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01_悪女は処刑される


 小さなころから、王妃になることに憧れていた。


 実際に次期王妃に選ばれたときは、夢が叶うのだと嬉しかった。だが、いざ王太子の婚約者になると、徹底的な妃教育という名目で……離宮に閉じ込められてしまうのだった。


 あらゆる人との交流を絶たれていたが、たった一度だけ、歳の変わらない少年が離宮に迷い込んで来たことがあった。

 

「私は……素敵な王妃になることを夢に見てる。……今のままでは、生きていて誰の役にも立っていない感じがするの。それがとても辛い。耐えがたいくらいに」

「その努力は、やがて何かの形で実を結ぶ。君はよい王妃になれるだろう。ずっと――応援している」


 ずっとひとりぼっちだったから、家族以外の誰かに応援してもらえたのは初めてのことで。

 いつか立派な王妃になり再び会えたら、お礼が言いたいと思っていたが、もはやその願いが叶うことはないだろう。

 なぜなら自分は無実の罪で裁かれ、王妃の座に就く前に殺されるのだから……。




 ◇◇◇




(……あの少年は、今どんな大人になっているのかしら)


 懐かしい記憶に思いを馳せるが、死刑執行人の声で意識が現実に引き戻される。


「ただ今より、罪人ウェスタレア・ルジェーンの死刑を執行する!」


 公爵令嬢ウェスタレアは、王女リリー暗殺未遂の罪で薬殺刑が言い渡された。それが3日前のことで、あれよあれよという間に処刑台に立たされている。実際には冤罪だったが、無実を主張しても受け入れられなかった。


(随分とせっかちね。……よほど私のことが疎ましいみたい)


 王都の中央広場。石畳の一段高くなった場所で、後ろに手を縛られ兵士2人に拘束されている。


 王女を殺そうとした悪女の公開処刑を見ようと、広場は平日の昼間にも関わらず大勢の野次馬でごった返しになっている。処刑台に上がるまで、民衆からは罵声と石が飛んできた。


「――この悪女が!」

「さっさと死んでしまえ!」


 罪人を貶めることへの快感、愉悦に浸る彼らの表情を見て、頭から爪先まで嫌悪感が流れる。


 観衆に紛れて元婚約者であり王太子のフィリックスただひとりが、同情するような表情でこちらを見ていた。


 彼は名ばかりの王太子で、権力に弱く、主体性がない男だった。ウェスタレアの断罪とともに、婚約関係は解消されている。


 観衆を掻き分けて最前列に飛び出したひとりの野次馬の男が、ウェスタレアの姿を目にして「おぉ……」と感嘆の息を漏らす。

 

 ウェーブのかかった真っ赤な長い髪に、目尻がきりっと跳ね上がる切れ長の紫色の瞳。ふっくらとした唇は血色がよく、派手で華やかな印象を与える。


 ウェスタレア・ルジェーンは――『隠された令嬢』だった。


 というのも、幼いころから王宮の離れに閉じ込められ、俗世間から切り離された状態で、妃教育を施されていたから。


 ルムゼア王国において、国王は複数の妃を娶ることが認められている。国王の正妃は最初、王妃の称号が与えられ、国王が他の妃を迎えた場合は新たに王后の称号へと変わる。


 今のこの国では、前国王の2番目の妃だった前王妃デルフィーヌが絶大な権力を誇っている。彼女は、ウェスタレアが王妃になることに反感を抱いた。というのも、デルフィーヌは娘のリリーを国王の正妃に据えたかったからだ。


 前国王の娘であるリリーなら不可能な話ではなかった。貴族社会では近親婚が盛んに行われており、叔姪婚もその例外ではないから。


 しかし王家は、デルフィーヌとその生家ウィンド公爵家に外戚権力を握らせて権力を拡大させないために、勢力が小さく王家への影響力がない公爵家の娘ウェスタレアを次期王妃に抜擢した。


 ウェスタレアが王妃になり、更に国王が別の妃を迎えた場合には、慣例に従ってウェスタレアに王后の称号が与えられ、それ以降は何番目の王妃と呼ばれる。


 つまり、ウェスタレアがいる限り、リリーは――1番になれないということ。デルフィーヌはそれが気に入らなかった。そして彼女は権力を使い、妃教育という名目で離宮に幽閉するという嫌がらせを強行したのである。


 ウェスタレアが初めて公の場に姿をお披露目するのは成人を迎えたときを予定しており、正体が分からないからこそ、世間では臆測だけの噂が広がっていた。


 性格は最悪。派手好き、男好き、享楽好きで、領民の血税を使って贅沢三昧し、男娼を部屋に連れ込んで遊んでいるとか。おまけに癇癪持ちで、気に入らないことがあると使用人たちに怒鳴り散らし、時には暴力を振るうとまで言われている。そして今回、王女暗殺の罪で極刑に至った。


