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44_協力を得るための条件


「ちょっと! 協力しないってどういうことよ!?」


 薬屋から出たあと。薬屋の近くの湖畔に、ウェスタレアの大きな声が響き渡る。


 ウェスタレアはレオナルドの襟元を両手で掴んで、ぶんぶんと乱暴にゆすった。彼はその手を引き剥がしながら言う。


「俺も暇ではない。いくら皇妃選定のためとはいえ、たったひとりの少女を探すために貴重な時間を割く訳にはいかない」

「皇妃選定のためだけではないわ。あなたが目の敵にしているレイン公爵家を追い詰めることにも繋がるのよ?」

「それでもだ」


 思いのほかばっさりと斬り捨てられたウェスタレアは、しゅんと肩を落とす。


(さっきと言っていることが違うじゃない。レオならきっと、手放しで『協力する』って言ってくれると思ったのに)


 街を歩いているときに言ってくれたあの励ましは、その場しのぎの嘘だったとでもいうのだろうか。ダニエルの解析書は、エリザベートピンクの闇を暴くのと同時に、レイン公爵家に対抗する手札の一つになる。彼だって、それこそ喉から手が出るほどに欲しいはずだ。


「あなたって意外と、薄情な人だったのね」


 ウェスタレアが俯いたまま口を尖らせれば、彼はふっと笑い、意地悪な顔で言った。


「――協力してほしいなら、一つ条件がある」

「条件……? お金なら、ないわよ……?」


 いぶかしげに眉を寄せ、警戒心を剥き出ししてに彼のことを見上げると、彼はそっと顔を近づけてきて、耳元で甘やかに囁いた。


「――これから会うたびに、お前から口付けしてほしい」

「!?」


 告げられた衝撃の条件に、ウェスタレアは顔を熟れたりんごのように真っ赤にして飛び退く。


「なっ……あな…………なっ!?」


 意味をなさない言葉を羅列しながら、一歩、二歩と後ずさるウェスタレア。


(そんなの、皇太子が労力を割く対価としては、明らかに見合っていないじゃない……!  いや、問題はそこではなくて……)


 たったひとりの少女を探すために手間をかけるのを渋っているような態度だったのに、ウェスタレアの唇一つで動いてくれるとは安上がりなものだ。いやいや、ウェスタレアの唇は値打ちをつけられるようなものではないけれども。


 きっと彼ははなから、ウェスタレアが頼めば引き受けるつもりだったのだ。それが何の気まぐれか、ウェスタレアのことをからかう材料にしている。


 レオナルドとキスをしたことは一度だけあるが、あれは自然の流れがあってできたものであって、しろと言われてできるものではない。


「簡単だろう?」


 ――な、わけがない。


 レオナルドは顔を赤くさせたこちらの反応を見て、どこか楽しそうにしている。


 口をはくはくとさせているウェスタレアに彼はずいと近づいてきて、手で小さな顎をすくい、輪郭をつうと撫でた。


「少女の捜索は俺に任せて、お前は皇妃選定に専念できる。俺も良い思いができて、互いに利益しかない」


 合理的な配慮だと言わんばかりの態度だが、一も二もなく反論する。


「私の沽券が傷つくという意味で、不利益しかないわよ」


 レオナルドの分厚い胸を、強く押し離して睨みつける。


「では、この話はなし、と」

「…………」


 本当に、意地悪な人だ。こちらに選択の余地がないと分かっているくせに。こちらは人生を賭けた皇妃選定に必死になっているというのに、彼はひとり楽しそうで。


「――なんてな。これは冗談で、」


 ウェスタレアは、何かを言いかけたレオナルドの腕をぐいっと引き、その頬にそっと唇を押し当てた。


「……!」


 不意打ちでキスされたレオナルドは、目を大きく見開いた。


 ウェスタレアは、口付けするために上げていたかかとを地面に下ろし、朱色に染まった顔で、上目がちに彼を見上げる。


「…………約束、ちゃんと守りなさいよ」


 レオナルドはかすかに温もりが残る頬に指を添えながら、驚いた風に呟く。


「まさか本当にするとは思わなかった……」


 一方のウェスタレアは、鼓動が早鐘を打ち続け、頭の先まですっかりのぼせ上がっているせいで、彼の呟きを聞き取ることすらままならないのであった。


 こうして、ふたりの甘い一日が終わっていく。


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