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28_悪女よ、皇妃の座を掴め(2)

 

 謁見の間を出た瞬間、エリザベートが膝から崩れ落ちて泣き始めた。侍女たちが集まって来て、彼女のことを支える。


「……もうわたくしはだめですわ。絶対に選ばれません」

「そ、そんな……! お嬢様ならきっと大丈夫ですよ! だって、お嬢様は国1番の皇妃候補ではありませんか」

「慰めは要りませんわ! 離して!」

「きゃっ――」


 乱暴に腕を振り払われ、侍女は小さく悲鳴を上げて尻もちを着いた。

 顔を両手で覆いながらすすり泣くエリザベートを尻目に、控え室に戻ろうとすると、後ろから話しかけられる。


「……いい気味でしょう? 不正を重ねたわたくしを実力だけで負かすなんて」

「まだ結果は分かっていないわ」

「いいえ。陛下はあなたに関心を示しておいででした。それもそうです。あなたは自分の力で汚名返上し、異国からここまで這い上がってきた実績がある。一方でわたくしは生家の強さだけで押し上げられた名ばかりの候補者ですもの」

「…………」


 ウェスタレアは振り返り、エリザベートの元まで歩んだ。彼女を冷たく見下ろしたまま言う。


「私たちはやれるだけのことをやった。それだけよ」


 ずるをして、他人を蹴落としてまで皇妃の座を手に入れようとしたエリザベート。けれどそれだけ、本気だったということだ。ウェスタレアだって全く潔白という訳ではない。不法入国してここに来て、何としてでも這い上がろうと手段を選ばなかった点では、彼女と同じだ。


「やれるだけのことをした? ふふ、どんなに頑張ったって、報われなくては無駄な努力ですわ」

「そうやって泣いたって、あなたの欲しいものを誰かが与えてくれたりしないわよ」

「わたくしだって……! 好きで不正をしていた訳ではございません! ……国一の皇妃候補と言われながら期待に応えられなかったら、わたくしは一族のとんだ恥晒しですわ。お父様にもどんなに叱られるか……」


 エリザベートは父親を思い浮かべて顔を青白くさせてから、何もかも諦めたような声で言う。


「もっとわたくしのことを嘲笑い、責めなさい。恨んでいるのでしょう? わたくしのしでかしたことを、レオナルド様にもバラせばいいのですわ……」


 切々と胸の内を打ち明けた彼女。ウェスタレアは小さく息を吐いて、彼女の肩に手を置いた。


「そう……よく分かったわ。あなたを苦しめているのは――罪悪感なのだと」


 周りからの期待に応える自信がなくて、想い人であるレオナルドの傍にいたくて、悪いことをした。けれどそれを自覚し苦しんでいる彼女には、まだ救いがある。


「わたくしは……っ」

「悪いと思う気持ちが少しでもあるのなら、これから心を入れ替えればいいの」


 改心せずに悪を重ねた結果、前王妃デルフィーヌは死んだ。だがエリザベートは若く、やり直すチャンスはいくらでもある。

 ウェスタレアはエリザベートへの怒りを一旦捨てて、宥めるように微笑みかける。


「私はあなたを責めない」

「でもわたくしは……あなたのドレスを――」


 切り裂いた、と言いかけた唇を人差し指で塞ぐ。そっと首を横に振り、あの件は水に流すと暗に伝える。


「あなたがしたことは、誰にも言っていないから」

「!」

「今後も決して口外はしないと誓うわ。これでもう、お互いのわだかまりはなしにしましょう。どちらが選ばれても恨みっこなしよ」

「…………」


 懐から出したハンカチを、これで涙を拭いなさいと手渡し、ウェスタレアは背を向けた。悠然と立ち去っていく後ろ姿を見つめ、エリザベートはため息を吐く。


(なんて寛大な……)


「わたくしでは到底、敵わない訳ですわ……」




 ◇◇◇




 ルシャンテ宮殿内の会議室に、レオナルドと皇后カネラ、皇帝が集まっていた。最終選考が終わり、これから誰を皇妃にするかを決める話し合いが行われるのである。中央の椅子に座した皇帝が、こほんと咳払いし、会議室に緊張感が走る。


(陛下は一体……どっちを選ぶ?)


