表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/76

23_悪女は奔走する

 

 翌日、ウェスタレアとペイジュは王宮に行った。厚く化粧をしてそばかすを描き、ウィッグを被り、更に外套のフードを被ってできるだけ姿を隠す。ウェスタレアを見ても、処刑された悪女だと分かる人はほとんどいないだろう。


「こんな場所にひとり目の証人がいるんです?」


 訪れたのは王宮の懲罰房。ウェスタレアの目当ての相手は、ここで清掃員をしている。牢屋の前で掃き掃除をしている男性を見つけて声をかける。


「こんにちは。あなたが亡くなったカロライナさんの旦那さん、トーニオ・ウーゴさん?」

「え、ええ。そうですが……」

「奥様が――前王妃に毒を盛られたお話を詳しく聞きたいのだけれど」

「それは……っ!」


 トーニオは驚き、持っていたほうきをカランと落とした。青白い顔を浮かべてこちらに迫って来た。


「ここでは誰が聞いているかも分かりません。――奥へどうぞ」


 案内されたのは、懲罰房の管理室。人はおらず、古びた木と埃の匂いがする。トーニオはペイジュに茶を用意してくれた。あなたたちは何者なのですかと問われる。


「――前王妃と王女の裁判の、被害者側の弁護人をしているの」

「……ウェスタレア公女の」

「そうよ。前王妃に関係する証言を集めているから、あなたに力を貸していただきたくて。奥様のために戦えるチャンスは、そう巡ってくるものではないわよ」

「…………」


 彼はカップを握り締め、亡き妻の話を始めた。

 カロライナは王宮の下女をしていた。しかしあるとき、王宮の掃除中にデルフィーヌが異国人と話しているのを目撃し、何か見てはいけないものを見たのだと察してその場は逃げた。


 だが、スカーフを落としてしまい、すぐに前王妃が持ち主を突き止めたのだった。その日はたまたま雨が降っていて、王宮の近くで働いていたトーニオはカロライナに傘を届け、事の経緯を聞いた。トーニオは狼狽える妻に「仕事が終わって家に帰ってから、それについてゆっくり話そう」と伝えて一旦仕事に戻った。


 その日の夕方、茶会と称した集まりに呼び出されたカロライナは、追及を受ける。見たもの、聞いたことは口外しないと誓いを立てたが、猜疑心の強いデルフィーヌはそれを信じなかった。


「――そして妻は……冷たくなって帰ってきました。その場に居合わせた者の話によると、前王妃様に出された飲み物を飲んだ瞬間、泡を吹いて倒れたとか……」

「でも、死亡診断書は病死と書き換えられたのよね。実際には中毒死だったのに」

「……おっしゃる通りです」

「あなたは直接奥様のご遺体を見たの?」

「は、はい」


 ウェスタレアは彼から死後の状態を聞いて書き記していく。

 顎に手を添えて思案する。カロライナかの死後の状態から、いくつかの毒草が思い浮んだ。


「――中毒死の典型的症状で間違いないわ。病死じゃない」


 カロライナは口封じのために殺されたのだ。そして夫であるトーニオは、妻の死を明らかにし、デルフィーヌに一矢報いる機会を得られないかと、王宮の中に忍び込んで労働していた。


「それで……奥様は具体的に何を見て、聞いたというの?」

「異国人との交渉現場を見て、『デボラ』という言葉を聞いたとか。私にはそれがなんのことかさっぱり……」


 なるほど。ここで繋がるのかとウェスタレアは肩を竦めた。


「デボラはアルチティス皇国の商会の名前よ。金さえ積めば、どんな違法の代物でも売ってくれるという商売をしている。前王妃はデボラ商会の上客で、王宮にバレないように、武器や毒を入手していたの」

