48_異国から現れた忌々しい女
一方、執務室に残されたティベリオは、開け放たれた窓を眺めていた。星々の輝きが眩しい、よく晴れた夜。執務室にいる衛兵たちはものの見事に、こそ泥によって昏睡状態。唯一意識があるふたりのうちのひとりが、負傷した腕を抑えながら言った。
「追いますか」
「ああ、すぐに追え」
だが、追いかけたところで、あれは公爵家の騎士数人で、太刀打ちできる相手ではないだろう。それに、他に仲間がいる可能性もある。
「御意」
彼は執務室の外に飛び出して行った。公爵邸には他に何人も騎士がいる。だが、屋敷の傍には森が広がっており、深夜の人探しには向いていない。窓の向こうで、黒い輪郭を浮かび上がらせた木々が不気味に唸っている。
そのとき、いつも笑顔を張り付けているティベリオの表情が、わずかに険しくなる。触れたら指を怪我してしまいそうな凍えるような表情に、それを目の当たりにした残りの騎士は肩を竦め、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「エリザベートお嬢様は一体……何者と手を組んでいらっしゃるのでしょうか」
「さぁね」
しかし、従順だったエリザベートが変わり始めたのは、痙攣を起こして倒れた日以降だ。きっかけを彼女に与えた者がいるとしたら……。ウェスタレアの姿が脳裏に思い浮かる。
「恐れながら旦那様、このことを皇家に報告してはいかがでしょうか? 侵入者を捕らえるべきです」
「その必要はないよ。皇室に頼らず、公爵家で秘密裏に粛清すればいいだけだからね」
ティベリオはゆっくりと部屋を見渡す。明らかな荒らされた形跡はないものの、こそ泥が何かをここで探していたことは確かだ。
(こそ泥のひとりが、何かの書類を持っていた。それが私にとって持ち出されては不都合なものの可能性がある……)
この執務室には、公にできない書類がいくつも保管されている。だから、真夜中であっても見張りをつけ鍵をかけているのだ。騒ぎにして、危険な書類が世間に晒されることになっては困る。
ティベリオがするべきなのは、皇家への報告ではなく、一刻も早くエリザベートをそそのかしたこそ泥を――始末し、奪われた書類を取り返すことだ。
すると、執務室の上の、旧ランチェスター侯爵領の土地管理書が、ぐしゃっと握り潰されているのが目に留まる。
(確か……あの女は、男のような見た目をした女騎士をひとりだけ付き従えていたね。ペイジュ・ランチェスター。見覚えのある女だった)
格式ある騎士家系の娘であり、ティベリオとの間に確執がある相手。ティベリオは彼女の両親を死へと追い込み、領地を奪い、彼女のことも奴隷商に売り飛ばした。
先ほどのこそ泥の剣技は、ランチェスター侯爵のものとよく似ていた。そしてペイジュはティベリオを心の底から憎んでおり、化け物じみた身体能力を誇る。点と点が繋がっていくような感覚がする。
何の因果か、奴隷という身分に堕としたはずのペイジュは、処刑された悪女の騎士となったのだ。そしてウェスタレアは、皇妃選定の最後のライバルエリザベートまで篭絡し、自分の懐に取り込んだのだろう。
「エリザベートのことは放っておけばいいよ。あれは弱い子だからね。すぐに根を上げて私の元に泣きついてくるのは目に見えているさ。今後もあの娘をうまく利用していくには、鞭だけでは駄目だということだ。これはちょっとした反抗期。しばらくは好きにさせておこう」
父親に叱られたエリザベートはウェスタレアに泣きついたのだろう。だがきっと彼女は、ウェスタレアに利用されるだけされて捨てられるに違いない。自分のライバルに本当に情けをかける人間なんて、存在するとは思えないから。つくづく愚かな娘だ。
「…………」
「エリザベートには、なんとしてでも皇妃になってもらわなくちゃね。あの忌まわしい異国の女を皇妃にすれば、アルチティス皇国の秩序は崩壊しかねないから。ウェスタレア・ルジェーン」
ルムゼア王国で前王妃に噛み付いた毒蛇は、今度はエリザベートをそそのかし、こちらに牙を向け合うとでもいうのだろうか。――ルムゼア王国で権勢を誇っていた前王妃の勢力を衰退させたように。
だがティベリオは、ただで毒蛇の毒にやられるような弱い存在ではない。噛まれる前に、その首を掻き切ってやればいいだけ。
ティベリオは唇に乾いた笑みを浮かべ美しい夜空を見上げた。
「近く、第二皇妃候補宮に行き、ウェスタレア・ルジェーンの騎士の片目と腕に怪我があるか、確かめて来なさい」
「……仰せのままに」
騎士は恭しく礼を執る。
もしも、あのこそ泥のひとりがペイジュ・ランチェスターなら、始末する方法を考えなくてはならない。かつて彼女の父親を始末したように……。