 謁見の間で行われた最後の選考。レオナルドはウェスタレアを応援しているが、カネラは小さなころからエリザベートを可愛がっているという経緯があり、票が割れることは予測済みだ。


 レイン公爵家に傾倒する皇子と皇女は、レオナルドが議会に直談判して推薦員から除いたが、あとは皇帝の1票で決まるといえる。


 ルムゼア王国の裁判の一件は、アルチティス皇国でも周知の事実。


 国をかき乱す大事件を起こした張本人ウェスタレアの最終選考参加に一部で不満の声が上がったが、皇帝の『彼女の参加を認める』という鶴の一声でその声はなくなった。だから、皇帝もウェスタレアの存在を一目置いていることは確かだ。


「カネラ皇后。そなたはどちらが皇妃にふさわしいと思った?」

「私はエリザベート嬢の方が優れた皇妃候補といえると思いました」


 カネラは予想通りの答えだった。


「ではレオナルド。お前の意見はどうだ?」

「私はウェスタレア・ルジェーンが良いと思います」

「うむ。……そうか」


 更に皇帝が続ける。


「余が皇妃にふさわしいと思ったのは――エリザベート・レインだ」


 その言葉に、レオナルドの心臓がどきんと跳ねる。

 問いに対して、エリザベートは貴族の規範という、皇族のあり方という観点で答えを述べた。一方で、ウェスタレアは教育や病対策など、政治的な視点から具体的な案を述べた。


「この問いは――次期皇妃に尋ねたものだった。皇妃の本来の役目は、皇帝を影で支え、民に自愛を注ぐもの。余は政策立案者に聞いたのではない。そういう意味で、求められていることを適切に解釈しているのはエリザベートだと言える」


 そして、ウェスタレアの指摘は、現在の政策への批判が込められていた。それはつまり、政策の責任者である皇帝に対する批判と取られてもおかしくはないということ。


「……ウェスタレア・ルジェーンは実に賢く、正義感も強く、一本筋が通っておる。――だが、実直すぎるな」


 もっともな感想だ。ウェスタレアは自分が正しいと思ったことは曲げない頑固さがある。そういうところをレオナルドは気に入っているが、受け手次第では、生意気だと取られかねない。


「では、皇妃はエリザベート・レインで決定ですか」

「その顔。何か不満でも?」

「……いいえ」


 ここでウェスタレアが選ばれなかったのなら、彼女の力が及ばなかったというだけだ。レオナルドもこれ以上肩入れして何かするということはしない。


 しかしそこで、カネラがもう一度口を開いた。


「皇妃として求められている答えだったのはエリザベート嬢でしょう。ですが、私は――ウェスタレア嬢を気に入りました。ああいう女性が今の世の中を変えるのではないかと思います」

「そうだな。余もあの娘に興味が湧いた。あの娘を選べばそれこそ、レイン公爵家はかなり反発するだろうが、もしかしたら彼女は、レイン家に対抗する切り札になるやもしれん」


 この国でもっとも影響力があるのは、エリザベートの実家、レイン公爵家だ。『悪の貴族』と囁く者も多く、その闇は、ウェスタレアが打ち勝ったデルフィーヌよりも深く、濃い。


 レイン公爵家に外戚権力を握らせることに、オレンシア皇家として抵抗があったのも事実。しかし、今まではエリザベート以上に素質がある令嬢が現れなかったのだ。


「それに、余を前にしても物怖じせず、『私を選べ』と目で訴えてきおった。誰かの熱意に心を揺さぶられたのは久しぶりのことだ。レオナルド。お前はあの娘をどう見る?」

「……彼女は皇妃になるために生まれてきたのだと思っています」

「ほう、お前がそこまで言うか」


 しばらく話し合いが続いたあと、皇帝は両手を組み、言った。


「ではひとつ。――こういうのはどうだ?」



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