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61_悪の貴族と悪女

 

 エリザベートピンクの染色工場が差し押さえになってまもなく、ティベリオがルシャンテ宮殿を訪れた。ティベリオが地下牢に向かっているという噂話を使用人たちがしていたのを聞き、ウェスタレアは本殿へ移動していた。


(きっと、染色工場の衛兵たちが余計なことを喋っていないか確かめに来たのね。分かりやすい)


 染色工場の衛兵ふたりは、レオナルド主導で王国騎士団により尋問を受けている。レオナルドの尋問により、衛兵ふたりは強制労働を行っていたことをあっさりと認め、ぼろぼろと情報を喋っているそうだ。


 少なくともリアス社は、エリザベートピンクの染料に毒素が含まれていて、中毒症状が出ることを分かっていながら事業を行っていた。


 ウェスタレアはルシャンテ宮殿の、政務が行われている区域に行き、とある部屋の前に立った。


 扉をノックする前に、おもむろに右耳の青いピアスを外す。次期皇帝の証しである紋章を見下ろしながら、ゆっくりと口角を上げる。


「――さっそく利用させてもらうわね、レオ」


 ウェスタレアは部屋の中に入る。ぱたん、と閉じられた扉には『宮廷史官室』の文字が書かれていた。


 


 ◇◇◇




 ルシャンテ宮殿内の地下牢に、ティベリオ・レインは来ていた。エリザベートピンクの染色工場のひとつが差し押さえとなり、皇太子が主導となって厳重調査が行われている。


「君たち。まさかとは思うけれど、何も喋っていないだろうね?」


 工場の見張りを任せていた衛兵ふたりは、重要な参考人として、地下牢に留置されている。


「ひっ……も、ももちろんでございます! レイン公爵殿」

「我々は何も言っておりません!」


 鉄格子越しに、ティベリオの高圧的な笑みを見た男ふたりは、顔を真っ青にして弁解する。


 彼らは長らくレイン公爵家に雇われており、ティベリオに刃向かった者たちを排除してきたことをよく理解しているため、自分たちも粛清の憂き目にあうことを恐れているのだ。


(どうしてこうなった? どうも最近は、気分の良くないことばかりが起こる。全て――あの娘がアルチティス皇国に来てからだね)


 ティベリオは頭の中に、皇妃候補であるウェスタレアのことを思い浮かべた。彼女はルムゼア王国の秩序を崩壊させ、次は大国で皇妃選定に参加した。


 取るに足らない小さな渦のような存在だったはずなのに、次第に周りを巻き込みながら大きなうねりになって動き出している気がする。それも、ティベリオにとって不愉快な形で。


 ティベリオは拳を握り締めるが、笑顔を崩さずに言った。


「早くここから出なさい」

「ですが我々は、児童強制労働の参考人として留置されている身でして……」

「構わないよ。看守ならすでに私の手のうちだからね。君たちは国外にでも逃がしてあげよう」


 看守はすでに買収している。廊下の角の椅子に座っている看守は、ティベリオが何をしようと盲目になるという意志を示すかのように、目を閉じている。


 衛兵ふたりを逃すと言ったものの、彼らに自由を与えるつもりなどもない。国外に逃すふりをして――始末するつもりだ。


 くす……と不敵な笑いを零し、牢の鍵を開ける。


「工場で働いていた少女たちはどこに?」

「分かりません。ローブを着た背の高いふたりに針を刺され、気づいたらここにおりましたので」

「背の高いふたり……男か?」

「いえ……ひとりは女の声でした。ローブを着ていて、姿をはっきりと確認することはできませんでしたが……」


 以前、レイン公爵邸に侵入したこそ泥もふたり組だった。部下たちに調べさせたところ、ひとりは目と腕、足に怪我を負って現在療養中のペイジュで間違いない。


 だが、もうひとりは正体不明のまま。ウェスタレアが重用している騎士はペイジュひとりきりで、他の騎士は傍に置いていないという。


 だが今回、染色工場を差し押さえるように王国騎士団に指示を出したのはレオナルドだったため、彼の部下という可能性が浮上した。


(レオナルド・オレンシア……。忌まわしい男)


 レオナルドは、これまでティベリオが最も警戒してきた相手だ。賢く冷徹で、オレンシア一族の立場を守るために暗躍しており、こそこそと動き回っては裏社会の動向を探っているのだ。


 皇妃選定の一次選考で解答を入手していたことに勘づいたのも彼。二次選考でウェスタレアにレイン公爵家の息がかかった者を審査員に宛がおうとしたのを阻止したのも彼だった。


 また、デボラ商会は、ティベリオがこれまで毒や武器を仕入れるために利用し、投資も行っていた商会だったが、何者かによってルムゼア王国前王妃との取引履歴が持ち出されたために、廃業となった。


 ウェスタレアの潔白を明かすための証拠のひとつとなったのだが、なぜ彼女の手にそんなものが渡ったのか、ずっと不思議だった。だが、彼女の後ろ盾にレオナルドがいると知って納得した。


 ペイジュとともに泥棒のようなことをしたのは――レオナルドだと、確信に近い推測をしている。


 レオナルドの元にはいつも、気味が悪いほどに犯罪の証拠が集まる。よほど優秀な泥棒を雇っているか、彼自身がそうだとしか言いようがない。


(皇太子まで味方につけるとは、尚更厄介な女だね。……ウェスタレア・ルジェーン)


 レオナルドと彼女は組んでいて、レイン公爵家に刃を向けようとしている……そんな勘が働いた。


 ティベリオは現実に意識を引き戻し、衛兵ふたりに告げる。


「いずれにしても、君たちのせいで厄介なことになったよ。私がエリザベートピンクの染料の毒性を知っておきながら流行させ、おまけに拐ってきた子どもたちを消耗品のように労働させていた……なんて知られたら、私でもただでは済まないからね。さあ早く、立ちなさい」


 強制労働させている子どもたちについてだが、彼らは身寄りのない孤児なので、中毒症状が出て死んだとしても全く影響のない存在だ。実際、エリザベートピンクの中毒症状により何人か死んだが、問題になることはなかった。


 ティベリオにとって彼らは使い捨ての消耗品に過ぎない。そして、より多くの労働者を集めるためには、スリド王国の統治権を獲得して奴隷を連れてくる必要がある。そのためになんとしてでも、エリザベートに皇妃になってもらわなくては。


「は、はい! 公爵殿……!」


 衛兵ふたりが立ち上がったとき、女の声がする。


「――だーめよ」


 そして、地下牢にかつかつというヒールの音が響く。


 はっとしてティベリオが振り返ると、そこにはローブに身をまとった背の高い女が現れた。フードを細い手で外すと、たおやかな白銀の髪がさらりと揺らめく。

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