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55_逆境に立たされて

 

 皇国騎士団の本部には、大きな訓練場がある。そこから、かんっかん……と、木剣がぶつかり合う音が絶え間なく聞こえてきた。


「――ええっ!? あなたが皇妃候補様ですか!?」

「ええ、そうよ」


 訓練場に着いて、ガスパロについて話を聞くために騎士のひとりに声をかける。ウェスタレアが名乗ると、彼らは目を皿にし、仲間たちまでぞろぞろと集まってきて、ちょっとした騒ぎになっていた。


「私は新人の中でも体力には自信があるんです! きっとウェスタレア様のお役に立ってみせます!」

「僕は剣の成績はトップクラスでして、あなた様のことをお守りする自信があります!」

「「ぜひ、私を護衛にしてください!」」


 あまりの圧で懇願され、ウェスタレアとペイジュは顔を見合わせる。


(完全に就活状態ね……)


 皇妃の護衛は、騎士の中でも花形中の花形だ。功績を重ねてようやく就任するより、直接ウェスタレアに取り入って採用された方が、余計な手間が省けて良いとでも考えたのだろうか。


 すると、隣に付き従えていたペイジュが、彼らを強引に引き離して苦言を呈した。


「君たち、彼女は皇帝陛下が正式にお認めになった皇妃候補なんだ。馴れ馴れしく雇ってくれとせがむのは、不敬だと思わないのか?」

「ふっ……」

「……主?」


 他方、ウェストレアは堪えきれず、愉悦に口角を緩める。ふふふ……と満足げに笑いながら、手を口元に添える。


「悪くないわねこの感じ。なんだかものすごく承認欲求が満たされるわ……!」

「まさかのご満悦!? そうだったこの人はこういう人だった……」


 ウェスタレアが夢に見ていたのは、こういうのだ。皇妃といえば、大勢の高潔で強い騎士たちを侍らせてなんぼだ。


 彼女のだらしなく口角を緩めた表情に、騎士たちは若干引いて後退し、ペイジュは情けない姿だと額に手を当てて呆れている。


「私、もうひとりの皇妃候補と違って、全然お金ないわよ? ただ働きでよければぜひ雇いた――ってちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 ウェスタレアに財力がないと知って、ささっと潮が引くように去っていく騎士たち。


 誰もいなくなって、砂埃が寂しげに舞う様子を、ウェスタレアとペイジュは半眼で見つめていた。


「ああもう、大切な証人が主のせいで逃げちゃったじゃないですか。彼らには私が話を聞いてくるので、主は他を当たっていてください」


 ぱたぱたと騎士たちを追いかけていくペイジュを尻目に、ウェスタレアは振り返る。皇国騎士団の事務などが行われる本部の建物は、歴史があり厳かな佇まいだ。


 中に入って、ガスパロのことを知っていそうな相手を探そうかと思ったとき、入り口から見知った男が出てきた。


「レオ……!」


 こちらの声に彼が反応し、視線がかち合う。ウェスタレアは一瞬にして警戒体勢に入り、何歩も後ずさった。レオナルドはこちらの反応を面白がるように口角を持ち上げて、つかつかと無遠慮に歩み寄った。彼の隣には、ディオンもおり、こちらの姿を見て会釈してきた。


「そう警戒するな」

「……どうしてあなたがここに?」

「お前がここに来ると聞いて、公務のついでに立ち寄ったんだ。――これを渡しに」


 彼に手渡されたのは、数枚の書類だった。ひとつは、生前ガスパロ・ランチェスターと親交があった騎士たちの名簿。これがあれば、彼と交流があったものたちを探すという手間が大きく省ける。


「相変わらず仕事が早いわね」

「このくらいは大したものではない。それより、もうひとつの紙を見ろ」

「何? これは……嘆願書?」

「ガスパロ・ランチェスター直筆で、オレンシア皇家に五年前に提出されたものだ」


 その内容は、エリザベートピンクの染料の毒性を調査してほしいという旨だった。エリザベートピンクを使用した壁紙により、妻が中毒症状に苦しんでいたことと具体的な症状が、汚い字でつまびらかに書かれている。


