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31_選定の裏テーマ


 皇妃選定が始まった当初は、国籍を手に入れるために購入した物件に、ウェスタレアとペイジュのふたりで住んでいた。現在は、ルシャンテ宮殿の第二皇妃候補宮を主な拠点とし、皇都に構えた大きな屋敷は別邸として残している。


 ウェスタレアとエリザベートには、ルシャンテ宮殿にそれぞれ広い宮が与えられ、第一皇妃候補宮、第二皇妃候補宮と名付けられた。第一と第二などという、順位付けでもするかのような数字の付け方だが、宮廷にはそれだけレイン公爵家に迎合する者たちがいるということだ。あたかも、ウェスタレアよりエリザベートの方が皇妃に近い存在と言っているような感じ。


 不本意な住まいの名前についてはさて置き。今日は、皇都の別邸に来ている。

 例の裁判で潔白を証明したあとは、数名の使用人を新たに雇い、無駄にだだっ広くて寒々しかった屋敷も賑わいを取り戻した――はずだった。


 それが今、再びこの広い屋敷に、ウェスタレアとペイジュふたりだけになっている。


 ウェスタレアは居間の長テーブルに両肘を突き、組んだ手の上に顎を乗せた。真剣な表情にペイジュは圧倒され、ごくりと唾を飲む。


 ふっと頬を緩め、静寂を破ってひと言。


「ペイジュ。お金がなくて使用人に給金が支払えなくなったから解雇したわ。今日ご飯を食べるお金もないのだけれどどうしようかしら」

「そんな笑顔で絶望を叩きつけないでください! あとこのやりとり二回目です!」


 この無駄に大きな屋敷は、国籍を維持するための条件として必要になるため、売却することができない上、維持するのもなかなかに大変だ。しかし、屋敷を管理するために必要な使用人は全員暇を言い渡してしまった。


 というのも、ルムゼア王国ルジェーン公爵令嬢としての身分を取り戻したのと同時に、そのときに貯めていた財産も戻ったのだが、伝染病が蔓延する母国に、それらの私財を投げ打って薬草を支援したのである。……今後の生活費まで、削って。


「とはいえ、皇妃候補宮を拠点にすれば何も問題はないわ。皇妃候補が飢えて死ぬなんてことはまずないと思うから」

ルシャンテ宮殿なら、皇妃候補宮を管理する使用人や騎士たちが、皇宮の資金によってすでに用意されている。もちろん三食用意され、間食まで付いてくるだろう。しかし、この別邸を放置しておく訳にもいかないので、週に一度は掃除だけしに来ている。

「全く。私財を投げ打った慈善事業は大変素晴らしいですが、後先考えない人ですね。他人の命を救っておいて、主が伝染病になって薬を買うお金がないんじゃ本末転倒ですよ?」

「アルバイトでも始めようかしら」

「それを聞くのも二回目です。私の給金はしっかり支払っていただきますからね」


 テーブルに手をつき、こちらの顔を覗き込んでくる彼女。ウェスタレアは顔をしかめ、すっと目を逸らした。


「え、ええ。それはもちろんよ。さくっと皇妃になって、さくっとルムゼア王国との和平も結んで、一生遊んで暮らせるだけの報酬を与えるわ」

「耳触りの良いことを言って、目先の給金に関してうやむやにしようとしても無駄ですからね」

「…………」


 何もかもペイジュに見透かされているようで、ウェスタレアは穏やかな微笑を浮かべたまま天井を仰ぐ。


 ペイジュが「とんだブラック企業に就職してしまった」などと愚痴を零してていたが、片耳からもう片耳へとすり抜けていくだけだった。


(それでも、せっかくアルチティス皇国にいて伝染病に効く薬が手に入るなら、ひとりの命でも救いたいじゃない)


 民衆に慈愛を注ぎ、苦しむ者を救うことは皇妃の役目だ。


 ルムゼア王国の王妃候補だったとき、流行病によって大勢の民が苦しんでいるという話を耳にしていたが、何もしてやることができなかった。これまでに数万人という民が苦しみ、国そのものが疲弊している。当時は次期王妃としての義務感から、民衆を救わなければと思っていたが、今は少し違う。この国で皇妃選定を受けていく過程で優しい人たちと出会いがあり、民に対する本当の慈愛のようなものが、ウェスタレアの中に根付こうとしている。


