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51_あの男の綺麗な顔を

 

 ガスパロは汚職事件で職を失い、爵位に財産、領地まで没収された。さらには汚職事件で多額の賠償金が請求されており、一生あっても返せないような途方もない金額だった。


 そのころ妻は病床に伏せっていたのだが、それらの不当な仕打ちのせいで、薬を買うことはもちろん、医者に診てもらうことすらままならない困窮した状態だったという。


 ペイジュいわく、父は口癖のように、ティベリオにはめられたと言っていたそうだ。そしてティベリオは、国に没収された旧ランチェスター侯爵領を新たに買い上げ、領主となった。


 ランチェスター一家が路頭に迷っていたころ、正体を隠したティベリオがペイジュの前に現れて言ったそうだ。自分の言う通りにすれば、家族を助けてやる――と。ペイジュは藁をも掴む思いで、彼の言葉に従った。けれど、ペイジュがスリド王国の奴隷商に売り飛ばされたのちに、生きるよすがを失った両親は命を絶った。


 重い過去を打ち明けながらも、彼女は飄々としていた。


「でも、分からないんだ。父のような人畜無害で真面目な人が、どうしてティベリオに目をつけられて、濡れ衣を着せられたのか」

「あなたのお父様から……何もお聞きになりませんでしたの?」

「レイン公爵家の弱みを握った、とは言っていた。ただ、具体的なことを私に話そうとはしなかったよ。まぁ結局、私も国外へ追いやられたけど。一体父さんはどんな弱みを握ったんだか」


 すると、エリザベートはスカートをぎゅうと握り締めて、苦々しい面持ちで言った。


「父のせいで大変な思いをさせてしまい……謝罪のしようもございませんわ……」

「君が代わりに謝る必要はないよ」

「わたくしを……お責めにならないのです?」

「君とティベリオがしたことは無関係だからね。君への恨みはないよ」


 ペイジュは小さく息を吐く。


「――ただ、今になって気がかりがあるんだ。母が病床に伏せったのはちょうど五年前。エリザベートピンクが流行し始めたときだった。母は鮮やかなあの色をとても気に入って、部屋の壁紙をエリザベートピンクにしていたんだけど、母が倒れてしばらくしたあと、突然父がそれを全部剥がして……。汚職事件が起きたのは、壁紙を剥がし終わった直後だった」


 五年前ということは当然、エリザベートピンクと中毒症状の因果関係に誰も気づいていないころだ。だがもし、ガスパロが妻の体調不良とエリザベートピンクを結びつけていたとしたならどうだ。実直な彼は、妻と同じように人々が苦しまないように、大勢の人たちに危険性を訴えようとするのではないか。


 傾聴していたウェスタレアは、母親の症状はどのようなものだったのかと尋ねた。


「……吐き気、下痢、湿疹が主です」


 それらの症状はまさに、エリザベートピンクの中毒症状と一致している。


 ウェスタレアは目を伏せながら言った。


「ではペイジュ。皇国騎士団に聞き取り調査に行きましょう。もしエリザベートピンクの弊害に気づき、口封じのためにこのような仕打ちを受けたとするなら、辻褄は合うわ。そして彼は必ずエリザベートピンクについて誰かに言及していたはず。その証言を集めるのよ」

「……分かりました」


 続いて、エリザベートにも言う。


「あなたは今すぐにルシャンテ宮殿に帰りなさい。私たちと一緒にいたら、侵入者の正体に気づかれてしまうから。しばらくは接触を避け、話があるときは使いを通す。――いいわね」

「分かり……ましたわ」

「くれぐれも、私たちのことを口外しないように」

「それはもちろん、重々承知しておりますわ」


 伝えたいことを言い終わったウェスタレアは、そっとソファから立ち上がる。


「疲れたでしょうから、ペイジュはゆっくり休みなさい。私は部屋に戻るわ」

「「……?」」


 あまりにそそくさと居間を出て行こうとするウェスタレアに、ペイジュとエリザベートは不思議そうに顔を見合わせた。


 ウェスタレアはそのまま無言で、居間をあとにする。




 ◇◇◇




 居間を出て私室に帰ったあと、堪えていた涙がぼろぼろと溢れてきた。


(ペイジュ……。辛かったわね)


 扉に背を預けながらその場に崩れ落ち、人知れず嗚咽を漏らす。


 まさか彼女に、そんな壮絶な過去があるとは思わなかった。彼女は冷静に、そして淡々と話していたが、今に至るまでにどれだけの苦しみと葛藤があったことか。


 ウェスタレアも、辛くて悔しくて、行き場のない怒りを抱いた経験ならある。

 皇妃お披露目のパーティーでティベリオと再会したときの、彼女の憎悪を思い出す。今すぐに殺してしまいたいほど憎くて憎くて仕方がないのだろう。


 皇妃を目指して足掻くウェスタレアのことを支えながらペイジュはひとりで重いものを背負い、忍びがたきを忍んでいたのだと思うと、胸が張り裂けそうになった。いつも飄々としていたから、彼女の心の闇に気づいてやることができなかった。


 これでは主として、いや友達として失格だ。


 涙が溢れた目をがしがしと袖で乱雑に拭い、唇をきゅっと引き結ぶ。


 彼女が泣き言を言わずに頑張っているのだから、自分だけ泣いてなんていられない。


(今度は、私が支える番。あなたの憂いは私が晴らしてみせるわ。あの男の美しい顔が嫌いなら、醜く変えてしまえばいいのよ)


 ペイジュが顔の美しい男を嫌うようになった原点は、ティベリオにあるのだろう。ウェスタレアは窓際に歩いて、星が瞬く夜空を見上げながら、美しい星々にティベリオの姿を思い浮かべた。そして、小さな声で呟く。


「私があなたのその綺麗な顔、醜くなるまで鞭で……いえ、指輪を嵌めた拳で殴ってやるわ。――ティベリオ・レイン」


 指輪を嵌めた拳で窓ガラスを殴りつけると、ピキ……と音を立ててひび割れが広がった。


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