 皇帝はその嘆願書を、五年もの間手元に残していたそうだ。


「この嘆願書ひとつでは、皇室は動かなかった。だが、ガスパロは確実に、エリザベートピンクの毒性に気づいて訴えていたということだ」

「ではなぜ、その事実を娘のペイジュに言わなかったのかしら」


 ペイジュは、母親の病気の原因が、エリザベートピンクの壁紙から放出される毒素だということは知らなかった。ガスパロは嘆願書を皇室に出すほど行動していたのに、なぜペイジュには隠していたのだろう。だが、すぐにその答えをレオナルドが推測した。


「お前の騎士は実直で、短絡的だ。それにあまり賢くもない。真実を知っていたら、それこそ怒りのままに単身特攻で危険に首を突っ込んでいたんじゃないか」

「ああ……そうね……。彼女ならそうしていたかも……」


 ガスパロは娘の気質をよく理解していたから、エリザベートピンクの闇に巻き込みたくなかったのだろう。


「それより……その嘆願書で、皇室は本当に動かなかったのかしら」

「というと?」

「全く信じていなかったのなら、後生大事に手元に保管しておくことなんてしなかったはずよ。ガスパロさんは正義感が強く実直だったから、陛下は、彼が嘘を言っていないことを理解していたはず。もしかしたら、エリザベートピンクの解析をさせようとしていたのかもしれない。でも思い出して? 私たちがダニエルさんに解析書を頼んだときのことを」

「……拒まれた、な」


 誰だって、筆頭公爵家と言われるような権力を敵に回したくはないものだ。解析書という紙切れひとつで、証拠隠滅のために殺されてしまうかもしれないのだから。


 ウェスタレアは半円を描くようにゆっくりと口角を持ち上げた。


「やはり――皇帝陛下は、私にエリザベートピンクの闇を暴かせようとしておられる」


 レイン公爵家の権力により、皇家でさえ五年もの間手出しできなかった、エリザベートピンク問題。これを、皇妃選定という国を上げての一代行事にかこつけて解決しようとは、皇帝もなかなか粋なことをしようとするものだ。


『――ライバルに勝ちたいのなら、余がこの題を選んだ真意を考えるのだ』


 お題発表のときに皇帝が耳打ちしたこの言葉。皇帝にとって何よりもの望みは、生きている間玉座を守り続けることであり、そのために脅威となりうるレイン公爵家を退かせておく必要がある。   

 造花集めをテーマにしたのは、それが……レイン公爵家を排斥する切り札になる可能性があるから。ウェスタレアはリアス社が闇を抱えていることを理解したが、早々に造花工場を稼働させるまでには至らなかった。


 となれば、エリザベートピンクに関連した次なる作戦を立てて実行するまで。エリザベートピンクがレイン公爵家にとって最大の弱点であることは、純然たる事実として変わりないのだから。


 すると、それまで沈黙していたディオンが口を開く。


「エリザベートピンクの闇を暴いてどうするの? 今の君には正義のヒーローごっこをしているような余裕はないと思うんだけど。それとももう皇妃選定は諦めた?」

「まさか。エリザベートピンクが私の勝利に繋がるのよ」


 しかし、彼は今ひとつ腑に落ちていない様子。


「つまり、エリザベートちゃんを失格に追い込むってこと? 君の経歴ですら選定への参加が認められているんだ。彼女の資格が剥奪されることもないんじゃない?」


 アルチティス皇国の皇妃選定は、国中の全ての女性に参加資格が与えられ、家柄も、経歴も問われないというのが何よりも大きな売りである。


「君の経歴でって何? 私は潔白よ」

「不法入国」

「うっ……」

「馬とピアスの強奪」

「うっ……」

「カジノでのイカサマ」

「…………」


 レオナルドの言葉が、グサグサと胸に突き刺さり、ウェスタレアの顔色がどんどん悪くなっていく。


「け、経歴の話はもういいわ。私は別に、ライバルを失格させて勝とうとしている訳ではない。彼女より多くの――花を集めて正当に勝つつもりよ」

「「……………」」


 レオナルドとディオンは顔を見合わせる。


「ねえ知ってる? エリザベートちゃんの倉庫には、ほぼ満杯の造花がすでに集められているって」

「そしてお前の倉庫は未だに――空のままだ」


 エリザベートの花集めは、ティベリオが代わりに精力的に行っている。工場で大量生産させ、ディオンが言うように満杯に近い造花が集まっているのだ。


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