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06_悪女は困窮する

 

 ウェスタレアとペイジュは、アルチティス皇国に入国した。持ってきた宝飾品を全て売り払い、いくつかの手順を踏んで皇都に不動産を購入。この国では高額の不動産を買うことで国籍が手に入る。2人は書類上はアルチティス皇国の人間となった。


  2人で住むには広すぎる屋敷。


 ダイニングルームでは、緊迫した空気が漂っていた。ソファに腰を降ろし、両手の肘をテーブルに着いて手を組むウェスタレア。その威厳ある佇まいに、ペイジュはごくりと息を飲む。


「…………」

「…………」


 手の上に顎を乗せてにこりと微笑み、沈黙を破って告げた。


「ペイジュ。財産が底を尽きて多額の借金ができてしまったわ。今日ご飯を食べるお金もないのだけれどどうしようかしら」

「そんなにこやかな表情で絶望を突き付けないでください!」


 自分の墓から持ってきた宝飾品ではこの屋敷を買うのに追いつかず、怪しい金融機関から怪しい方法で怪しい金を借りることになった。それ以前にも、奴隷だったペイジュを引き取るのに大枚を叩いている。最強の女剣闘士はこの屋敷より高額だった。


 ウェスタレアにとって、困窮した状況というのは人生で初めてだ。今までは、欲しいと言ったものは命じるだけでなんでも手に入ったし、働いて金を稼ぐこともしたことがない。しかし、悩んでいても仕方がないことだ。


「どうするんですか? 皇妃うんぬん以前に、2人して飢え死にしますよ」

「そうねぇ。アルバイトでもしてみたらいいんじゃないかしら」


 ウェスタレアは呑気に微笑みながら、片手に図鑑、もう片手に庭で取れた雑草をおもむろに取り出してテーブルにすっと置く。うねうねとした茎が絡まるように伸びる変な形の植物。


「ほら、この草とか食べられるみたいよ」

「主、それを食べたいと思いますか」

「…………」


 全く食欲をそそられない見た目の雑草を受け取り、ため息を吐くペイジュ。図鑑に食べられる山菜やきのこが書いてあり、2人であとで摘みにでかけることにした。


「一応伝えておくけれど、私は働いたことはもちろん、料理、洗濯、掃除に至る全ての家事をしたことがないから」

「あなた今まで一体どうやって生きてきたんですか!?」


 にこやかに告げれば、彼女はまた唖然として、どこの箱入り娘かと突っ込む。ご名答。ウェスタレアは大貴族の令嬢で元王妃候補――筋金入りの箱入り娘である。生活力もないし、世間というものを知らない。


「まぁ、色々不安要素はありますけど、難しいことじゃないです。家事なら自分が教えますし、すぐに覚えられますよ」

「ありがとう、ペイジュ」


 何はともあれ、2人で持ちつ持たれつやっていくしかないだろう。

 かくして、ウェスタレアとペイジュのアルチティス皇国での暮らしが始まった。


 2人はさっそく近くの山に出かけた。図鑑を片手に、食べられそうな山菜やきのこを収穫していく。


 夕方になって街で求人票をもらってから屋敷に帰ると、ペイジュが手際よく料理を作ってくれた。


 きのこと山菜の炒め物に、スープ。調味料もないので、素材本来の味がする。元貴族なだけあって、ペイジュはテーブルマナーが身についていた。手本のような所作でナイフを扱いながら言う。


「全く、想像以上でした。食材が爆発するのは初めて見ましたよ。生活力がない以前の話ですね」

「うっ……」


 ウェスタレアが炒めた野菜はことごとくまっ黒焦げになった。なぜか。


 物事を始めるときは失敗は付き物なのだと言い返すが、「自分は初めて料理したときも炭にはなりませんでした」と冷たく突き放されてしまった。


 勉強でも刺繍でも楽器でも、なんでもそつなくこなしてはきたが、ここにきて初めて苦手なものを見つけたかもしれない。


「勤め先は、料理関係以外がよろしいかと」

「そうね」


 生活していくためには働かなければならない。ペイジュは体力があるので肉体労働をすると言っていたが、自分はどうしよう。


(家庭教師や、通訳の仕事なんかがあればいいのだけれど。あとは、薬の知識が役に立つような仕事)


 薬の知識と言っても、毒薬が専門だが。


 すると、ペイジュの視線がウェスタレアの右耳のロングピアスに留まる。


「それはお売りにならないんです? 結構高そうに見えますが」

「売らないわ。この耳飾りは、私たちがこの国で安全に過ごせるという証なの」


 あの夜出会った男は、相当これを大事にしているようだった。これを持っている限り、下手なことはしてこないだろう。いくら困窮しているからといって、このピアスを手放す訳にはいかない。


(まぁどうせ、二度と会うことはないでしょうけど)


 そっとピアスを手で撫でる。


 この国は広い。探し人を見つけるのは、砂の中から針を探すようなものだ。


「それにしても、彼らは何者なんでしょう。かなり上等な身なりをしていましたし、公用語の発音も綺麗でしたね」

「――さぁね。どこか裕福な家のお坊ちゃんなのかも」


 今もあの夜のことが脳裏に焼き付いている。深い森を映したような緑の瞳に見つめられた瞬間を。


(なぜだか初めて会ったような気がしなかった。……私は誰との関わりも許されない、『隠された令嬢』だったのに)


 知り合いなど指で数えられるほどしかいないはずなのに、どうしてあの男には懐かしさを感じたのだろうか。


 ウェスタレアはペイジュと話しながら、食事を終えた。


 夕食後に自室に戻り、机の前に座る。ピアスを外して手元のランプを照らし、じっと観察する。


(この紋様……なんなのかしら)


 青い石に刻まれた複雑な紋様。あの男は、必死にこれを返せと訴えていたが、一体なぜあそこまで執着心を見せたのだろうか。細かくてよく見えないので、引き出しからルーペと紙を取り出して、紙に描き写していく。


「なるほど。これは――紋章なのね」


 王冠に馬、剣。そして――バラの花が描かれている。バラの花は、このアルチティス皇国の国花に指定されているはず。


 そして、貴族は、家や身分を示す証をそれぞれ持っている。爵位によって紋章に使っていい絵柄は決まっているが、王冠、馬、剣にバラの花が、どのレベルの爵位で使用が許可されているのか分からない。


 きっとこれは、ただの無意味な柄ではない。彼の身分を示すものだから、必死に取り返そうとしたのだ。


 彼は人に知られてはならない立場なのだろうか。名のある貴族家の婚外子や庶子という線もある。いずれにしても、この国の貴族の家紋は詳しくないので、調べてみる価値はある。もしかしたら、身分を突き止められるかもしれない。


 しばらく思案したあと、紙とルーペを引き出しにしまった。


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