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03_悪女は逃げ出した娘を助ける

 日が昇ったあと、ウェスタレアは市街地に行った。所持していた宝石を質屋でほんの一部売り払い、手に入れた金で適当な服を買う。


 暗い色のローブにフードを被れば、平凡な旅人といった風貌になる。


 乗合馬車に乗り、地図を開く。印をつけながらウェスタレアは思案した。


(ここから、ここを通って……)


 アルチティス皇国までは、ウェスタレアが今いる王都からだと、スリドという王国を越えなければならない。


 入国手続きには身分証を含めたいくつかの書類が必要となるが、偽造には時間がかかりすぎるので却下だ。皇妃選定まで時間がないから。


 となると、国境の検問が厳しい場所を避けて、山や川といった自然が境界線になるところをこっそり通過することになるが、そうすると到着までざっと3週間はかかる見込みだ。


 皇妃選定の一次選考は筆記試験。庶民の間で識字率が低いため、大抵は教育を受けられる環境下にある貴族の令嬢が残る。また、結果は順位付けされるため、上位に入れば皇族の印象に残りやすいだろう。


(移動の間にやることが沢山あるわ。勉強はもちろんだけど……協力者が欲しい。せめてひとりは)


 そして、一次選考を通過して先に進むと、侍女を伴わなければならない場面がくる。侍女の有能さは、主の能力を測る要素になるため重要だ。


(皇妃の侍女を選ぶのだもの。精神的にも、肉体的にも、強い人が望ましい)

 

 どこで侍女となる人員を確保しようかと考えながら、馬車の外に視線を向けた。

 アルチティス皇国と母国の間にぽつんと挟まる位置にあるスリド王国。この国は紛争が多く、治安が悪い。


「この町の人たちはなんというか……覇気がないですね」


 寂しげな街の様子が気になり、思わず御者の男に話しかけた。


「ここはちっと前に紛争があった地域だからなぁ。今は犯罪が横行している。人身売買とかな。お嬢ちゃんも気をつけた方がいい。あんたみたいに――見目がいい女は狙われる」

「……ご忠告どうも」


 ウェスタレアは顔を隠すように、さっとフードを目深に被った。すると、その直後。


「――助けてっ!」

「わっ……!?」

(何!? 人……!?)


 徐行する馬車の荷台に、ひとりの娘が転がるように飛び乗ってきた。服はかなり汚れていて、所々に血が滲んでいる。そして、両手を鎖が垂れ下がる手錠で拘束されていた。


 がたがたと小刻みに身体を震わせる彼女。


(……ひどい怯え方)


 彼女は瞳に涙を浮かべながら、懇願するように言った。


「追われてるの。かくまって……っ」


 必死に言葉を絞り出すような掠れた声。ウェスタレアは黙って頷き、ブランケットの中に彼女を隠した。まもなく、遠くから追っ手の男が数人走って来た。ウェスタレアは落ち着いた様子で、娘を隠した上に本を広げた。


 男たちはきょろきょろと辺りを見渡している。


「早く探せ! まだそう遠くへは行っていないはずだ!」


 ウェスタレアは察した。彼らは奴隷商人で、逃亡した()()を探しているのだと。


「――出して」


 小声で御者の男に指示すると、手綱が引かれ、馬が加速し始めた。娘はウェスタレアの膝元でがたがたと震えている。ブランケットの上から宥めるように手を添えた。

 荒れた市街を抜けたところで、娘に囁きかける。


「もう大丈夫よ。追っ手は来ない」

「本当……?」


 彼女はブランケットからひょっこりと顔を覗かせた。年齢はウェスタレアより少し上のようだ。


「ええ」

「良かった……」


 安堵してはぁと息を吐く彼女。そこで御者がこちらを振り返って言った。


「おいおい、こりゃとんでもないもん拾っちまったんじゃねーか!? そいつぁ恐らく、人身売買組織の奴隷だろう。バレたら俺の首まで飛んじまう!」

「お願いします、あの人たちに引き渡さないでください……っ。後生です、どうかお願いします。お願いします……っ」


 ウェスタレアは御者をぎろっと睨みつけた。


「ちょっと。この子の不安を煽るようなことは言わないで! 怯えてる」

「わっ、悪かった!」


 彼は気まずそうに頭を掻いた。けれど、奴隷を連れ出したことはかなり問題だ。明るみになったら脱走の協力者として報復を受けることになる。


(どうしたものかしらね)


