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59_親子の再会

 

 ウェスタレアは、染色工場で無理矢理働かせれていた少女たちをルシャンテ宮殿に連れ帰った。それから一週間ほど。


 レイン公爵家の闇が関わっているため、少女たちを第二皇妃候補宮で匿い、面倒を見ることにした。


「痛っ! ……もっと優しくやってよね! ウェスタレア様!」

「これでもかなり優しく手当てしているわ。これだけの炎症だもの。痛いのは当たり前。我慢してちょうだい」

「そんなぁ……」


 ウェスタレアはひとりひとりの少女に、自ら手当を施していく。工場の労働環境は劣悪で、まともに身体を清めることもできなかったらしく、ここに来たばかりのときの彼女たちは薄汚れていた。


 入浴をさせたいところだが、皮膚のただれやかぶれの具合が悪く、無理に入浴させたらかさぶたが剥がれるなどしてさらに悪くなる可能性もある。ということでひとまず、濡れたタオルで身体を拭く程度に留めている。


「あたしもあのかっこいい眼帯のお兄さんに手当てしてもらいたかったわ」

「文句を言わないの。何、美人なお姉さんのどこが不満だっていうの?」

「愛想がない手当てが雑患者への気遣いがない高慢で横柄な態度――」

「多いわね!」


 よくもそんな悪口が見つかったものだ。最初は遠慮がちだったものの、慣れてきてからあけすけな態度で接してくるようになった。孤児として育ったためか礼儀作法も身についていない様子だ。


(最初は皇妃候補様――って感激してたくせに)


 けれど、変に遠慮されるよりは気楽に接してくれた方がよいのかもしれない。

 一方、少女がかっこいいお兄さんと称したのは、もちろんウェスタレアの騎士――ペイジュである。五人もいる少女たちの手当はひとりではこなせないので、彼女にも手伝わせているのだ。


「お兄さんかっこいいね、あたしをお嫁さんにして!」

「はは、ありがとう。でも君には私よりも良い相手がいるよ」

「なんで? お兄さんがいいー!」

「何回も言ってるけど、私は女だよ」

「それでもいいのっ! だってかっこいいもん。結婚がだめならじゃあさぁ、あたしの騎士になってよ!」


 そうせがむ少女に、ウェスタレアは眉をぴくりと上げる。ウェスタレアはペイジュの肩をぐっと後ろに引き寄せ、大人げなく少女を牽制する。


「残念ね。これは私のものなの。――誰にも渡さないわ」


 独占欲を剥き出しにする主に、ペイジュは目を見開く。けれどすぐに、満足げに口角を持ち上げて、ウェスタレアの細い腕に手を添えながら言った。


「――という訳なんだ。私も主以外に仕えるつもりはなくってね。ごめんね」

「えーなんだ、つまんないの」


 少女たちとたわいもない話をしながら、かぶれた皮膚を消毒し、薬を塗ったりしていく。そして最後は、レミリナの番だった。


「さぁレミリナ。包帯を変えて薬を塗りましょう。手を出してちょうだい」

「はあい」


 彼女はおっとりとそう言って、素直に腕を差し出した。彼女の手は痩せ細って、骨ばっている。そして、湿疹やただれ、かぶれも他の少女より一段とひどかった。慢性的に炎症を起こしていたため、皮膚が硬くなったり黒ずんだりしている。話を聞くと、あの工場で一番長く働いているのがレミリナだったらしい。


 彼女は処分される一歩手前だったものの、工場にある物で患部の処置を施し、炎症を抑えて処分を免れていた。


(この子……やるわね)


 さすがはダニエルの血を引く少女だと感心する。


「痛いかもしれないけど、少し辛抱してね」

「ヒヨチシンを使ってるなら痛みが出るのは仕方がないよ。でも、私たちみたいな重度の皮膚症にヒヨチシンの成分は、ちょっぴり刺激が強すぎるかもね」

「……! よく分かったわね」


 治療に使っている軟膏は、ウェスタレアが調合したものだ。ヒヨチシンは毒草として知られていたが、抗炎症作用があり、皮膚のただれや痒み、痛みを和らげる。少女たちは症状が強くて苦しんでいたので、強い薬を使っていたのだ。


「ヒヨチシンは独特の臭みがあるからね。昔パパに教えてもらったんだ。私は目が見えない分、嗅覚は鋭いんだよ」


 レミリナはのんびりした口調で話す。


「でもやっぱり、刺激を与えすぎると皮膚が疲れちゃうから、一旦弱い薬に切り替えたほうがいいかも。例えば、ゼルナの実とか、ルセルメの草とかからも、軟膏に使える成分が抽出できたはず。あ、でもゼルナの実の方は、今年は手に入らないかもね。雨が多いと実がほとんど成らないから。それから――」

「………」


 おっとりした様子で、ペラペラと薬用植物の知識を語る少女に、ウェスタレアとペイジュは拍子抜けする。ふたりの沈黙に、レミリナは人差し指を顎に添えて、きょとんと首を傾げる。


「もしかして私、何か間違ったことを言っちゃったかな?」

「いいえ、そうじゃないわ。さすがはダニエルさんのご息女だなって感心させられただけ。まだまだ私も勉強が足りないわ。そうね、あなたの言う通り、もう少し肌に負担がかからない薬を用意しておくから」

「ありがとう。ウェスタレア様は……優しいんだね」

「別に、当然のことをしているだけ。あなたたちがずっと頑張ってきたことに比べたら、私のしていることなんてささやかなものよ」


 レミリナはふっと安心したように微笑んでから、心配そうに眉を寄せた。


「今日はパパが会いに……来るんだよね」

「ええ。手紙を早馬で出しておいたから、読んだらすぐに来るはずよ」

「そっか。私の姿を見て、パパが傷つかないといいけど……」


 彼女は憂いた溜め息を漏らした。いつも飄々としているように見えても、父のことになると心を揺さぶられるのだろう。


 本当は、レミリナとダニエルを会わせることに迷いやためらいがあった。娘のありさまに彼がショックを受けないように、せめてしばらく療養させてから……とも思ったが、ペイジュが『それでも一刻も早く会わせてあげるべきだ』と強く後押しした。


「いつかは真実を伝えなくてはならないわ。それが早いか遅いかの違いだけで」

「……本当は知ってるんだ。パパが私を喜ばせるために、本当はあの木は実を結ばないのに毎年沢山の桃をこっそり買ってきてたってこと。でもね、その気持ちが嬉しいから、私は何も知らない態度で、喜ぶふりをするの……」


 レミリナの目にじわりと涙が滲む。父の愛情を理解しているから、自分のことで心を痛めてほしくないのだろう。


「そう……だったのね」


 気の利いた慰めが思いつかずにいたそのとき、廊下の向こうからどたばたと複数の足音が聞こえてきた。


「待ってください!」

「勝手にそちらへ行かれては困ります!」


 皇妃候補宮のメイドの声がかすかにした直後、少女たちを治療している客間の扉がばんっと開け放たれる。


「レミリナちゃん!」

「パパ……?」

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