30_皇妃選定の新たなお題
完結まで毎日投稿予定。(45話)
第2部連載にあたり、書籍に合わせてこれまでのお話を改稿させていただきました。
大きな変更点としましては、ウェスタレアのバイト先が、宝石屋から薬屋になっています。
少しでも楽しんでいただけますように…!
皇族が居住し、政治が行われるルシャンテ宮殿は、アルチティス皇国の栄華の中心だ。
広大な敷地に、立派な建築物がいくつも佇む。どこを見ても絢爛豪華で、巧みな職人の技術とオレンシア皇家の豊富な財力が惜しみなく注がれていることが分かる。
そんなルシャンテ宮殿の謁見の間に、ふたりの皇妃候補は呼び出されていた。皇帝の前で貧困をなくすにはどうしたらいいかという問いに答え、皇妃選定が半年延長されると告げられた――数週間後のことである。
広い謁見の間の一番高い場所に皇帝は座し、こちらを見据えた。その佇まいは峻厳としており、いつ見ても圧倒される。
「――ふたりとも、心の準備はできておるな?」
ふたりの皇妃候補のうちのひとり、エリザベート・レインは鮮やかなピンクのドレスのスカートを摘んでカーテシーを披露する。
もうひとりの皇妃候補、ウェスタレア・ルジェーンも美しく一礼した。
「もちろんでございますわ」
「もちろんです」
そして、ふたりの声が重なる。
(今日ここで、皇妃選定最後のお題が発表される。一体……どんなお題なのかしら)
アルチティス皇国では現在――皇妃選定が行われている。国中のあらゆる女性たちに参加資格が与えられ、その中から妃に選ばれたたったひとりは憧憬と羨望を寄せられることになる。国の一大行事に、民衆たちは関心を寄せていた。
今日この場に呼び出されたのは、他でもなく新たなお題発表のため。前代未聞の皇妃選定延長に、ウェスタレア自身も、この国の人々も当惑している。
権勢を誇る名家の令嬢と、異国で旋風を巻き起こした元悪女の、どちらが皇妃に決まるのかと皆して息を飲んで待っていたため、子どもが待ちに待っていたお菓子を取り上げられたようにお預けを食った気分なのである。
けれど延長は決定事項で、泣いても笑っても本当にこれが最後。半年後にはここにいるどちらかひとりだけが、皇妃に選ばれるのだ。
皇帝は長い髭をしゃくりながら、うむと呟き、部下から差し出された巻子本を手に取って広げた。
「皇妃選定、最後のお題は――『花集め』とする」
花集めとは一体なんだろう。そのひと言では具体的な想像がつかず、ウェスタレアとエリザベートは思わず顔を見合わせる。しかし、皇帝からすぐに詳細な説明があった。
これから皇妃候補たちには、それぞれルシャンテ宮殿に、同じ大きさの倉庫が与えられる。そこに半年後までにより多くの花を集めた方が勝ちとなる。
そして生花ではなく――造花に限定する、という縛りつき。確かに生花は保存に適しておらず、半年後の集計までには枯れてしまうだろうが、造花を買う方が、生花より高額になるのもポイントだ。
また、国民や誰かに訴え、譲渡してもらうのは無しとする。あくまで自分で作戦を立てて、造花を集めなくてはならない。
ふたりに割り当てられる予算は同額で、皇妃選定に必要なあらゆるものをこの予算から出さなくてはならない。例えば、造花を買うならもちろんこの予算から。だが、限られた予算ではどんなに安い造花を買っても、到底倉庫を埋め尽くすことは不可能だろう。
そして、人を使って造花を作らせるにしても、その人件費は予算から捻出する必要がある。更に、商売をするなどして予算を増やすことも禁止。ウェスタレアが以前、ドレスを買うためにカジノに行ったことも、今回の選定においては反則事項となる。
予想外のお題と厳しい制約に、ウェスタレアは下唇を噛む。
(……こんなの、明らかに――エリザベート有利のお題じゃない。この皇帝、毒針でも打ってやろうかしら)
懐に隠し持っている毒針に意識が向くが、あくまで脳内だけに留め、皇帝を睨めつけるような視線で一撫でする。
レイン公爵家は、この国で随一の権勢を誇る家門で、多くの事業を抱えている。特に衣料品産業に力を入れており、造花のために必要となる布を製造する工場を各地に持っている。造花を安く大量に生産するツテはいくらでもあるだろうし、狡猾にルールの抜け穴を掻い潜り、際どいこともしてくるだろうと想像できる。