「そんなことのために妻は……殺されたのですか。そんな、秘密のために……」


 トーニオの声は震え、瞳から涙を流している。

 ウェスタレアは彼に、証言台に立ってほしいと改めて依頼した。万が一、裁判に負けたら報復を受けるかもしれないということを前置きして。


「ぜひ、協力させてください。どうせ私には失うものはありません。これを妻への最後の弔いにしましょう」

「そのお覚悟、感服いたします」


 こうしてウェスタレアは、ひとり目の証人を得た。


「ペイジュ。カロライナさんの死後に診断書を出した医者を調べるから、至急会いに行って。言っておくけど、死亡診断が誤りだったことを認めるまで帰ってきてはだめよ」

「ええっ!? そんな、無茶な……」


 ウェスタレアの無茶な要求に、ペイジュは面食らうのだった。


 トーニオと別れてから、デルフィーヌと因縁がある侍女や下女、宮廷の役人などに交渉をして回った。デルフィーヌたちに動きを勘づかれないように、慎重に進める。彼女に深い恨みを持つ者たちは、交渉に応じてくれた。


「……驚きました。前王妃と関係がある者をこれほどよくご存じでしたね」

「私もただひっそりと暮らしていた訳ではないわ。王宮の人たちの噂話に耳を傾けて、情勢を理解しようとしていたの」


 あのころは、何も知らずにいたくないという思いで集めていた情報だった。しかし、有力な証人を集められたのは、自分の力だけではない。


(感謝しています。フィリックス様)


 フィリックスの調査してくれた情報があったからだ。ウェスタレアは作ってきたリストを握り締めた。


 王宮の敷地内。視線の先に可憐な娘が通りかかった。まっすぐ伸びたプラチナブロンドの髪が揺れるのと同時に、白い帽子が飛ばれてこちらに飛んでくる。


 ウェスタレアが足元に飛ばされた帽子を拾い上げると、彼女は目の前まで駆け寄って来た。


「拾ってくださってありがとう!」


 帽子を受け取り、花が咲いたような笑顔を浮かべたのは――リリーだった。


 実に処刑の日ぶりの再会である。ウェスタレアにとって因縁の相手。髪色を変えて化粧で顔を隠してはいるが、できるだけ目を合わせないようにする。すると彼女はこちらをじっと見つめて言った。