 その病に効果がある薬草の原産地は、アルチティス皇国だ。休戦中の敵対国で貿易ができない状態だから、ウェスタレアが私的に購入して送るという手段を取るしかなかった。


 新たな皇妃選定に向けて皇室から資金が与えられるが、その振り込みはまだ先だ。ということでそれまでは、極貧生活を強いられることになる。


 ペイジュはため息を吐き、視線を下に落とした。ウェスタレアの足元にはいくつも箱が置いてあり、その中には手作りの造花がいっぱい収まっている。


 小さな花弁が連なる藤の造花の精巧さに、彼女は驚いた。


「……まさかとは思いますけど、こうして半年間ご自分で造花を作り続けるつもりですか? それでライバルに勝てるだなんて浅はかに考えてませんよね」

「…………」


 皇妃選定の新たなお題は、ルシャンテ宮殿に与えられた倉庫により多くの造花を集める、というもの。


 噂によれば、お題が公表されてから、エリザベートはさっそくレイン公爵が経営するリアス社に予算分の大量の造花を作らせているとか。自分の家の会社の工場で生産させれば、価格を抑えて量産することは、いともたやすいだろう。


 藤の花の造花を一房手に取り上げ、感心した様子で観察するペイジュ。


 ウェスタレアが造花作りを再開すると、彼女は言った。


「でもまぁ、主のことです。エリザベート嬢に勝つ見込みはもちろんあるんですよね!」

「ないわ」

「…………は?」

「そんなの、ある訳ないじゃない」


 ごく自然にそう返答し黙々と作業を続けていると、ペイジュに手を掴まれて、持っていた針金を滑り落とす。


「ノープランのまま、のんびり手芸を楽しんでいたんですか!? このままエリザベート嬢に負けてもいいんです!?」

「だから、負けないようにこうして策を考えているのよ」


 彼女の手を振り払い、落とした針金をひょいと拾い上げる。針金で作っていたのは茎で、それに布の花弁をくっつけていく。


「考え事をするときは、歩いたり手を動かしたりしていたいの。そうしているうちに自然とアイディアが浮かんでくることもあるでしょう?」


 しかし、お題が発表されてからの二週間、俗世間から逃れるように別邸に引きこもって過ごしているのだが、造花のクオリティーがめきめきと上がっていくだけで、これといった案は何ひとつ思いついていない。


 ウェスタレアの椅子の周りには、造花がぎっしり詰まった箱がどんどん増えている。


「造花作りにひたすら没頭している主の今の状況、なんていうか教えて差し上げましょうか」

「何?」

「現実逃避といいます」

「創造性の探求と言いなさい」

「出たよ、屁理屈」


 ペイジュと言い合っているうちに、またひとつ造花が完成する。


 与えられた予算で普通に造花を買い集めたところで、ウェスタレアに勝ち目などない。リアス社は主に貴族向けのドレスを作って販売する、衣料品専門の国内有数の大きな会社。それを思いのままに動かせる立場にエリザベートがいるのだ。彼女の自信満々な態度にも納得である。


「何か……違う視点から発想しないと、私は勝てない。何か……とても大胆で画期的な」


 それこそ、皇帝が言っていたような創造性が、こと最終選定においては重要なのだ。少なくとも、どこかの企業に依頼して工場で生産させるという、エリザベートと同じ手を使っても勝つことはできない。


「エリザベート嬢の倉庫を集計の前日に燃やす、とか?」

「それ犯罪ね。でもまぁ、正当な理由で、彼女の倉庫に花が集まらないようにすることはできるかも」

「正当な理由……?」


 ウェスタレアは完成した造花を箱にしまい、そっと顔を上げた。


「例えば、リアス社が倒産すれば、工場は稼働できない」

「……!」

「これは条件付きよ。リアス社を潰せるのは、あくまでリアス社が後ろめたい何かを抱えていた場合。でも少し気になるの。レイン公爵家にとって造花生産がたやすいということを分かっていながら、なぜ皇帝陛下が、花集めをお題に選んだのか。このお題には――裏のテーマみたいなものがあるのではないかって」


 まだ推測の域を出ていないが、ウェスタレアに与えられたテーマは単純に花を集めることではなく、皇帝の願いを叶えることではないだろうか。


『――ライバルに勝ちたいのなら、余がこの題を選んだ真意を考えるのだ』


 皇帝のこの言葉はすなわち、お題に隠れた意図を汲み取れさえすれば、勝ち筋が見えてくるということ。


 この皇妃選定は始まる前から、レイン公爵家という後ろ盾があるエリザベートに皇妃の座が渡ることが、実質的に決まっていたようなものだった。レイン公爵家だけではなく傾倒する勢力も、エリザベートを応援している。そのような中で、ウェスタレアに全く勝ち目がないなら、聡い皇帝がわざわざ半年の猶予を作る意味がない。


 皇帝の真意――正直な望みがあるとすれば、オレンシア皇家の権力と地位を維持していくことに他ならない。権力を次第に拡大してきたレイン公爵家の娘が妃になれば、皇帝にとって脅威となることは間違いない。花集めという不平等なお題、レイン公爵家、皇帝の真意……。これらの要素を適切に結びつけて考察し、実行しなければならない。


 そして彼の願いとは――レイン公爵家の排斥に関連することではないか。それが、この二週間で考えついたことだ。


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