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14_縁はめぐりめぐって

 

「ありがとうございます。……私を選んでくださって」

「敬語はどうぞおやめください。あなた様は命の恩人。私にとって敬うべきお方です」

「……あなたがそれを望むなら。分かったわ」


 話を聞くと、ライラは元々下級貴族の令嬢で、ペトロフ侯爵と恋仲だった。身分差があるため結婚はライラが断っていたが、ライラが行方不明になって帰ってきたことで侯爵は大層喜び、彼女も勇気を出して結婚に踏み切ったという。


 侯爵夫人は心の病や犯罪歴があるという噂だったが、犯罪に巻き込まれた過去が実際と異なる形で伝わったのだろう。


 スリド王国で彼女に貸したお金も丁寧に返済された。返してもらうつもりはなかったのだが、律儀な人だ。


「ひとつ誤解しないでいただきたいのですが、私はコルダータ様に恩があるというだけで決めた訳ではありません。そうでなくても選んでました」


 選考は、礼儀作法やマナー、人柄、美しさなどを総合的に見るのだと続ける。


「全てを評価した上で、コルダータ様は最も優れていらっしゃいました」

「……ありがとう」


 すると彼女は、そうだ、と手を合わせて一通の手紙をこちらに渡して来た。中身を読んでみると、それは三次選考の夜会の招待状だった。三次選考は、候補者10人が集まり、推薦人とともに皇帝の母親である皇太后主催の夜会に出席する。そこで社交ダンスや礼儀作法、振る舞いを彼女に審査され、最終選考まで進ませるか判断される。


 そして、最終選考はルシェンテ宮殿にて、皇帝の御前で問答を行う。


「それにしても、不思議な縁ね。偶然あなたが私の審査員になるだなんて」

「……偶然ではありませんよ」

「え……?」


 アルチティス皇国に戻ってからというもの、ライラは恩人であるウェスタレアのことを探していた。


「ある社交界の集まりの日でした。コルダータというお名前の恩人を探していると言ったところ、皇太子殿下が心当たりがあるとおっしゃったんです。そして、皇妃推薦人の資格を与えてくださいました。コルダータ様に恩をお返しする機会を与えてくださったのは――皇太子殿下なんです」


 しかし、ウェスタレアは皇太子と面識はない。なぜ、と首を傾げる。


「皇太子殿下は……私を知っているということなの?」

「お知り合いではなかったのですか? 随分と親しい相手を語るようなご様子でしたが……」


 ライラが審査員になるように采配したのは皇太子だった。けれど、彼がウェスタレアを気にかけてくれるような理由に心当たりがないし、そもそも会ったことすらない。知り合いが少ないウェスタレアと面識があるのは、この国ではバイト先のダニエルに、街の人たち、ペイジュ、それから――レオくらい。


(一体……どういうことなの?)


 ウェスタレアは頭に疑問符を浮かべるしかなかった。



 ◇◇◇




 二次選考のお茶会が終わり、ライラから受け取った王宮からの書簡を手に屋敷を出ると、門の外でレオがひとり待っていた。


「――終わったか。結果は?」

「通過したわ。それより、あの男の子の妹さんは?」


 彼は決まり悪そうに続けた。妹は重度の栄養失調で、一時的に治療したところで根本的な解決にはならないのだ――と。彼女に必要なのは薬ではなく、十分な食事だった。少年やその妹のような境遇の子どもたちは、他にもいくらでもいる。それが孤児の窮状なのだ。ウェスタレアにはどうしてやることもできない。


「情けない話だ」

「え……?」

「民の窮状を目にしても、何もしてやることができないとは」

「あなたの責任ではないわ」

「ああ。――ひとえに皇家の力不足だな」


 レオは、ひどく悔しそうな顔をしていた。まるで自分を責めるように。


「レオがあの子を薬屋に連れて行ったように……私たちはそうやって、手の届く範囲で人々を助けていくことしかできないわ」

「…………」


 どこか自信がなさそうな顔をするレオに、微笑みかけるウェスタレア。


「……ねぇ、少し付き合ってくれない?」


 レオを連れて再びアルバイト先の薬屋に行く。


「コルダーダちゃんいらっしゃい。そのお連れさんはさっきの……」


 怪しげな風貌の店主ダニエルが、レオの姿を見て意味深な表情をする。ちょっと待っていてくれと店の奥に消えたかと思えば、緑色の液体が入った瓶を持ってきて、ウェスタレアだけ店の隅に呼び出す。


「あの男前は、コルダーダちゃんのコレかい? 嬉しいよ。君は隙がなくて男が寄ってこないんじゃないかって心配してたからね」


 親指をぴこぴこと立てて恋人ができたのかとからかってくる。


「ち、違います。ただの友人ですし、そんな心配していただかなくて結構ですから」

「あー分かった分かった。そういうことにしておこう。とりあえずこれ、受け取っておきなさい。なに、料金は要らない。いつも世話になってるからね」

「なんですかこの怪しすぎる液体」

「――惚れ薬だよ」


 そういえば以前、大釜で惚れ薬なるものを作っていて液体が爆発したことがあった。いたずらを企む子どものような顔を浮かべる店主に無言で小瓶を突き返す。


「要りません! どうせ飲んでも飲まなくても変わらないですし」


 飲んでも飲まなくても変わらない、と評価されるこの店。ダニエルはすっと半眼を浮かべる。


「……それ、君も言っちゃう? うちで働いてるのに」

「事実ですから。そんな薬はいいですから、欲しいものがあるので普通に買い物をさせてください」

「何の薬草が欲しいんだい? 最近、爪が三倍の速さで伸びる薬を手に入れて――」

「自分で探すのでお構いなく」


 ウェスタレアはカウンターの奥に入

り、自分で棚の中を探し始めた。


 いくつかの薬草を組み合わせて購入し、彼に渡した。店の近くに湖があり、水辺のベンチに腰を下ろす。


 2人で目の前に広がる湖面を眺めた。この薬草は睡眠を改善する効果があるから煎じて飲むように――と伝える。レオの目の下にはクマができていた。初めて会った日は暗がりでよく見えなかったが、彼は時々うっすらとクマができているように見える。


