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うちのモンスター

 最近流行りのモンスターを、ようやく私も手に入れた。


 丈夫で長生き。人懐っこくて賢いと大人気の飼育用モンスターは、ふわふわした黄色の毛に覆われていて、黒目がちのつぶらな瞳が愛らしい。


 ミモザの花に色が似ているので、名前はミモにした。


 飼育用モンスターの大きさは、手乗りサイズからサッカーボールくらいのサイズまでと、基本的には小柄である。

 そして、おとなしい性質で育てやすいと聞いていた。


 だが、我が家にやってきたミモは、何もかもが規格外であった。

 最初は他のモンスターと同じくらい小さかったのだが、異常に食欲があり、欲しがるままに食べさせていたら、幼稚園児くらいの大きさにまで育ってしまった。

 しかも非常に活発で、やたらと手がかかる。


 タンスの引き出しを階段にしてよじ登り、降りられなくなってギャーギャー騒ぐし、暇さえあれば製氷室の氷をかき混ぜて遊んだり、冷凍庫を開けっ放しにしながらアイスの残りがいくつあるのかを数えたりしている。

 ミモが我が家に来てからというもの、氷を使おうとすると高確率で黄色い毛が付着していて、げんなりする。


 一緒に買い物へ行くと、すぐに私の手を振り払って店中を走り回り、食材を触りまくったり肉や魚のパックにかけられたラップに穴を開けたりしようとする。

 一度、止めるのが間に合わずに穴を開けられてしまい、欲しくもないステーキ肉を買う羽目になった。

 給料日前だったので、あれは痛い出費だった。


 テレビを見る時は目に悪いから近付き過ぎるなと言っているのに、ちょっと目を離すと画面に張り付いて至近距離で見ている。


 何度注意してもやめない。

 反省のポーズを見せた五秒後には同じことをしている。

 わざとやってんのか? ってくらいに、怒らせることばかりしてくる。


 モンスターって、みんなこんなもの?

 話に聞いていたのと、全然違う気がする……。


 そう思った私は、地域のモンスター相談センターで定期的に開催されている「モンスター飼育 初心者の会」に参加することにした。


 センターの職員に困り事を相談したり、同じような悩みを抱えている人と友達になったりしたかったのだ。


 たが、そんな私のささやかな希望は、木っ端微塵に打ち砕かれた。



 当日、参加者が集まる部屋に入った瞬間、見慣れぬ沢山のモンスターや飼い主を見てパニックになったのか、ミモがギャーギャー騒いで暴れ出したのだ。


 慌てて押さえ込んだが逆効果で、ますます暴れ出す。

 手乗りサイズのモンスターならまだしも、うちのミモは幼稚園児くらいの大きさがあるものだから、なかなか迫力のある暴れっぷりで、部屋の中は大混乱に陥った。


 すぐにセンターの職員が駆け付けてきて、五人がかりでミモを部屋から引きずり出す。

 別室に放り込まれたミモは、私と二人きりになるとようやく落ち着きを取り戻したが、騒動の代償は大きく、私達はセンターへの出入りを禁止されてしまった。


 帰り際に、職員からモンスター処分場の情報が記された冊子を渡された私は青ざめた。


「どういうことですか? うちのモンスターを処分しろって言うんですか?」

 私が尋ねると

「こちらは『手に負えないモンスターを飼育している』とご相談にいらっしゃる方に、選択肢の一つとしてご検討いただけるようにお渡ししている冊子です。決して強制ではありません」

 センターの職員は事務的にそう告げると、さっさと立ち去ってしまった。


 家に戻った私は、ギャーギャー騒いでオヤツを催促するミモを怒鳴りつけた。


「ふざけんな! この馬鹿モンスター!! 何であんたは他のモンスターみたいに大人しく出来ないの! センターを出入り禁止になっちゃったじゃない!」


 普通のモンスターなら怯えて黙り込むのかもしれないが、ミモは負けん気が強く癇癪持ちなので、大喧嘩になった。


 ミモの甲高い鳴き声で耳が痛くなってきた私は、トイレに立てこもって頭を冷やすことにした。


 追いかけてきたミモが、トイレのドアを叩いたり大声で喚いたりしていたが、私は無視を決め込んで耳を塞いだ。


 しばらくすると諦めたようで、ドアの前からミモの気配が消える。


 その後も別の部屋でギャーギャー騒いでいるような声が聞こえてきたが、そのうち静かになった。


 一人になって冷静さを取り戻した私は、何も物音がしないことに気が付いて急に心配になってきた。


 窓の鍵は閉まっていただろうか?