 娘は頑丈な手錠の鎖を引きちぎろうと身じろぎ、金属が擦れる音ががちゃがちゃと響く。


「手錠を少し見せてちょうだい」

「は、はい……?」

「鍵がついているわね」

「……この鍵は、組織の偉い人にしか外せないんです。でもお願い、あそこには戻さないで……っ」

「分かっているわ。ちょっとじっとしていて」


 手錠の鍵はシンプルな構造になっていた。ウェスタレアはブランケットを留めていたクリップを外し、積み重なった荷物の箱の底に先端を差し込む。片手で箱を上からぐっと抑え、クリップを上に持ち上げるようにして曲げる。それから、直角に曲がったクリップをかざした。


 娘と御者の男は、ウェスタレアは何をし始めたのだろうかと顔を見合わせる。


 続いてフードを脱ぎ、髪を束ねていた髪留めを外し、中から針金を取り出す。


 真っ直ぐ伸びた針金を、直角に曲げたクリップと一緒に鍵穴に差し込む。


(――ここだわ)


 錠の中のピンと差し込んだクリップ、針金がぴったり適合したところで、くるりと回す。

 ――ガチャリ。解錠ができた。


「すごい……。クリップと髪留めで鍵が開くなんて……」

「鮮やかな手口でしょう?」

「えっと……」


 まるで泥棒のような言い方に、ぽかんとする娘。冗談を言い慣れていないせいで困らせてしまい、こちらまで少し気まずくなる。


「……じ、冗談よ。そんな困った顔しないでちょうだい」


 使い終わったクリップと針金をポケットにしまい、汚れた娘の手首を清潔なハンカチで拭き、ブランケットをそっとかけてやる。


「詳しい事情を教えてくれる?」

「はい。……お察しの通り、私は――奴隷として攫われたんです」


 娘は異国の下級貴族の娘で、あるとき旅行でスリド王国に来ていた。街に買い物に出かけたら、付き添いの者とはぐれてしまったらしい。


 そこで、道を案内してくれるという親切そうな男に付いて行ったところ――奴隷商人だったという訳だ。


 彼女には故郷に帰るのに十分な金を持たせてやる。女性ひとりでの移動は危険だろうと、市場で手に入る材料から作ったペンの形の毒針も渡す。筒の中に麻酔液が入っている。


「これは……ペン、ですか?」

「ただのペンではないわ。ちょっとした細工がしてあって、蓋を外して先端の針を人体に押し当てると、毒が投薬されるようになってるの」

「毒……」

「万が一のときはこれを使いなさい。非力な女でも身を守ることができるから」


 致死性はないが、相手の動きを封じるには十分な効果を発揮する。


「どうして毒にお詳しいんですか?」

「昔、ある人に教えてもらったの。美しい花は毒を持つことで身を守ると」

「……?」


 ウェスタレアの言葉の意味が分からず、首を傾げる彼女。

 ちなみにピッキングについては以前、毒針の武器を作るために本を読み漁っていたころにやり方を読んだことがあり、一度試してみたいと思っていたのだ。


「おじさん。私はここで降りるわ。この子をできるだけ故郷に近いところまで送ってあげて」

「はあ!? 厄介事は俺に押し付けようってか? そりゃないぜ」

「奴隷商人も暇ではないから、たかがひとりの脱走者のために追っては来ないわ。それに彼女を縛る鎖は外れている」


 ウェスタレアは、外した手錠を御者の鼻先にかざした。


 しかし、彼は不満そうにわしゃわしゃと頭を搔いて不服そうに「勘弁してくれよ」とボヤいている。


「ならこれでどう?」

「!」


 今度は、針金を抜いた髪留めを目の前にちらつかせる。高そうな宝石が埋め込まれている髪留めを報酬にすると交渉すると、彼は「人使いが荒いお嬢ちゃんだ」と不満げに言いつつそれを受け取った。


「あの……助けていただいた上にお金まで恵んでいただいて、なんとお礼を言っていいものか……」

「当たり前のことをしただけよ」

「いえ、そんなことはありません。いつかこのお礼は必ずいたします……!」

「その気持ちだけで十分よ。いつか困っている人がいたら、その人に手を差し伸べてあげて。それじゃ、お元気で」

「待って……! 私はライラって言います。あの、名前を……!」


 ウェスタレアはふっと目を細めた。


「コルダータ。姓はないの。今はまだ――ただのコルダータよ」


 馬車を降りたあと、近くの宿屋を探す。予定では今日はもう少し移動して、4つ先の街に泊まるはずだったが――急遽変更だ。


 脱走した娘の話によると、奴隷商には愛玩用の見目の美しい女から、農奴にするための屈強な男まで揃っているらしい。


(奴隷商……。興味が湧いたわ。そこに行けば、条件に合うものが手に入るかもしれない)


 日が暮れ始めて、周囲のあらゆるものがオレンジ色に染まっていく。ウェスタレアは宿場町の人混みに消えた。


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