64_悪女とあどけない少女たち
エリザベートピンクの染色工場に行ってからのひと月。ウェスタレアはエリザベートピンクの被害状況を平民の街を訪れて調査しつつ、その傍らで、第二皇妃候補宮を少女たちの仮の住まいとして改装するのに時間を当てていた。
人数分の寝具に、衣類など、必要な生活の品を買い揃えてある。
少女たちの住まいとして改装された客間を見て、ペイジュが半眼を浮かべた。彼女の怪我は完治し、眼帯も外れている。
「主。私の記憶では、私の給金をまかなう金さえないくらい家計は火の車だったと思うんですが。この家具のお金……まさか――皇妃選定の予算から出していませんよね?」
「…………」
図星である。
ペイジュの追及に沈黙を貫き、静かに微笑を浮かべるウェスタレア。ペイジュはそれを肯定の意と受け取り、眉間を指でぐっと押した。
「どうするんですか。エリザベート嬢と主の倉庫の造花数にどれだけの差があるか分かっていらっしゃるんですか!?」
「仕方がないじゃない。あの子たち病人を雑魚寝させる訳にはいかないもの。療養のためには、快適な空間を整えることが最重要なのよ」
「主と私にとって最重要なのは皇妃選定です! 皇妃選定! 少しは何か、花を回収する努力をされては?」
「もちろんしているわ。このひと月、一生懸命造花を作っていたのを見ていたでしょう? 塵も積もればなんとやら」
「私はあまり頭がよくないので、主がどんな作戦を考えていらっしゃるの理解が及びません。ですが、そんな様子で本当にエリザベート嬢に勝てるんです……?」
額を抑えて嘆息するペイジュ。一方のウェスタレアは不敵に口角を持ち上げた。
「最初から厳しい戦いになることは分かりきっていたじゃない。それでも諦めてなんかないわ。勝てる勝てないではない。――勝つのよ」
「……!」
ウェスタレアの瞳には、燃え上がるような闘志が映っていた。何ひとつ、諦めてなどいない。遠くに見えるかすかな光を仰ぎ見て、必死に手を伸ばし続けているのだ。
決して自暴自棄になっているわけではない。国境の壁を越えてから、がむしゃらに走り続け、変わらず足掻いている。ペイジュはウェスタレアの目が死んでおらず、むしろ情熱を宿していることをまざまざと思い知り、息を飲んだ。
思い通りにいくか分からないから、中途半端に作戦を打ち明けたくなかった。それに、〇か百かのような案を共有したら、なおさら不安を煽るかもしれないだろう。だから、頭の中で考えていることをひたすら実行に移して、成果を見せていくだけ。
「もう少し。あと少し待っていて。きっとあの倉庫にいっぱいの花を埋めてみせるから」
「分かり……ました。でもあまり、ご自分にプレッシャーをかけないであげてください」
「え……?」
「もし皇妃の座に届かなかったとしても、新しい未来を選べばいいんです。一緒に世界一周の旅に出るとかも、面白そうじゃないですか? 埋蔵金を掘り当てたりして」
彼女なりの気遣いが伝わり、ふっと小さく笑う。皇妃になれなかった場合の代替案が埋蔵金発掘とは、彼女らしいというかなんというか。
「スコップを用意しておかなくちゃね」
「はは、埋蔵金からちゃんと給金を支払ってもらいますからね」
そしてちゃっかりしている。しかし、ウェスタレアが彼女に最も与えたいものは、皇妃の騎士としての地位であり、ペイジュもきっと、近衛騎士の身分を望んでいるはず。
するとそのとき、強制労働をさせられていた少女のひとりが、ワゴンを押して廊下の奥から現れた。
「ウェスタレア様! ペイジュ様! 紅茶用意したけど飲む?」
「ありがとう。でも『紅茶をご用意いたしましたが、お飲みになりますか』、ね。敬語を使いなさい」
「……はあい」
ウェスタレアとペイジュは客室に入り、少女たちに囲まれながら紅茶を飲んだ。
「どう? 美味しい? あたしたちが淹れたの!」
「苦いわ」
「え、嘘!?」
「紅茶にも淹れ方があるのよ。沸騰したてのお湯を使わないと、苦味が出やすくなるの。今度教えてあげるわ」
「わあ、ありがとう!」
ウェスタレアを囲うように四人の少女たちがきゃっきゃと騒いでいる。彼女たちはウェスタレアの役に立とうと、建物の掃除をしたり、シーツやカーテンの洗濯をしたりして熱心に働いている。
病人なのだから大人しくしているようにと何度言っても、身体を動かしていた方が回復に良いから、と言うことを聞かなかった。
すると、ひとりの少女がおずおずと言う。
「あ、あのさ……ウェスタレア様」
「何?」
「あたしたちのこと……このままここで働かせてくれないかな……? ただ働きでもいい! 最低限食事だけでも与えてもらえたら、一生懸命働くからさ……!」
その言葉を皮切りに、他の少女たちも次々に懇願を口にする。
「あたしたちは親がいないから、帰る場所がないの。また路地裏に戻っても……いつの死ぬかも分かんないし……」
「こんなずたぼろな身体じゃ、きっと働き先なんかどこにもないわ」
「それに、ウェスタレア様はあたしたちの恩人だから、役に立ちたいの……! なんだってする! 礼儀作法とか敬語とかも一生懸命勉強するから!」
最後の言葉に、少女たちはうんうんとうなずく。
(これが……誰かに必要とされる感覚)
ウェスタレアはすっかり黙ってしまった。ずっとひとりぼっちで、厳しい教育を受ける中で願っていた。――誰かの役に立ちたい。誰かに必要とされたいと。
この若い少女たちは、心の底からウェスタレアのことを必要とし、頼りにしている。
同じような境遇で困っている少女たちは他にも大勢いて、国母となる自分は、特定の誰かに肩入れせず、全員の手助けとなるように努めるのが役目だと分かっている。
しかし、縋るように伸ばされた手を拒むことなど、ウェスタレアにはできなかった。
「分かったわ。あなたたちがそう願うなら、ここにいたらいい。働いた分の給料も支払うわ。でも今は、できるだけ療養することに専念しなさい」
少女のただれた手を撫でながら告げる。
「あなたたちがいてくれたら、私も退屈しなそうだしね」
「「ウェスタレア様……!」」
「きゃっ――」
彼女たちは泣きながらこちらに抱きついた。四人分の重さを受け止めきれずによろめくウェスタレア。そんな彼女の向かいに座るペイジュは、呆れたように、でもどこか誇らしそうに見ていた。