皇妃選定は、アルチティス皇国の格式高い伝統だ。血統を重視する他の国々とは異なり、実力至上主義にこだわって優秀な女を皇室に入れ、その血を引く優秀な皇族たちが、皇国を繁栄へと導いてきた。
また皇妃たちは、統治者の配偶者という立場でありながら、その知性と能力で、陰から盤上の駒を動かしてきた。アルチティス皇国が大陸一の大国となったのも、この大胆で画期的な皇妃選定に裏付けされたものだと言われている。
だが、その最後のお題の内容は子どものお遊びのように思えた。しかも露骨なレイン公爵家への忖度を感じる。
「よいか、ふたりとも。単純なお題に思えるかもしれぬが、単純に取り組んだところで相手には勝てない。時に、単純なものは、どんな複雑なものより難しいもの。どのような角度でこの問題を捉え、取り組むかが重要だ。そなたらの創造性に期待しておるぞ」
皇帝はふたりに対しそう告げた。それは、優位な立場にいるエリザベートへ油断するなという忠告なのか、再び逆境に立たされようとしているウェスタレアを鼓舞する言葉なのかは、分からなかった。
すると、皇帝は大勢の騎士や部下を後ろに連れて謁見の間を出ていくとき、すれ違いざまにウェスタレアに耳打ちした。
「――ライバルに勝ちたいのなら、余がこの題を選んだ真意を考えるのだ」
他の人に聞かれないよう、鼓膜に直接注がれた言葉。ウェスタレアが不安を抱いていることを何もかも見通したかのような炯眼でこちらを一瞥したあと、何事もなかったかのように隣を通過していく。
(この皇妃選定には何か……『裏テーマ』があるということ……?)
しかし、花集めに隠された皇帝の意図を推し量ることがすぐにはできず、ウェスタレアはただ立ち尽くすのだった。
◇◇◇
謁見の間を出たあと、エリザベートは勝利を確信した様子だった。したり顔でこちらを見て言う。
「わたくしが次の皇妃になったも同然ですわね。この国にろくな後ろ盾のない異国人と、レイン公爵家の娘であるわたくし、そのどちらが有利かなど、火を見るより明らかですわ!」
「……」
彼女の言葉通り、レイン公爵家には権力や人脈があり、造花を手に入れるための方法をいくらでも用意することができるだろう。
(私に勝ち目なんて……あるのかしら)
わざわざ半年も猶予を与えておいて、お題は造花を集めるだけ。
それでどうやって、レイン公爵家とそれを支持する勢力を黙らせるほどの実力を見せろというのだろうか。
――勝てる自信がない。それが、お題を告げられた直後の率直な感想だ。
皇太子レオナルドの隣で腕を絡め、国民に笑顔を向けるエリザベートの姿が一瞬脳裏を過ぎる。その場所は、ウェスタレアが目指してきた、誰にも渡したくない場所なのに。
ウェスタレアが暗い表情をしていたらその不安が伝わってか、騎士のペイジュが心配そうな顔をした。
なけなしの自信を掻き集めて、エリザベートを見据える。
「どんなに不利でも……私はやれるだけのことをやるだけよ。最後まで、絶対に諦めない」
「あらあら、往生際が悪いこと。母国にお帰りになるなら、いつでも馬車をお貸しいたしますわよ」
「ふ。お構いなく。その馬車はあなたが教会に通うためにお使いになって」
「――教会?」
片眉を上げて、挑発するように告げる。
「ええ。いずれ、皇妃選定で私に敗れた心を慰めに行くためにね」
「なっ……!?」
エリザベートはかっと顔を赤くする。相変わらず彼女は、感情がすぐに顔に出るので分かりやすい。
彼女は両手の拳を握り締め、威嚇するようにこちらを睨めつけた。
「そのような生意気をおっしゃってやられるのも半年後までですわ……! あなたが泣いて悔しがるところを見れるのを、楽しみにしておりますからね」
「そっくりそのままお返しするわ」
ウェスタレアはくすと不敵に微笑み、踵を返す。
彼女の後ろ姿を眺めながら、残されたエリザベートは地団駄を踏むのであった。
新作『選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。』
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