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相反するもの

 この世は、相反するもので出来ている。


 美醜。貧富。善悪。正邪。好悪。

 探せばいくらでもある。

 上下。主従。優劣。光陰。公私。勝敗。古今。吉凶。そして取捨。

 数え上げればキリがない。


 そして、相反するものと対峙する時、俺はいつも思うんだ。

 この二つは、互いの存在によって生かされているのだと。

 互いに、相手をなくしては、存在し得ないのだと。



「はあ」

 僕が気の抜けた声を出すと、先輩は心底がっかりしたような声でこう言った。

「お前はさ、俺の話を聞いて何とも思わないわけ?」


「いや、思いますよ。何か小難しいこと言ってんなぁ、とか。やっぱちょっと気難しいんだよなぁ、とか。だから芸人として売れないんじゃねーかなぁ、とか」


 僕の答えに、先輩は嫌悪感を剥き出しにした表情と声音で反撃を開始した。


「はあ? 俺、すっごいレベル下げて分かりやすく喋ってんだけど? こんな低レベルな内容を理解できないとか、お前、頭悪過ぎない?」


「えーっ、まだまだ難しいっす。もっとレベル下げてくれないと意味わかんないっす」


 僕がそう言うと、先輩は大きなため息を吐いて

「あー、もういいや。めんどくさっ!」

 と話を打ち切り、上半身裸になって雄叫びを上げ始めた。


 要するに、ただの酔っ払いである。

 近くにいた女の子が、「キモっ」と呟く。

 その声が耳に届いたのか、先輩はちょっと恥ずかしそうな顔になり、脱ぎ捨てた衣服を素早く拾い上げて身につけた。


「出ましょうか」


 僕の声かけに、先輩がしおらしく頷く。


 レジで二人分の代金を支払い、ヨタヨタ歩く先輩を連れて店を出ると、タカコさんに電話をかけた。


「あ、テツヤ君? リョータ、潰れちゃった?」


「あー。まあ、そんな感じですね。一人じゃ帰れなさそうなんで、店まで迎えに来てもらえます?」


「はーい、了解。駅前にある例の居酒屋でしょ? いつも悪いね。すぐ行くから」


 タカコさんとの通話を終えた僕は、先輩と一緒に店の前に座り込んだ。


 春先の夜風が、酔った体に心地良い。


「うえっ」


 嗚咽と共に、先輩が胃の内容物をぶちまけた。


「うわあ、きったねー。水買ってくるんで、動かないで下さいよ」


 僕は先輩を置き去りにして、ペットボトルの水を買いに走った。


 走ると、酔いが回る。

 自動販売機へ辿り着く前に気持ち悪くなってしまい、その場にうずくまってゲーゲー吐いた。


 あーあ、ペットボトルの水、二本買わなくちゃいけなくなっちゃったよ。


 胃の中が空になったおかげで少しスッキリした僕は、ようやく見つけた自販機で水を二本買い、一つはその場で開けて口をつけた。


 冷たい液体で口の中を洗い流し、喉を潤してから、先ほど吐いてしまったところまで行って、吐瀉物を洗い流す。


 少量の水では綺麗にならなかったが、何もしないよりはマシだろう。

 そう自分に言い訳をして、先輩の待つ店の前まで戻った。



「あ、いたいた。テツヤくーん、どこ行ってたのー?」


 店の前には、既にタカコさんが到着していた。


「先輩が吐いちゃったんで、水買いに行ってました」


「えー、ありがとー。なんかホント、いっつもごめんね」


 看護師のタカコさんは、患者だけでなく先輩にも献身的だ。

 気の強いところもあるのだが、何だかんだ言いながら、売れない芸人として十年近く燻っている先輩のことを見捨てず、支え続けている。


「テツヤ君、無理してリョータに付き合わなくていいんだからね」


 先輩の相方である僕にも、いつだって優しい言葉をかけてくれる。


「お会計、テツヤ君が払ってくれたんでしょ? いくらだった?」

 財布を取り出すタカコさんに

「あ、大丈夫です。今日パチンコ勝ったんで」

 と言ったら

「ダメダメ。こういうのは、きちんとしておかないと。はい、どうぞ」

 と五千円札を差し出された。


「じゃあ、これ、おつりです」

 僕は五千円札を受け取り、千円札を二枚返した。


「律儀だねぇ。貰っちゃえば良いのに」

 タカコさんが、ふふっと笑う。



 この世は、相反するもので出来ている。

 クズみたいな人間と、ダイヤモンドみたいな人間。

 彼らは、互いの存在によって生かされているのだ。

 互いに、相手をなくしては、存在し得ないのだ。


「あの……先輩が、タカコさんのこと、『なくてはならない存在だ』って言ってました」


 僕の言葉に、タカコさんは一瞬きょとんとした顔をしてから吹き出した。


「えーっ? 何それ! どうせ、貢いでくれる都合のいい女って意味でしょ? ホントにさあ、自分でもバカみたいだなって思うけど、なんか、リョータのことは放っておけないんだよね」


 自虐的な笑みで誤魔化しながら、タカコさんが目を伏せる。


 その時、僕は心に決めた。


 売れよう。

 絶対に売れよう。

 そんでもって、タカコさんが心の底から笑えるようにしよう。


 世の中そんなに甘くないけれど。

 酔いが覚めたらこの気持ちは跡形も無くなっているかもしれないけれど。

 それでも今、僕は、目の前にいるこの人に、どうしても幸せになって欲しいと願っている。

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