 この部屋は六階にある。もし窓から外に出ようとして転落したら、大怪我をしてしまう。


 私は急いでトイレから飛び出し、ミモの姿を探す。


 だが、リビングにも寝室にもいない。

 全ての窓を確認したが、鍵はかかったままだ。


 まさか、玄関から出て行ったのか?

 そう思ってキッチンの横を通り抜けようとした時、冷蔵庫の上ですやすや眠っているミモの姿が目に入った。


 隣に置いてある食器棚の引き出しや扉が開いており、どうやらそちらを足がかりにしてよじ登り、冷蔵庫の上に飛び移った後に降りられなくなってしまったようだ。


 まったく人騒がせなモンスターである。

 でも、無事で良かった。

 私は安堵の溜め息をつきながら踏み台を持ってきて、眠っているミモを冷蔵庫の上から下ろしてやった。


 どんなに腹が立っても、私には飼い主としての責任がある。

 きちんと躾をして、立派なモンスターに育てなければ。

 私はミモの寝顔を見ながら、そう決意した。



 翌日、いつものように実家へ立ち寄り、ミモを預けてから仕事へ行こうとすると

「最近ミモが手に負えなくなってきたから、他の預け場所を探して欲しい」

 と母に頼まれた。


 そう言われても、昼間にミモを預かってくれるようなところは他に心あたりがない。


 母の負担にならないようにミモを厳しく躾けて、引き続き実家で預かってもらうしかない。


 私は仕事の合間を縫ってモンスターの躾け方について調べまくり、片っ端から試してみたが、ミモにはあまり効果がなかった。


 そこで私はプロの手を借りようと、問題行動の多いモンスターを教育してくれるという民間施設を訪ねて、話を聞かせてもらうことにした。


 いくつか回っているうちに分かったことは、それらの施設は教育施設ではなく、矯正施設であるということだ。


 酷いところになると、大量の薬を投与したり、首輪に電流を流したりして問題行動を抑制するという方法をとっていた。


 そんなところにミモを預けるわけにはいかない。


 そう思って、モンスターに寄り添った対応の施設を探しているうちに「モンスター村」という場所を見つけた。


 そこでは、モンスターの個性に合わせた対応をしてもらえるということで、飼い主も一緒に滞在できる長期プランや、週末だけの短期滞在プランなどが用意されていた。


 私は有給休暇を取得し、藁にもすがる思いで数日間の体験コースに申し込んだ。



 電車やバスの中でミモが暴れたら困るので、モンスター村へはレンタカーで向かった。


 長時間のドライブにミモが耐えられるかどうか心配だったが、音楽を流すと楽しそうに体を揺らしてリズムをとったり、風に吹かれながら外の景色を眺めていたりと、上機嫌で過ごしてくれた。


 モンスター村に到着すると、スタッフの男性が出迎えてくれる。

 彼が、のんびりした話し方で私達に挨拶をする。


「お疲れ様です。遠かったでしょう? ミモの担当をさせていただく木村です。ミモ、よろしくね」


 声をかけられたミモは、どう反応するべきか迷っている様子で、不安そうに私の顔を見ていたが

「よろしくお願いします」

 と頭を下げる私を見て、同じようにペコリと頭を下げた。


 木村さんは村の中を一通り案内した後、私達を小さな民家の前に連れて行った。


「滞在中は、こちらの民家を使って下さい。食事はスタッフがお弁当を届けます。少し休んだら、先ほどご案内したトレーニングセンターの方まで来てもらえますか? 他の方々にも紹介しますので」