「あなた、どこかでわたくしと会ったことがある?」

「…………」


 声を出したら正体が分かってしまうかもしれない。だからウェスタレアは、わざと枯れたような声を出した。


「な、ないと思います」

「……随分と低い声なのね?」

「ちょっと風邪気味で……ごほっ、ンン」

「やっぱり、見覚えがあるような……。ちょっとそのフード、外してみてちょうだい」


 フードを外すことを躊躇していると、ペイジュが助け舟を出してくれた。


「――悪いですけど。フードの中をお見せすることはできません。彼女には額に大きな傷があるんです。急いでいるのでこれで失礼しますね」


 はっきりとした物言いに、リリーの後ろにつき従っていた侍女が顔をしかめる。


「ちょっとあなた! この方は王女様なのよ!?」

「それが何か?」

「その失礼な態度を改めてなさいと……」


 ペイジュの端正な顔に見つめられて、侍女が一瞬見蕩れかけたところで、リリーが制する。


「もういいわ、やめなさい。ごめんなさいね。わたくしったら配慮に欠けていたわ。でも本当にあなた、どこかで見たことがあるような――」


 彼女が小首を傾げたとき、遠くから別の侍女が「急いでください」と呼んだ。


「もう行かなくてはならないわ。それじゃあ、またどこかで」


 手をひらひらと振りなら慌てて去っていくリリー。ペイジュのおかげで命拾いしたと安堵する。


「肝が冷えたわ。ありがとう、ペイジュ。彼女がリリー王女よ」

「へぇ、あれが。告発されている立場だというのに、随分と余裕の様子ですね」

「……すでに前王妃が手を回しているのでしょう」


 長い付き合いなのに、少しも本心が見えてこない。処刑のときに初めて見せた意地の悪い笑顔を思い出し、背筋に冷たいものが流れた。



 ◇◇◇



 リリーは王宮内の前王妃の部屋に向かっていた。本宮の中で最も贅を極める一室。扉には曲線を描く精緻な彫刻が施されており、扉の脇には立派な騎士が数名控えている。


「――中へ通してくれる?」

「はっ!」


 騎士がデルフィーヌに確認を取り、入室を許可してくれた。部屋に入る前に、リリーは彼らに微笑みかけた。


 しかし、デルフィーヌの部屋に入って2人きりになって初めて、淑やかな令嬢として貼り付けていた笑顔を消した。


 デルフィーヌはひとりがけの大きなソファに腰を沈め、優雅に昼間から酒と甘味を嗜んでいる。


「忠告に参りました。――軽率な行動は控えるように、と」

「へぇ、あなたが私に?」


 穏やかだったデルフィーヌの目つきが、試すようなものに変わる。しかしリリーは全く動じない。


 何者かによって、デルフィーヌが異国から流行病に効く薬を買い占め、高値で売り設けているという情報が世間に流された。そのせいで民衆の反感を買い、デルフィーヌの心証が悪くなっている。大事な裁判を控えているというのに。


(この件はきっと、フィリックス様が関与している。そうとしか考えられないわ)


「何をそう焦っているの。狼狽える必要はないわ。薬草の買い占めはデマだった。記事を書いた人間は処罰する。これで解決でしょう?」

「求心力が下がっていることが深刻なんです。今私たちは告訴されているんですよ!?」

「それも心配ないわ。偽の証拠も作ったし、証人も用意した。裁判官は私の息がかかっているわ。それに、毒を入手したルートは突き止められるはずがないしね」


 ルムゼア王国とは交易を禁じているアルチティス皇国のデボラ商会から仕入れている。フィリックスもそこまでは調査を回さないとは思うが。でも、何かおかしい。


「本当にそれで問題ないと……お思いですか」


 確かに、今までならうまくいっていただろう。


「おかしいとは思いませんか? これまで前王妃勢力に迎合していた王太子が、突然反旗を翻すような真似をするなんて。……死んだ者の潔白を晴らすためだけに、そのようなことをする利があるとは思えません」


 それに、墓から持ち出されたウェスタレア・ルジェーンの遺体がどこからも見つかっていないのが奇妙だ。


「ははっ、まさか彼女が生きているとでも? 血を吐きながら死ぬ瞬間をその目で見たのでしょう?」

「それは……そうですが」


 処刑の日、確かにリリーはウェスタレアの最期を見た。

 しかし、もうひとつ引っかかっていることがあった。ウェスタレアが毒杯を飲み干す前、余裕の表情を浮かべていたことだ。それはただの強がりなどではなく、彼女の瞳には燃えたぎるような闘志が宿っていた。


 かもしかして彼女はどこかで生き延びてきて、リリーに復讐するためになりを潜めているのではないか。


(さすがに考えすぎよ。……こんなのどうかしているわ。ウェスはそんな反骨心があるタイプじゃないもの。私が一番よく知ってる)


 きっとただ疲れているだけだ。馬鹿な考えは捨てよう。


「私はただ、お母様と私の幸せが妨げられるのが怖いのです。お母様とともに、いつまでも健やかで幸せに暮らしていきたいから」

「まぁ、リリーったら。相変わらずお母さん子ね」

「ええ。お母様のことが世界で一番大好きです!」


 きっとデルフィーヌが全て丸く収めてくれる。今までのように、自分はこうして彼女に気に入られるように振る舞っていればいいのだ。


 リリーは愛らしい笑顔を浮かべて、デルフィーヌの肩に甘えるように顔を擦り寄せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
発売中です。雲屋ゆきお先生に美麗なカバーイラストを描いていただきました。2巻も予約受付中です! i832709 【公式サイト▶︎▶︎】 公式サイト
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