのをもう見たくないですよ」

「……ぐぅ」

「ぐぅの音は出るんですか」


 痛いところを突かれて顔をしかめる。実を言うと、ウェスタレアは何度も料理を爆発させて、真っ黒な物体を誕生させている。遂には愛想を尽かされてしまい、料理禁止に。


 ウェスタレアはむっと頬を膨らませて、鞄の中を漁って料理本を取り出した。これは今日、仕事帰りに買ってきたものだ。料理本を彼女の鼻先に見せつける。


「はは、それで勉強するって?」

「ええ。一流のシェフが舌を巻くような料理を作って、あなたをぎゃふんと言わせてやるんだから。覚えておきなさい」

「へぇ……」


 彼女はふっと笑い、こちらの顔を覗き込んで意地悪に口角を上げた。


「ふ。それは期待してます」

「……!」


 かっと頬を赤くして目を逸らすウェスタレア。


(絶対に馬鹿にしてる……!)


 ウェスタレアは本をテーブルの上に置いて、ペイジュの背後に立ち、両肩に手を置いた。


「わっ、急に何です!?」

「お仕事で重い荷物を沢山運んで、肩が凝っているでしょう? 揉んであげようと思って――」

「ふっ、あははっ、くすぐったい! やめてください主……っ。ははっ、今料理してるんですからもう……! 馬鹿にしたことは謝りますから!」


 いつの間にか仲良くなっていた元奴隷と死んだはずの悪女。

 2人はそうしてじゃれ合いながら、賑やかな夜を過ごすのだった。




 ◇◇◇




 皇妃選定一次まで一週間。


 ここまで勉強もしてきたし、あとは体調管理に気をつけて本番に挑むだけだ。

 しかしここで、思わぬ事件が。アルバイトを終えて、街を歩いていたら、突然後ろから声を掛けられた。


「――見つけた」

「!」


 はっとして振り返ると、入国の夜に国境の壁で会った例の男が立っていた。ローブを着て姿を隠しているが、フードから覗く緑の瞳は確かに――あの日見たものだ。今日は部下を連れていない。


 この広い皇国で見つかる可能性など無いに等しいと思っていたのに。


「久しぶりだな。不法入――んぐ」

「ちょっと。周りに人がいるでしょう!?」

「――っ」


『不法入国者』と言いかけた彼の口元を咄嗟に両手で塞ぐ。彼はびっくりして目を見開いた。


「どうしてここに?」

「……たまたま寄っただけだ」


 彼はウェスタレアの右耳に垂れているピアスに気づく。伸びてくる手を、すっと身を翻して避けた。また彼が手を伸ばして来るので、後ろに下がって躱わす。何度かの攻防の後ほど、耳を手で押さえながらキッと睨みつけた。


「――渡さないわよ」


 このピアスは、この男にウェスタレアの秘密を守らせるための交渉道具だから。


 あの夜、彼のことを信用できると判断できたら返すと約束したはずだ。まぁ、ウェスタレアには返す気など毛頭ないのだが。


 懐に手を入れ、毒針を持っていることをアピールすると、彼は呆れたように息を吐いた。ピアスを奪い返すのを諦めて、代わりにウェスタレアが片手で抱えていた本の山を取り上げる。


「あっ――」

「皇妃選定の直前に、随分と呑気なものだな。諦めて料理人でも目指す気か?」


 本のタイトルは、『はじめての料理』、『猿でもできる! 料理の基本』、『究極の入門レシピ』と、初心者向けの料理本が積み重なっている。


「まさか。勉強はしているわ。こっちは趣味よ」


 男から本を奪い返し、ふんと鼻を鳴らす。本を一旦地面に置いて、鞄の中から紙袋を出して渡した。


 これは昨日ウェスタレアが焼いたクッキーで、アルバイト先の店主ダニエルとに渡した余りである。彼は紙袋の中を確認して眉をひそめる。


「……これは?」

「クッキーよ。勤め先で配った残り」

「これがクッキーな訳ないだろう。どう見ても炭だ」

「なんですって……?」


 曇りのない真剣な顔で言われ、ウェスタレアの額に怒筋が浮かぶ。


「なら、食べて確かめてみなさいよ。味はちゃんとクッキーなんだから。ほら!」

「ん……んんぐ!?」


 紙袋の中からクッキーをひとつ摘み、男の口内に強引に押し込む。彼は真っ青になり、えずきそうになりながら口を片手で押さえた。


「うっ……」

「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ……? 顔が真っ青よ。具合が悪いの?」


 心配して顔を覗き込むと、彼は眉間に縦じわを刻んでこちらを見下ろした。


「こんな毒物を食わせるからだろう。お前……それを配り歩いたのか? 正気とは思えない。人が死ぬぞ」

「毒物……」

「料理の勉強はやめろ。お前には向いていない。国法を唱えながら逆立ちして街を一周する方がまだ現実的だ」

「なっ……!?」


 ペイジュにも料理は向いていないと再三言われている。刺繍も絵も楽器も勉強もなんでも得意なのに、なぜか料理はうまくいかないのだ。


「お前が考えているより、皇妃選定は甘くない。一次選考は国中の女から100人に絞られるんだぞ」

「実際にはそこまで倍率は高くないわ。この国の識字率は都市でさえも5割程度。その中で妃に通用する教育を受けているのは富裕層のみよ」


 国中の女性から妃を選ぶ。一見公平で、誰にでもチャンスがあるように見えるが、結局最終候補に残るのは貴族家出身の令嬢ばかり。


「文字が読めない人に試験を受けさせたって、貴重な紙が無駄になるだけだと思うわ。皇室もこんな生産性のないことをいつまで続けるのかしらね。別のところにお金を使えばいいのに。頭が悪いのかしら」

「…………」


 彼はなぜか自分が責められたように渋面を浮かべた。


「――私は落ちないわ」


 自信たっぷりに答えれば、彼はふっと笑い口角を上げた。


「では、お前がどこまで生き残るか楽しみに待っていよう。せいぜい頑張るといい。……じゃじゃ馬姫?」

「じゃじゃ……っ!? 変な呼び方をしないで。私はコルダータよ。あなたの名は? 何者なの? あの日国境の近くにいた理由は? それに、この耳飾りにこだわるのはなぜ?」

「俺は――レオだ。ではまた会おう」


 ウェスタレアの質問をほとんど無視して、男は踵を返した。


「待って、まだ話は終わって――って、いない……」


 彼の背中に手を伸ばして引き留めようとする。あのピアスの柄は紋章なのか、一体何者なのか。聞きたいことがあって追いかけようとするが、人混みに紛れてあっという間に視界から消えていた。


(また会おうって……。私は二度と会いたくないから!)

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