「眠れていないの?」

「もう慣れた。不眠症というやつだろう」


 よほど、精神的なストレスを抱えているのだろうか。心配になったウェスタレアは彼の腕をそっと引いて、膝の上に寝かせた。


「少し、休んで。お顔色がよくないわ。水の流れる音を聞きながら目を閉じて、深呼吸するだけでいい。少しは疲労が回復するから」

「ふ。俺を心配してくれるのか?」

「まさか。不法入国を口外させないように恩を着せたいだけ」

「まぁ、そういうことにしておこう」


 レオはどこか楽しげに、ふっと頬を緩めた。

 本当は、レオがウェスタレアの秘密を守るつもりでいてくれるのだと分かっているし、信用している。


 本気でピアスを奪うつもりならできるはずなのに、そうしないのは意思がないからだろう。もうピアスを返してしまってもいいのではないかと思ったりもするが、手放す気にはなれなかった。――レオとの繋がりがなくなってしまう気がして。


「最近……つい足が皇都に向く。偶然どこかでお前に会えないかと。お前が嫌がるならもう来ない」

「……嫌では、ないわ」

「そうか。……ならよかった」

「だがお前が皇妃になれば、もう会うことはできなくなるな」

「…………」


 皇妃になれば、活動も制限される。それに、皇太子の妻という立場がある以上、他の男と親しくするような不義理を働くことはできない。


 レオはこちらを見上げながら言った。


「考えたことはあるか? 見知らぬ男と結婚するのが、どんな辛いことか」

「……皇妃になれるのなら、受け入れるわ。それにもしかしたら、素敵な方かもしれない」

「いや、皇太子はろくでもない男だ。冷酷で、多くの者を傷つけた」

「まるで皇太子殿下をよく知っているような口ぶりね」

「…………」


 ウェスタレアは空を見上げた。


 捨てられないのだ。皇妃への憧れを。幽閉されていたころの努力が報われてほしいと思う気持ちを。妃になる以外の生き方を、少しも想像できないのだ。


「人生とはままならないもので……。時々、ひどい理不尽に遭ったり、不安になるような出来事が起こります。誰もが自分の中の弱さと向き合いながら進んでいかなくてはならない。それでもね、人生は決して、捨てたものではないとも思うの」


 どんな絶望の渦中にあっても、それと同じくらい、いやそれより遥かに大きな希望が一緒に与えられるものだ。絶望の色が濃すぎるあまりに、見えていないだけで。

 ウェスタレアは、懐かしい記憶を思い出しながら続けた。


「以前あなたも言ってくれたけど、私の旧い友人が同じことを言っていたわ。――努力は何らかの形で必ず実を結ぶって。だから大丈夫。あなたが何に悩んでいるのか分からないけれど、いつかうまくいく。応援しているわ」

「旧い友人……か」

「ええ。今はどこで何をしているかは分からないけれど、孤独だった私を励ましてくれた友達……なの」


 さっと懐から毒針の武器を取り出してかざし、液体の注がれた透明な筒を傾ける。陽の光を反射して繊細な輝きを放つ毒薬を眺めながら、懐かしさに目を細めた。毒薬を学ぼうと思ったのも、あの少年の言葉がきっかけだった。


「きっとその友は、今もお前のことを想い、応援しているだろう」

「もうとっくに私のことなんか忘れているわ。だって、会ったのはもう随分昔だし」

「友というのは、どんなに離れていようと、何年会わずとも、親しくいられる存在なんだ。知らないか?」


 それは、離宮に迷い込んだ少年が言ったのと一言一句違わぬセリフで。


『友というのは、どんなに離れていようと、何年会わずとも、親しくいられる存在なんだ。知らないか?』

『知らないわ。だって私……友達が少ないから』


 どきっと心臓が跳ねる。そのやり取りをした記憶が鮮やかに蘇り、口をついたように返した。


「し、知らないわ。私は……友達があまりいないから」

「そうだな。なら覚えておくといい」


 彼はそっと目を閉じた。次第に身体の力が抜けていき、ウェスタレアの膝に頭を乗せたまま寝息を立て始めた。眠っていたら子どものような顔で。


「――おやすみなさい。レオ」


 顔にかかった髪を退け、そっと囁きかけた。


 ふと視線を湖に移す。

 湖面はせせらぎ、小さな鳥が羽ばたいている。木の葉っぱが揺れる穏やかな音が、鼓膜を揺らした。


 皇太子はよく視察にあちこち出かけていて、剣の達人と聞く。年齢もレオと同じくらい。見た目の特徴も完全に一致している。不審な点はいくつもあった。


 レオナルドは、ライラをウェスタレアの推薦人に選んだ人。関わりもないのに、なぜ手助けをしてくれたのかと疑問に思っていたいたが、ここで初めて、点と点が繋がる感覚がした。


「皇太子殿下の名前はレオナルド・オレンシア。それが、あなたの名前……?」


 目の前で眠る彼は……皇太子なのではないか。そして、コルダータとして会うよりもずっと前に、離宮で会ったことがあるのではないか。


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