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56_いわゆる壁ドン…?


「エリザベートの倉庫がいっぱいになってきているということは、予算もかなり減っているということよ。計画通り、問題はないわ。私にも勝てる見込みはある。私の倉庫には、満杯どころか入りきらないほどの花が集まるでしょう」

「……?」

「とにかく、心配は無用ということよ」


 ディオンは眉を寄せて言う。


「もったいぶってないで教えてくれてもいいんじゃない? その方法を」

「嫌よ。中途半端なところで計画を語りたくないの。結果で示して、あなたたちをわっと驚かせてみせるわ」


 いたずらを企む子どものように笑ってみせる。


 今自分がやるべきことは、エリザベートピンクの闇を、誰もが納得する形で暴くということ。エリベートピンクの闇を暴かない限り、勝ち目はない。


 もしかしたら思い通りにいかないかもしれないから、途中段階で話すことはしたくないのだ。


 ペイジュの思いも乗せて、レイン公爵家に打ち勝たなければならないから、怖気付いてなどいられない。それに、この壁を越えずして自分はきっと、素晴らしい皇妃にはなれないと思っている。これも理想の自分になるための試練なのだ。


「全く。お前はいつも無鉄砲だな」

「こういう生き方しか知らないの。失敗して転んだり、泥まみれになったりしても、ただ突っ走っていくしかない」

「転んだときは、俺が手を引いて起こしてやろう」

「まぁ、頼もしいこと」

「お前が何をしようとしているかわからないが、俺はお前が勝てると信じている」


 彼の信じている、という言葉が何よりもウェスタレアの心を励ましてくれる。ふたりは互いにふっと笑い合った。するとレオナルドは、ディオンに先に馬車に戻っているように指示を出した。


 彼とふたりきりで、周囲に人の気配もなく、ウェスタレアは再び警戒体勢に入る。


「お前が俺をそう警戒しているのは――あの約束のせいか?」

「!」


 あの約束。レオナルドがダニエルの娘を探す手伝いをする代わりに、ウェスタレアは彼に会うたびに口付けをする、という訳の分からないもの。


 ウェスタレアは一歩、二歩と後ろに下がりながら、頬を引きつらせる。


「な、なんの成果も得ていないのに、対価だけ要求するのはどうかと思うの」

「その書類を手に入れたのは俺の手柄だ。それに、レミリナという娘の行方の手がかりも掴んでいる。旧ランチェスター領で目撃情報を得た」


 あまり表情豊かではないはずの彼が、いつになく楽しそうにこちらに近づいてくる。ウェスタレアは危難が我が身に訪れようとしていることをつぶさに察知し、彼と距離を取るように後ずさる。


「へ、へえ……気味が悪いほどに仕事が早いのね。さすが皇太子殿下。私のストーカーをしていただけあって人探しのプロね。そういう仕事に転職なさったらいかが?」

「どうして俺から逃げる?」

「あなたがこっちに近づいてくるからよ! 手がかりを掴んだなら、さっさと探しに行かなくてはならないわね。予定を立てましょう、だから一旦離れて冷静に話を――わっ」


 ――どんっ。後ろに下がっていたら、皇国騎士団の建物の壁に背中をぶつける。レオナルドと壁の間に挟まれたような状態になり、彼が両手を壁に付けているため、逃げ道は完全に塞がれている。


 レオナルドの緑の双眸は、深い森を吸い込んだように美しくて、何度も見ているはずなのに見蕩れてしまい、目が離せない。


「ああ。レミリナを探しに行く予定を立てよう。俺も一緒に行く。偶然にもエリザベートピンクの染色工場の付近で目撃多数だった。また、全身に赤い湿疹があるらしい」

「じゃあ彼女は、染色工場で働いているとでも?」

「それは確かめてみないことには分からない。いつが空いている?」

「手帳を見て予定を確認するから待って。とにかく一旦離れてちょうだい」

「……」


 しかし彼は、ウェスタレアの頼みを聞き入れてはくれなかった。片手をこちらの頬に添えて、親指の腹でそっと撫でる。それはきわめて慎重な手つきで、まるで壊れ物を扱うかのようだった。


「私のことをからかっているときは、随分と楽しそうな顔をするのね。あなたって」

「ああ、そうだな。とても楽しい」

「……」

「――俺に触れられるのは嫌か?」


 その表情に、寂しさと切なさが乗る。


「俺も男だ。好きな人には触れたいし触れられたい。だが俺は女心には疎い。嫌ならはっきりそう言え。……本当は元々、見返りが欲しくて協力するつもりではなかった。ただ頑張っているお前を応援したかっただけで」

「……分かってるわ」


 時々からかってくることはあっても、彼は優しい人だ。


 彼は切実な思いに、ウェスタレアの胸の鼓動が加速していく。同時に、顔が熱くなっていくのを感じた。


「私だって……何年も離宮で過ごしていた箱入り娘なのよ? 好きな人ができるのは初めてだし、色々、いっぱいいっぱいなの……っ」


 赤らんだ顔で訴えれば、レオナルドは瞳の奥を揺らした。


「俺が……初めてなのか?」

「そうよ。経験がなくて悪かったわね。慣れてないだけで……嫌では……ないわ」


 好きな人に触れられるのが、嫌なはずない。むしろウェスタレアだって、望んでいるし望まれたい。


「分かった。大切にする」


 レオナルドは先ほどまでのしおしおとした態度が嘘のように嬉しそうな顔をした。ウェスタレアは小さく息を吐き、頬に添えられたレオナルドの手を退けて、その手を握りながら見下ろした。自分よりもひと回り以上大きい、節のある手。暖かくて、こうして触れられるだけでどきどきする。


 彼の手をおずおずと、自分の唇に近づけていく。しかし、もう少しで肌に触れるというとき、遠くからペイジュが走ってきた。


「――主!」


 その声に、ウェスタレアとレオナルドはびくっと肩を離させ、互いに距離を取る。


「大丈夫ですか! この男にひどいことでもされましたか!?」


 ペイジュはウェスタレアを庇うようにして立ち、レオナルドのことを睨みつけた。


「違うのペイジュ。ただ少し、じゃれ合ってていたというか、遊んでいただけで……」

「遊ぶ……? 子どもみたいに?」


 どう言い訳をしたものかと思案していれば、レオナルドが『続きはまた今度』などと意味深になセリフだけを残して去っていくので、ますますペイジュに不審がられるのだった。


「もしあの男にひどいことをされたら、私が消し炭にして差し上げますので」

「怖い」


 何度も言っているが、一応彼はこの国の皇太子だ。ウェスタレアはこほんと咳払いして彼女に言う。


「それで? お父様の話は聞けたの?」

「はい。父は汚職事件の前に皇国騎士団内で、エリザベートピンクの染料を使用したものは処分するように、と言って回っていたそうです」

「そう。――それでティベリオに目をつけられたという訳ね」


 ティベリオは、エリザベートピンクの毒性を理解していながら、普及を推し進めていたのである。


 エリザベートピンクの真実を人のために訴えたばかりに排除されたガスパロが気の毒で、ウェスタレアは目を伏せ、憂いを帯びた表情を浮かべた。


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