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68_断罪劇

 

 ウェスタレアが謁見の間を訪れてから二日後。アルチティス皇国の全ての民に向けて、皇帝から勅令が出た。



『リアス社が開発した染料エリザベートピンクは、人体にきわめて有害な物質が含まれている。よって今後は、エリザベートピンクの利用の禁止及び、当該染料が使用された衣類、雑貨、あらゆるものの処分を命じる』



 ――という旨の。ウェスタレアが用意したエリザベートピンクの実態を示す証拠品が、各地の新聞などで報道され、アルチティス皇国は大混乱に陥っていた。これまで薬害などの事件は時々起きたが、皇帝から直々に禁止令が出るというのは前代未聞の事態だった。


 したがって、貴族から庶民に至るまで、染料の危険性を知った多くの人々がエリザベートピンクが使われた製品を次々に処分していった。


 さらに、勅令の翌日。オレンシア皇家はティベリオ・レインをルシャンテ宮殿に呼びつけ、公開断罪に踏み切った。


「ティベリオ・レイン。毒が含有していることを知っていながらエリザベートピンク事業を拡大し、民衆への甚大な被害をもたらした罪は重い。爵位の剥奪、財産と領地の没収、及び――流刑を命じる」

「…………」


 ティベリオの断罪は、皇帝に代わって皇太子レオナルドが行うことになった。広々とした謁見の間には、ただの噂ではなく紛うことなき『悪の貴族』となったティベリオの断罪をひと目見ようと、大勢の貴族が押し寄せた。


 野次馬たちは、好奇心の眼差しで彼に注目しており、ウェスタレアもペイジュと一緒にその野次馬の中に紛れていた。


(人の不幸は蜜の味、なんて言うけれど……)


 興味本位で集まって来ている人集りを見て、ウェスタレアは自分の処刑や前王妃やリリーとの裁判の記憶が蘇った。


 ティベリオは、騎士に両側から腕を掴まれ、逃げられないように拘束されている。彼は俯いたまま沈黙していた。そこにレオナルドがつかつかと歩み寄り、鋭い眼差しで見据える。


「自分の犯した罪を理解しているのか? 推定被害者数は数万をゆうに超えている。お前の欲望を満たすためにどれほどの民が苦しんだことか」

「……」

「その沈黙は全て、罪を認めるという肯定と取っていいんだな?」


 謁見の間に集まっている全ての者たちが、ティベリオとレオナルドの一言一句を聞き逃すまいと耳を澄ませている。


「――これは陰謀ですよ。いや、『復讐』という表現が正しいだろうね。ペイジュ」


 ティベリオは、人集りの中にいるペイジュとウェスタレアの方に視線を移す。


「私が傷つけた目と腕の怪我は治ったのかな? こそ泥さん。あの夜、私の屋敷に忍び込んだのは君だったんだろう」

「……」


 ウェスタレアは目線でペイジュに、『何も答えなくていい』と伝える。


「あの夜君は、レイン公爵家の印章を盗んだ。他でもなく、実家がかつて治めた領地を奪い返すためにね。ペイジュ。いや、ペイジュ・ランチェスター。皇国騎士団副団長の娘よ。犯罪者の子どもはやはり犯罪者になるらしい」


 ざわり。彼の言葉に、謁見の間が騒がしくなる。


 ランチェスターと聞いて、知らない者はこの場にはいない。格式ある騎士家系で、ガスパロは剣の天才ともてはやされていた。


 けれど、五年前の汚職事件で地位も名誉も財産を失い、挙句の果てに娘が失踪。残された夫婦は生きるよすがを失くして心中を図った。そんな没落したランチェスター家のひとり娘が、皇妃候補の傍で、騎士の装いをして立っている。


「ペイジュ、堪えるのよ」

「……あの男のことで、私にこれ以上我慢させないでください。主」


 ペイジュはぎゅっと固く拳を握り締め、ウェスタレアの制止を無視して一歩前に出て、ティベリオに答える。


「父を侮辱するな! 私が印章を盗んだだって? 言いがかりはよしてくれ。私は非力な娘が身売りした金を掠めとったり、その金で娘の家族の領地を奪い取るような真似はしない。――()()()()()()ね」

「さあ、なんのことだか」

「とぼけるな。お前が父さんに濡れ衣を着せて、没落まで追い詰めたくせに……!」


 今にも掴みかかりそうなペイジュを、騎士たちがなんとか止めている。すると、ティベリオは口元に手を添えて優美に微笑む。


「皆さん、今のをお聞きになりましたか? 彼女はどん底を経験して錯乱状態にあり、現実と妄想の区別もつかない状態にある。私のせいで家が没落したなどとくだらない妄想で私を逆恨みしているんですよ。君のご両親は勝手に死んだ。君は家族をほったらかしにして逃げていたくせによく言うね」

「お前が言うな……!」


 ペイジュに割の良い仕事があると言ってそそのかしたのは、ティベリオだった。しかし、すでに会話の主導権はティベリオが握っている。その証拠に、ティベリオに向けられていた人々の好奇心が、ペイジュに向き出している。


「言いがかりではないよ。その証拠に、君が屋敷を訪れた数日後、旧ランチェスター侯爵領の名義が何者かによって書き換えられていた。新たな領主には、君の名前が」

「……!」


 ペイジュが目を見開くと、ティベリオはゆるりと口角を持ち上げ、腕を拘束している騎士ふたりの手を振り解く。


「とぼけても無駄だよ。君が印章を使用していた証拠に、君の部屋かどこかに、印章が隠してあるはずだからね。レオナルド皇太子殿下、本当の罪人を訴えるための機会を私にお与えください。家の没落のことで私を逆恨みし、エリザベートピンクは毒などという妄想で冤罪を作り上げ、あまつさえ貴族の命である印章を奪った罪人を」


 そこに、ティベリオの使いである騎士が数名駆け込んできて、ペイジュの部屋から押収されたレイン公爵家の印章が掲げられる。


「たった今、ペイジュの私室からレイン公爵家の印章が見つかりました!」


 レオナルドは事態を理解しきれず、当惑の色を浮かべた。するとペイジュはふっと鼻で笑う。


「お前は、父さんだけではなく、私までそうして無実の罪で陥れようとするんだな」


 周りから、『エリザベートピンク事件は、捏造だったのか』、『全てガスパロの娘が仕組んだことだったのか』などという内緒話が始まる。


 ティベリオは勝手に指示を出して、皇宮に仕える騎士たちに、本当の罪人であるペイジュを捕えさせようとする。


 しかしそこで、腕を組んだウェスタレアが言った。


「はっ、妄想癖があるのはどっちよ。逆恨みな訳ないじゃない」


 すっと手を挙げて、レオナルドの方に顔を向ける。


「レオナルド皇太子殿下。罪人に弁解の余地を与える必要はございません。ティベリオの処断は、この国で最も尊き皇帝陛下のご意志なのですよ」


 人々の関心が、ペイジュからウェスタレアに移る。

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