40_デートに行きましょうか
エリザベートの見舞いに行ってから一週間後。ウェスタレアはレオナルドとともに皇都に出かけた。
彼は政務に忙しく、なかなかウェスタレアと会う時間が取れない。それでも、合間を縫って第二皇妃候補宮へ顔を見に訪れる。そして今日は、皇妃選定の延長が決まって初めての彼との外出である。
(こんなの……私らしくないわね)
ショーウィンドウに映る気合いの入った自分の格好を見て、眉をひそめる。ルムゼア王国にいたころから、服装は機能性重視で、見栄えにはそれほど頓着しない方だった。まして、ひとりの相手にどう見られるかを意識して服を選ぶなど、かつての自分ならば想像もできなかっただろう。
紫を基調としたドレスワンピース。透け感があるレース生地のスカートは、プリーツタイプになっており、ウェストレアが歩くたびに優雅に裾が広がる。
だが、唯一物足りないとしたら、青い石の耳飾りだ。レオナルドとの出会いの夜に奪い取ったものだったが、ルシャンテ宮殿に住まいを移したあとに彼に返した。あの耳飾りには次期皇帝の証しが刻まれており、彼にとってとても大切なものだから。
それにもう、耳飾りを口実にしなくても、ただ会いたいという理由で会うことができる。しかし、肌身離さず身に付けていたものがなくなって、すっかり耳元が寂しくなってしまった。
(早く……着きすぎちゃったわね)
たまたま皇都で用事があったレオナルドとは現地集合だ。時計台を見ると、集合時刻にはまだ随分と早い。繰り返し時計の針を見たあとでようやく、自分がデートに浮き立っていることをつぶさに理解し、苦笑を零す。
ピアスがなくなった耳たぶを指先で弄びながら、集合場所の靴屋の看板前で待っていると、ほどなくしてレオナルドが来た。
彼は気合を入れて着飾ったウェスタレアを見て、わずかに目を見開く。
「その格好は……」
「変……?」
「いいや、とてもよく似合っている」
「よかった。……あなたにちょっとでも可愛いと思われたくて」
後れ毛を耳にかけながら素直に打ち明ければ、レオナルドは愛しそうに目を細めた。そのままこちらの頭をぽんと撫でる。
「――それはいつも思っている」
「!」
かっと耳の先まで赤くさせると、彼はこちらに顔を近づけながら、真剣な眼差しで言った。
「こんなに可愛いものを、俺は他に知らない」
「か、からかわないで。……これ、あげるから」
煽てられて反応に困ったウェスタレアは、あちらこちらに視線をさまよわせる。普段の凛とした姿が嘘のように狼狽え、迷走の末に、懐の毒針を五本ほどぴゅっと取り出した。
「からかっているつもりはない。あと毒針は不要だ、物騒だからしまえ」
紅潮した頬をそっと撫でるレオナルド。触れられている場所が熱くて、その熱はじわじわと頬以外の場所にも広がっていく。
(ああもう、この人の前だと調子が狂う)
例えばペイジュ相手なら、軽い調子であしらうことができるが、レオナルド相手だとたちまち心臓が言うことを聞かなくなってしまう。
すると、道の向こうから小さな子どもがこちらを指差して言った。
「見て! いちゃいちゃしてる!」
「こら、指差しちゃだめよ」
子どもと手をつなぐ母親に「すみません」と謝罪されるが、ウェスタレアとレオナルドはなんとなく気まずくなる。
「……行きましょうか」
「あ、ああ」
目的の場所は、ウェスタレアの元アルバイト先の薬屋だ。馬車でそこまで行ってもよかったが、街で昼食を摂り、買い物をしつつ歩いてのんびり向かうことにしたのである。
街道は様々な店が軒を連ねていて、大勢の人が行き交っている。何気ない日常のひとコマだが、長い間離宮に閉じ込められ、世間から隔絶されていたウェスタレアにとっては、何もかもが色鮮やかに見えた。
屋台から美味しそうな食べ物の匂いがしてきて、鼻腔をくすぐる。
「ねえあれを見て、レオ。変な形」
石畳を歩きながら、レオナルドの腕をとんとんと叩き、ショーウィンドウを指差す。そこには、変わった形をした木彫りの置き物が展示されていた。
「あれは海沿いの民族の伝統工芸品だ。豊穣を祈る祭祀に用いられている」
「へぇ。よく見たらあの顔、レオに似てるわ」
「俺に似ている……?」
置き物は人の形を模しており、何とも無愛想で面白い顔をしていた。置き物に似ていると言われたレオナルドは、不服そうに眉を寄せる。
その顔が余計に似ていて、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。




