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38_敵陣偵察とりんご


 パーティーから数日後、ウェスタレアはもうひとりの皇妃候補のために与えられた――第一皇妃候補宮を訪れていた。


 敷地内でウェスタレアの居住区と正反対の場所に、エリザベートの住まいがある。


「主、本当にお見舞いに行くんですか? 一応この宮はライバルの住まいなんですよ」

「でもやっぱり、気になるじゃない」


 エリザベートが倒れてからというもの、ウェスタレアには連絡が全くなかった。ライバルだから回復の報告はしないつもりなのかもしれないが、体調は回復したのだろうか。まさか、未だに床に伏せったままではないだろうか。


「主は悪人のように見えて、実はお人好しですよね」

「それは褒めているの? 貶しているの?」

「半々ですかね」

「主人への尊敬がまるで感じられないのだけれど」


 いつものようにペイジュと小競り合いをしつつ、敷地内でエリザベートの侍女に声をかける。彼女に案内され、彼女の寝室の前までやってきた。


 すると侍女は、どこかを怯えた様子でこちらに言った。


「実は……公爵様のご命令で、この部屋に人を入れるなと言われております」

「え……なら私を通しちゃだめじゃない」


 なら帰るわね、と潔く引き下がろうとすると、彼女に「待ってください」と必死に止められる。


「エリザベートお嬢様は憔悴し切っており、ここ数日まともに食事を摂ることもできていない状態でして。どなたかのお力が必要なんです……! ですからどうか、お嬢様を助けて差し上げてください……!」

「……?」


 エリザベートの侍女に切々と訴えられ、ウェスタレアはペイジュと顔を見合わせた。


「事情はよく分からないけれど、とりあえずこの部屋に入ったということは他言しないでおくわ」


 命令を破ったことで、彼女がティベリオに咎められることがないように気遣う。


 大きな扉に手をかけ、そっと押し開くとエリザベートが寝台の上でぼろぼろの姿で座っていた。髪は乱れ、身体はあちこち傷だらけだった。生気が抜けたような、ぼんやりとした瞳でこちらを見たが、部屋を訪れたのがしのぎを削るライバルだと気づき、我に返ったような表情をする。


「ちょっとあなた!? それどうしたのよ!」


 慌てて駆け寄り、彼女の全身の怪我の具合を確かめる。


 エリザベートは、パーティーで会った日よりも更に具合が悪そうでやつれてしまっていた。湿疹は相変わらずだが、とにかく、それとは無関係な傷があちこちにできている。


 ペイジュがエリザベートの傷を確認して呟く。


「……これひょっとして、鞭で打たれたのか?」


 ウェスタレアは傷をぱっと見たたけでは、何によってできたものか見抜くことはできなかった。だが、元奴隷のペイジュは、鞭で打たれて傷をこさえた経験や、鞭の傷を目にしたことが過去にあったのかもしれない。


 するとエリザベートは、傷ついた肌を腕で隠すように抱きながら、「少し転んだだけですわ」と明らかな嘘を吐いた。


 エリザベートは整った眉を寄せてこちらを見つめた。


「……どうして、おふたりがこちらに? お父様が人を入れるなとおっしゃっていたのに……」


 侍女が勝手に通したことは伏せて答える。


「ただの敵陣偵察よ」

「敵陣偵察」


 すると、ペイジュがおもむろに果物のかご盛りを差し出して、主人の気持ちを()()()代弁する。


「主がエリザベート嬢の体調が心配で心配で――夜も眠れないとおっしゃるので、お見舞いに来た次第です」

「そ、そこまで言ってないでしょ!」

「主はいつも素直じゃないですから、代弁して差しあげたんです」

「大きなお世話よ」

「昔から気配りができるとよく褒められます」

「それ、あなたの妄想の世界の話?」


 堂々と嘘を吐く騎士に苦言を呈し、頬をつねると、エリザベートがふっと笑みを零す。それから、くすくすと肩を揺らして笑ったあとで言った。


「あなた方を見ていたら、悩んでいることがどうでもよく思えて参りましたわ。ふふ、おかしい」


 そのとき、エリザベートの腹部から、ぐぅと切なげな音が漏れた。一度だけではない。ぐぅ、ぐるぐる、きゅる……と次々に情けない音が空腹を訴え続けて、彼女の顔が赤色に色づいていく。そういえば先ほど侍女が、数日まともに食べていないと心配していた。


 自分のことで笑われたウェスタレアは、反撃のチャンスとここぞとばかりに彼女の朱に染まった頬を指して、「それが噂のエリザベートピンクかしら」とからかう。


「……本当に、良い性格をしておいでで」


 ウェスタレアはかごを寝台にそっと置き、中身を彼女に見せた。


「何か食べられそうなものはある? しっかり食べた方がいいわ。果物でなくても、他に欲しいものがあれば何でも言って。すぐに用意するから」

「……りんご」

「分かったわ。すぐに皮を剥くから」


 先ほどの侍女に指示して、フルーツナイフと皿を用意してもらい、寝台横の椅子に腰をおろす。そして、ペイジュが慣れた手つきで皮を剥いていく。


「私で力になれることはある? できることならなんだってやるわ。だから、困ったことがあれば頼りなさい」

「なぜわたくしに優しくなさるのです? わたくしはあなたのライバルで、散々足を引っ張ろうとして参りましたのに」

「私があなたにされたことと、あなたが受けている仕打ちは全く別の話よ」

「わたくしはあなたの力など借りたくありませんわ」


 救いの手を跳ね除けるかのように、エリザベートはすっと目を逸らし、頑なな態度を見せた。


 あえて説明をしなくても、彼女の何が起きたのかは容易に想像がつく。


 あのパーティーの日、エリザベートはパートナーとして踊っていた相手ティベリオに怯えていた。いつも強気な態度でいるのに、父の前では表情が曇っており、倒れたときさえ父親を頼ろうとしなかった。ティベリオも、娘の体調不良に心配する素振りを全く見せず、ふたりが健全な親子関係でないことが分かった。


 そして今目の前にいる、傷だらけのエリザベート。公爵令嬢である彼女にこんな真似ができるのは、それより格上の身分の者か、身内くらいしか思いつかない。


 先ほどの侍女が、ティベリオの命令で他者の部屋への出入りを禁止していると言っていたから、そうなるとエリザベートにひどいことをしたのは、彼以外に考えられない。


 ウェスタレアは自身の境遇とエリザベートを重ねて同情した。ウェスタレアは両親から愛されることもなく、前王妃という権力者に翻弄され、長らく辛い目に遭ってきたから。


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