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書籍発売記念SS ふたりを繋ぐピアス

 

 皇妃選定期間の延長が告げられたあとの、とある日。ウェスタレアはルシャンテ宮殿のレオナルドの執務室を訪れていた。

 扉の前で姿勢を整え、ノックをして入室を求めれば、すぐにレオナルドの「入れ」という声が返ってきた。


 執務机で政務をしていたレオナルドは、ペンを置いてこちらに視線を上げた。形の整った眉が寄せられている。


「なんの用だ? 金なら貸さないぞ」


 金の無心を疑われ、ウェスタレアはぴくりと頬を引き攣らせる。

 私財を投げ打って母国に支援したために、高貴な皇妃候補でありながら貧乏なのは事実だが。


「違うわよ。恋人がわざわざ会いに来たのに第一声がそれ? 失礼しちゃうわね」

「恋人……か。悪くない響きだ」


 満更でもなさそうにそう呟くレオナルド。あらぬ疑いをかけたことへの謝罪はない。

 ウェスタレアは呆れ交じりに息を吐き、ゆっくりと執務机の前まで歩いた。

 机の上には、政務の書類が山積みになっている。


「――これを、あなたに返すわ」


 ウェスタレアはいつも身につけていた青い石のピアスを机の上にことん、と置いた。このピアスは、ただのピアスではない。石の裏には次期皇帝――レオナルドの身分を示す紋章が刻印されており、これひとつで国家機密の禁書の閲覧や、騎士を動かすことができてしまう。


 ウェスタレアは不法入国した夜、そびえ立つ国境の壁のてっぺんから足を滑り落とした際に、レオナルドによって抱き留められた。彼が受け止めてくれなければ怪我をしていただろうし、打ちどころが悪ければ死んでいたかもしれない。

 その後、恩人である彼に毒針を刺した挙句、大事なピアスを奪い上げて逃げたのである。


 奪った日から、肌身離さず着けてきたピアスなので、耳に触れていた金具は変えておいた。


「これが返ってくるまで、随分と時間がかかったものだな。このピアスを見る度に、出会いの夜のことを思い出す」

「ひどい出会いだったけれど、今思えばいい思い出よね」

「お前が言うな」


 散々な目に遭わせたことは、まだ根に持っているらしい。

 彼にいぶかしげな眼差しを向けられるが、一方のウェスタレアは優美に微笑んで素知らぬ様子。


「だが……そうだな。空からお前が降ってきたときは、神秘的な姿に魅入ったのを覚えている」

「女神みたいだった?」


 執務机に頬杖をついていたずらに微笑みかけると、レオナルドはこちらの額をつんと指先で弾き、「見てくれだけはな」と言った。

 ウェスタレアはくすと微笑み、姿勢を戻す。


「そのピアスは、私とレオを繋いでくれるお守りみたいなものだったの。選考の間、大変なことがあってもこのピアスがあれば、あなたが傍にいてくれる気がして……」


 最初は、不法侵入の事実を知るレオナルドの弱味でしかなかった。弱味であるピアスを身につけているということは、安全にアルチティス皇国で過ごせるという証しだった。

 けれど次第にレオナルドに対する特別な情が芽生えていき、このピアスを持つ意味は変わっていったのだ。


(このピアスは、レオに会うための口実だった)


 ウェスタレアは、ピアスがなくなって寂しくなった耳元を指でそっと撫でる。


「お守りはもう不要か?」

「必要ないわ。だって、これからはいつでもあなたに会えるもの」


 晴れて恋人となったふたり。レオナルドに会うための口実は――もう必要ない。


 ふたりきりの皇妃候補であるウェスタレアとエリザベートには、ルシャンテ宮殿に住まいが与えられた。

 ウェスタレアは国籍を手に入れるために皇都に屋敷を購入したが、これからは主な生活の拠点をルシャンテ宮殿にしていくつもりだ。

 宮殿は政務が行なわれるだけではなく皇族の居住地でもあり、今までよりずっと彼に会いやすくなる。


「それにピアスだけではないわ。一年後には私はきっと――あなたの(もの)になる」

「……!」


 固い意思を込めてそう伝えれば、彼は瞳の奥を揺らした。

 もう一年皇妃選定が延長され、エリザベートとウェスタレア、どちらが皇妃の座を掴み取るかは誰にも分からない。

 どんなに険しい道でも、やれるだけのことをやるつもりだ。そして必ず、皇妃になってみせる。


「ああ。きっとそうなると信じて待っている。応援してる」

「ええ、期待して待っていなさい」


 ふたりは互いに微笑み合う。

 レオナルドはウェスタレアが返却したピアスを、自分の左耳につけた。

 すると彼は、もう一度ペンを取り、書類に何かを書きながら言った。


「――ちなみに、このピアスにどれくらいの値打ちがあるか知っているか?」

「分からないわ」


 アルチティス皇国に来たばかりのときもお金がなく、ペイジュに売ってはどうかと促されたことを思い出す。


「これを売れば、このくらいの金額にはなるが」


 レオナルドはこちらに向けて、片手で三本指を立てる。ウェスタレアは小首を傾げて思案した。


「三百万……?」

「――もう二桁足りないな」

「!?」


 屋敷が建てられるほどの額に、目を見開くウェスタレア。そんなに高価なら、返さずに売っておけばよかったかもしれない、と一瞬思ったとき、彼は全て見抜いたように言う。


「今揺らいだだろう」


 ギクリ。


「ゆ、揺らいでないわ」


 口ではそう言いながらも、ほんの少し後悔して肩を竦める。その様子を見たレオナルドは苦笑した。

 彼の左耳に揺れる長いピアスが、窓から差し込む陽光を反射してきらりと輝く。まるで、本当の主の元に戻ったことを喜んでいるみたいだ。


「やっぱり、あなたが一番似合うわね」

「そうか?」

「ええ。それはレオの耳にあるべきものなのよ」


 ウェスタレアはおもむろに手を伸ばして、彼の頬に添えた。そして親指の腹でゆっくりと耳たぶをなぞる。すると、ウェスタレアに撫でられる彼の顔つきが変わった。熱を帯びた眼差しに射抜かれ、どきっと心臓が跳ねる。


「――それは煽っているのか?」

「え……?」


 レオナルドはウェスタレアの手を掴んで引き寄せ、そのまま唇を――ちゅ、と押し当てた。

 顔は熱くなり、胸がきゅうと締め付けられる。彼の唇が触れる場所から、甘やかな痺れが身体に伝わっていく。……自分の心はずっと前から、この人のものなのだという実感とともに。


 これは、皇妃候補と皇太子の甘いひととき。

本日、各書店にて発売開始です。

レーベル DREノベルス様

イラスト 雲屋ゆきお先生


書籍化にあたってかなり加筆修正しております。

WEB版を既読の方もお楽しみいただけるかと思いますので、もしご興味を持っていただけましたらよろしくお願いいたします…!

また、主人公の名前をウェスタレアに変更いたしました。


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