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猫のアイスクリーム工場

 チーちゃんは幼稚園の年長さん。

 食べることが大好きで、ゴハンもオヤツもたくさん食べます。


 太陽がギラギラと照りつける夏の日の午後。

 チーちゃんが幼稚園から帰ってくると、ママはオヤツにアイスクリームを出してくれました。


 アイスのフタには、可愛らしいネコの絵が描かれています。


 チーちゃんは、ニコニコしながらフタを開けました。


「わあ、おいしそう」


 ほのかなピンク色をしたアイスクリームを、スプーンですくって口に運びます。


 甘くて、冷たくて、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がり、チーちゃんは大きな笑顔を浮かべました。


 ところが、食べ進めるうちに……お腹の中から

「にゃーお にゃーお」

 という、ネコの鳴き声が聞こえてくるではありませんか。


 びっくりしたチーちゃんは、あわててママに知らせます。


「ママー! チーちゃんのおなかに、ネコがいる!」


 一緒にアイスクリームを食べていたママは大笑い。


「どれどれ」

 と言いながら、チーちゃんのお腹に耳をくっつけます。


「にゃーお にゃーお」


「ほらね! きこえるでしょ!」


 チーちゃんは大きな声で言いましたが、ママは首をかしげるばかりです。


「ママには、なんにも聞こえないよ」


「きこえるもん!」


 チーちゃんは泣き出してしまいました。

 ママはとっても困った顔。

 どうやら、ママには本当に聞こえていないようです。


 その後は、絵本を読んでも「にゃーお」。

 お風呂に入っても「にゃーお」。

 夕ごはんを食べていても「にゃーお」。


 猫はずっと鳴いています。


 初めは怖がっていたチーちゃんでしたが、だんだんと慣れてきて、そのうちに腹が立ってきました。


「ニャオニャオうるさーい! わかったから、もう しずかにして!」


 すると、ネコの鳴き声はピタリと止みました。


 安心したチーちゃんは、ママに歯を磨いてもらってトイレを済ませ、お布団に入りました。




「にゃーお にゃーお」


 どこからか、ネコの鳴き声が聞こえてきます。


 チーちゃんはパチリと目を開けて飛び起きました。


「あれ?」


 そこは、一面の草むらでした。

 涼しい風が吹いていて、爽やかな緑の匂いがします。


 キョロキョロと辺りを見回していると、足元に黒ネコがいることに気付きました。


「にゃーお。ようこそネコの国へ」


「ネコのくに?」


「そうだよ。ネコのアイスクリーム工場で作られたアイスを食べたでしょう? その中で当たりを引いた人間は、ネコの国へ招待してもらえるんだ」


 そういえば、オヤツに食べたアイスクリームのフタには、ネコの絵が描かれていました。


 チーちゃんがポカンとしていると、黒ネコは先に立って歩き出します。


「ついておいで、ネコのアイスクリーム工場へ連れて行ってあげる」


 慌てて後を追いかけながら、チーちゃんは黒ネコに聞きました。


「ねぇねぇ、おなかのなかでニャオニャオないていたのは、あなた?」


「そうだよ。ずっと呼びかけているのに返事をしないから、とっても困ったよ。でも、しばらくしてから『わかった』って言ってくれたから、ようやく呼びかけるのをやめたんだ」