(悪い噂は全て嘘。でっち上げよ。……私はあの女に――はめられた)


 これらの醜聞は、王女リリーが前王妃を使って広めさせたものだった。


 ウェスタレアにとって、リリーは唯一の友達だった。信頼していた。けれど彼女の方は少しもそんな風に思っていなかったらしい。


 なぜなら、リリー自身も王妃の座を狙っていたから。


 彼女は、自分だけはウェスタレアの味方のようなフリをしていたのに、前王妃を使ってウェスタレアの悪い噂をあちこちで吹聴させ、遂には自身が目の前で毒杯を仰り――毒を盛った罪をウェスタレアに着せた。


 毒を飲んだあと、したり顔で「全ては計画だった」と打ち明けられた。リリーは絶大な権力を誇る前王妃の娘であり、周りからの信頼も厚かったため、彼女の証言ひとつでウェスタレアは有罪が確定した。


 リリーが摂取した毒は少量だったため数日寝込んだ程度だったが、ウェスタレアは大逆罪という汚名を背負うことに。


 目の前に毒杯が用意される。リリーが自ら飲んだものと同じ毒だが、これは致死量だ。彼女が飲んだのと同じ毒で、ウェスタレアを懲らしめようというのだろう。


(この色と見た目……。やはりアギサクラギね。種子を一定量摂取したあと、痙攣、腹痛、呼吸困難、全身の痺れが生じ――最後には臓器不全によって死に至る)


 アギサクラギは大陸東部に生息する常緑高木。種子に臓器の機能に障害を与える毒性分を含み、この国では手に入らない珍しい物だ。


(こんな毒、リリーはどこで手に入れたのかしら)


 後ろで結ばれた縄を解かれ、落ち着いた様子で毒を観察しながら容器を手に取るウェスタレア。


 前王妃に敵視され、いつ命を狙われてもおかしくない状況だったため、万が一に備え、毒薬の知識を身につけて自身の武器にしていたのである。


 観衆からわっと歓声が上がる。耳障りな歓声の奥に、石畳を蹴るヒールの音が聞こえてきた。


「王女様……! 行ってはなりません! あんな罪人、放っておけばいいでしょう!?」

「嫌……っ。ウェスはわたくしの大切なお友達なのっ! 裏切られたのは辛いけど、わたくしが彼女を想う気持ちは変わらないわ。最期に話をさせて!」


 侍女や護衛騎士の制止を聞かず駆け寄って来たのは――リリーだった。自分を殺そうとした相手を哀れみ、死に目に立ち会おうとする彼女に、周りは「なんてお優しいんだ」と感動している。 


 ……とんだ茶番だの思いつつ、涙を流しながら目の前に立ったリリーをふっと鼻で笑う。


「演技がお上手ね」

「――それはどうも」


 その瞬間、リリーの顔から笑顔が消える。底冷えするような眼差しでこちらを見下ろしてから、顔を近づけて耳元で囁く。


「ようやく邪魔者が消えて――せいせいするわ」

「…………」


 ようやく素を出したなと内心で思う。

 顔を離した彼女は、すぅと目を細めた。それは、いつもの花が咲くような笑顔ではなく、背筋が冷たくなるような狂気が滲む笑顔で。


「ずっと目障りだったの。いつも澄ました顔をしてるあなたが。でもいい気味。あなたのこんな惨めな姿を拝めるなんて。どう? 花道から――奈落の底に突き落とされた気分は」


 リリーの唇に、氷のような嘲笑が浮かぶ。けれどウェスタレアは一切動揺せず、毒杯を口元に運んでいく。


「――最高の気分よ」

「なっ……!?」


 予想外すぎる回答に、リリーはぎょっとした。ウェスタレアは余裕たっぷりに微笑んだまま毒杯を――飲み干した。


 すぐに毒が効いてきて、苦痛とともに意識が薄れていく。口から血を流し、かすむ視界が最後に捉えたのは――リリーの顔だった。


 親友に裏切られ、地位も名誉も失い、頑張ってきたことが全部水の泡になった。おまけに悪女として死刑なんて……。こんな滅多にない経験をさせてくれて、むしろリリーには感謝してもいいくらいだ。


(落ちるだけ落ちたらあとはそう……奈落の底から上に這い上がっていくだけ。よく焼き付けておくわ。――あなたの顔)


 ウェスタレアはしばしの苦悶の末に、意識を手放した。


 世紀の悪女の壮絶な最期に、観衆たちがひと際大きな歓声を上げたのだった。

 しかしリリーだけは、死の間際なのに妙に落ち着いたウェスタレアの様子に違和感を感じていた。



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