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33_皇妃候補お披露目パーティー(2)

 

 そのとき、宝石が散りばめられ華やかな装飾が施された彼女のピンクのドレスにシャンデリアの光が反射して、その眩しさに目をすがめた。


 エリザベートはよく、鮮やかなピンクのドレスを着る。彼女だけではない。この広間にいる多くの淑女が、エリザベートと同じピンク色のドレスを身にまとっている。


 この鮮やかなピンクの染料は、レイン公爵家が経営する会社リアス社が開発したもので、エリザベートの髪色をモチーフにしていることから――



『エリザベートピンク』



 と、名付けられた。エリザベートは社交界で羨望を寄せられる令嬢であり、彼女がこれを着て宣伝すると、たちまち女性たちの間でエリザベートピンクが大流行したのである。


 ウェスタレアは広間のあちらこちらでエリザベートピンクを身にまとう女性たちを一瞥した。


「とても美しいドレスね」

「当然。皇妃候補が身にまとうものは一流でなくてはなりませんもの。特にこの鮮やかな色が目を惹きますでしょう?」

「ええ。エリザベートピンクの流行はすごいわね。こんなに鮮やかなピンク、今まで一度も見たことがない。どうやって作っているのか気になるわ」


 ウェスタレアはルムゼア王国にいるとき、白銀の髪を隠すために、サフラワーから自分で作った赤い染料で髪を染めていた。あの赤い染料に白を混ぜたところで、鮮やかなピンクは作れないだろう。


 薬好きのウェスタレアは、純粋な好奇心と知識欲から尋ねる。すると、エリザベートはふんと鼻を鳴らして言った。


「企業秘密ですわ。エリザベートピンクは、我がレイン公爵家の会社が特別な製法で作ったものですの。普通の赤と白を混ぜただけでは出せない――誰にも再現不可能な鮮やかさに誰もが虜になるのです。わたくしさえも、その製法は知らされておりませんの。あなたも、ようやくわたくしがこの国の時流の中心だとお分かりになったのではなくって?」


 誰にも再現不可能だと言われると、好奇心が掻き立てられてますます製法が気になる。


 ほほ、と勝ち誇ったように笑う彼女。何気なく口元を添えられた手を見て、ウェスタレアは目を見開いた。ドレスの長い袖先、わずかに覗いた手首に赤い湿疹が広がっていたから。水膨れもできており、何度も強く搔いているようで黒ずんでいる箇所もある。


(湿疹……?)


 外見の問題をあえて指摘するものではないと思い黙っていたが、こちらの視線に気づいたエリザベートは、そっと袖を上げて湿疹を隠した。


 それから、皇帝直々にふたりの皇妃候補の紹介があった。皇帝が参集者たちに向けて話をしているとき、官吏の男が横でせっせと文章を書いていた。


 彼は、史官というアルチティス皇国独自の役職だ。皇族が重要な会議や行事に参加するときに、その発言を記録している。

 何か問題が起きたときに、言った言わなかったで揉め事にならないように、皇帝だけではなくその周囲の人の言葉も書かれる。謁見の間にウェスタレアが皇帝に呼び出されたときにも、部屋の片隅にはいつも史官の姿があった。


(私はあんな風に会話を記録されるの、ちょっと嫌かも)


 皇帝の会話に耳をそばだてては、しゃっしゃっ……と熱心にペンを動かしている。嫌だと思っても、皇妃になったあかつきには、ウェスタレアにも史官がつくことになる。


 史官から意識を逸らし、そのあとはウェスタレアとエリザベートそれぞれが、貴族たちに挨拶をして回った。


 エリザベートはすでに、アルチティス皇国の社交界で顔が広く、楽しそうに世間話などをしている。一方のウェスタレアは、かなり警戒心を抱かれつつ挨拶をした。


 ひと通りの挨拶を済ませて、立食用のテーブルから飲み物のグラスを手に取り、広間の片隅で少し休む。


「あなたも喉が渇いたでしょう? 今のうちに水分を取っておきなさい」

「ありがとうございます。でも、主のようにずっと喋っている訳ではないので大丈夫ですよ」


 もうひとつグラスを取ってペイジュに渡す。彼女は騎士としてウェスタレアの後ろに付いてきただけだが、ウェスタレアは会う人会う人と話をしていたので、口の中が随分と乾いていた。


「大勢の方がいますから、挨拶をしてもしてもキリがありませんね」

「何百人もいるものね。それでも、せっかく顔覚えてもらう機会だから、頑張らないと」

「ええ、そうですね」


 時折こちらに相槌を打ちつつ、優美な仕草でグラスを傾けるペイシュ。彼女に対して、近くにいる女性たちの目は釘付けになっていた。


 相変わらずペイジュはどこに行っても人の目を惹く。『今日の主役を奪うつもりか』と、嫌味の一つでも言ってやるつもりで彼女を見る。


「私の顔より、あなたの方がよっぽど早く覚えられそうね、ペイジュ?」


 そのとき――ガシャン、という音が辺りに響く。彼女が持っていたグラスを床に落としたのである。


 彼女が粗相をすることは珍しい。そしていつになく、怖い顔をしていて。眉間に深く縦皺を刻み、ぎり……と歯の音を鳴らす。怒りと憎悪、そして強烈な殺気が、これでもかというくらいに伝わってきた。


 普段は飄々としている彼女がこれほど負の感情を剥き出しにすることも珍しい。珍しいどころか、初めてかもしれない。


(一体、何に怒っているというの?)


 恐る恐るペイジュの視線を追えば、そこには緑髪に眼鏡をかけたとりわけ美しい男がいて、エリザベートと話をしていた。


「ようやく見つけた……」


 地を這うように呟いたそのあと、剣の柄を握る。今にもその男に斬りかかりに行ってしまいそうな、不穏な空気を感じ、思わず喉を上下させる。


「ペイジュ、あなた何か……妙なことをする気じゃないでしょうね」

「…………」


 ウェスタレアの言葉は彼女の耳に全く入っていない。


「ちょ、ちょっと! ――待ちなさい!」


 その場に彼女を留めておこうと手を伸ばしたが、すでに前に一歩踏み出していて、腕を掴み損ねる。彼女がわずかに柄を引き、剣身がきらりと光ったところで、ウェスタレアではない者の手が、ペイジュの手を上から握って制する。


「――まだあの男を斬るタイミングではない。だが、その機会は必ず来る。だから今は落ち着け」

「…………」


 怒りで我を忘れかけていたペイジュを制止したのは――皇太子レオナルドだった。ペイジュは緑髪の男を強く睨みつけたまま、呟く。


「ティベリオ・レイン……」


 それは、エリザベートの父である公爵の名前だった。

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