 ネコの鳴き声は、招待状みたいなものだったようです。


「ニャオニャオいってるだけなんだもん。よばれてるなんて、おもわなかった」


「ぼくたちは、人間の言葉を話せないからね」


「いま、しゃべってるじゃない」


「これは、夢の中だからだよ」


「ゆめのなか?」


「そうだよ。寝ている間にだけ行ける、夢の世界。その中に、ネコの国もあるんだ」


 話しながら歩いているうちに、周りの景色はどんどん変わっていきます。


 気がつくと、チーちゃんは大きな建物の前に立っていました。


「ここが、ネコのアイスクリーム工場だよ」


 立派な門が開いて、しましま模様のトラ猫がお出迎えしてくれました。


「ようこそ、チーちゃん。さぁどうぞ! 甘くて美味しいアイスクリームが、食べ放題ですよ」


 チーちゃんが目を輝かせて工場の中へ入ると、たくさんのネコたちがアイスクリームを作っていました。


「さぁさぁ、まずはスペシャル・アイスクリーム・パフェを食べてもらいましょうかね」


 トラ猫が合図をすると、チーちゃんの目の前には、大きなガラスの器が運ばれてきました。


 そこへネコたちが寄って来て、色とりどりのアイスクリームを次々と盛り付けていきます。


「美味しそうでしょう? 好きなだけ食べていいんですよ」


 チーちゃんは早速スプーンを握って食べ始めます。


 バニラにチョコに、ストロベリー。

 メロンやレモンやブドウ味もあります。


 トッピングも、チョコチップ・クッキー・アーモンドなどなど、いろいろあって食べ飽きることがありません。


 器が空っぽになると、すぐに新しいアイスクリームが運ばれてきます。


 大喜びで食べていたチーちゃんですが、ふとママの言葉を思い出して、手を止めます。


「どうしよう、たべすぎちゃった。つめたいものは、すこしにしないとダメだよって、ママにいわれてたのに」


 泣き出しそうなチーちゃんのところへ、可愛らしい白ネコが近づいて来て言いました。


「大丈夫よ、チーちゃん。ここは夢の中にあるアイスクリーム工場だもの。どれだけ食べたって、お腹を壊したりなんかしないのよ」


 それを聞いたチーちゃんは、安心して残りのアイスクリームを平らげました。


「あー、おいしかった!」


 ふくらんだお腹をなでながら、チーちゃんは床にゴロンと横たわりました。


「なんだか、ねむくなってきちゃった……」


 幸せな気持ちで目をつむると、誰かがユサユサと体を揺さぶってきます。


「チーちゃん、朝よ。起きなさい」


 目を開けると、すぐ近くにママの顔がありました。


「早く朝ごはん食べちゃいなさい」


 カーテンを開けて部屋から出て行こうとするママに、チーちゃんは夜中にあった出来事を話しました。


「あのね、ネコのアイスクリームこうじょうへいって、たくさんのアイスを食べたの!」


「あらそう、楽しい夢が見られてよかったね」


「また、いきたいな。きょうのオヤツも、きのうとおなじアイスクリームにして!」


「はいはい」




 その日、幼稚園から帰ってきたチーちゃんは、すぐに手を洗ってアイスクリームを出してもらいました。


 ワクワクしながら、ネコの絵が描かれたフタを開け、アイスクリームを口に入れます。


 でも、お腹の中からネコの声は聞こえません。


 次の日も、その次の日も、オヤツはアイスクリームにしてもらいましたが、やっぱりネコの声は聞こえてきませんでした。


 そうして夏が終わり、オヤツにアイスクリームを食べることもなくなって、チーちゃんはネコのアイスクリーム工場のことを、思い出さなくなっていきました。







「ママー! きょうのオヤツはアイスクリームがいい!」


「はいはい」


 そう言って冷凍庫からアイスクリームを取り出したのは、大人になったチーちゃんです。

 あんなに小さかったチーちゃんも、今ではお母さんになりました。


「ネコちゃんだ! かわいいね」


 息子のトモくんが、アイスのフタに描かれたネコの絵を、チーちゃんに見せてくれます。


「あら、ホントだ。買う時は気付かなかったけど、とっても可愛いね」


 チーちゃんは、ネコの絵に見覚えがあるような気もしましたが、ハッキリとは思い出せません。


 二人で仲良くアイスクリームを食べていると、トモくんが急に大きい声を出しました。


「ママ! ぼくのおなかのなかから、ネコのなきごえがするよ!」


 トモくんの言葉を聞いて、チーちゃんはようやく、あの夜の出来事を思い出しました。


「トモくん、ネコが鳴いたら『わかった』ってお返事してごらん。夢の中で、ネコのアイスクリーム工場へ連れて行ってもらえるよ」


 チーちゃんに教えてもらったトモくんは、元気よく

「わかった!」

 と答えました。



 今夜のトモくんは、楽しい夢が見られるに違いありません。

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