 そう言うと、木村さんはミモに手を振って立ち去った。


 ミモに飲み物とオヤツを与え、私もコーヒーを一杯飲んでから、トレーニングセンターへと向かう。


 この間のように、他のモンスター達を見てミモが暴れたらどうしようと心配だったが、ここまで来たら行くしかない。


 私は不安に押し潰されそうな気持ちを必死で奮い立たせながら、トレーニングセンターの中へと足を踏み入れた。


 スタッフルームという表示のある部屋に顔を出すと、私達に気付いた木村さんがすぐにこちらへやって来る。


「この時間はみんな運動場にいますので、そちらに行きましょう」

 と言って歩き出す彼の後に、私とミモも付いて行く。


 スタッフルームのある建物の裏側には、植物の生い茂る運動場が広がっており、たくさんのモンスターとその飼い主、それからスタッフ達の姿があった。


 私は、ミモが暴れたらすぐに押さえつけようと身構えていたのだが、その必要はなかった。


 ミモは広々とした運動場を見ると、瞳を輝かせて喜びの鳴き声を上げ、ごろごろと草むらを転がったり飛び跳ねたりしながら楽しそうに遊び出した。


「気に入ったみたいですね」

 木村さんが嬉しそうに言う。


 近くにいた女性が私に話しかけてきた。

「元気で可愛いですね。体も大きくて羨ましい。うちのモンスターはあまり食べないから心配で」

 そう言う彼女の目線の先には、小柄なモンスターがちょこんと座っており、ひたすら草を抜いたり葉っぱをちぎったりしている。


「家でも、あんなふうにずっと紙をちぎっているか、じっと座ってぼんやりしてばかりで……」

 と言って、彼女が目を伏せる。


「大人しくて可愛いじゃないですか! うちは落ち着きがなくて困ってますよ。あの大きな体で暴れられると手がつけられなくて大変だし、食べてばっかりいるから食費がかかってしょうがないし……」


 私がミモについて愚痴をこぼすと、彼女は顔を上げてふっと微笑んだ。


「それぞれに悩みがあるものなんですね。そっか……元気が良すぎても大変なんだ。軽い気持ちで羨ましいなんて言っちゃって、ごめんなさい」


「いやいや、そんな謝らないで下さい。羨ましいなんて言われたことなくて、びっくりしただけなので」

 私が慌てて言うと、彼女はニッコリ笑ってくれた。


 運動場を見回すと、モンスター達はそれぞれ好きなように過ごしている。


 スタッフも飼い主も基本的には見守っているだけで、モンスター達のやりたいようにさせており、モンスター同士でトラブルになった時だけ間に入っていく感じだ。


 こんな放任主義で、本当に問題行動がなくなるのだろうかと疑問だったが、三日目を迎える頃には、ここのやり方にある程度納得している自分がいた。


 そもそもスタッフ達は、ここに来るモンスター達に問題があるとは考えていないのだ。


 初日の夜に弁当を届けてくれた木村さんが、こんなことを言っていた。


「両生類って、水中でも陸地でも生きられるじゃないですか。人間社会に適応出来るモンスターというのは、両生類みたいなものだと思うんです」


「でも、ここに来るモンスター達は違います。彼らは陸地では生きられない魚みたいなものです。彼らにとって、人間の社会で生きることはとても苦しい。だからストレスを溜めて、人間を困らせる行動に出ます。でもそれは、彼らのSOSなんです」


「ここでは、モンスターを人間社会に適応させる指導はしません。安全を確保した上で、自由に過ごしてもらっています。そうすることでストレスが解消され、モンスター達の行動も変化していくと考えているからです。ストレスがなくなれば、ミモもあなたを困らせる行動はしなくなると思いますよ」


 木村さんの話を聞いた直後は半信半疑だったが、日を追うごとにミモの問題行動は減っていった。


 帰宅する日の朝、木村さんは

「週末だけの利用も出来ますので、もし良かったら継続的な利用を検討してみて下さい」

 と言って、私達を見送ってくれた。



 モンスター村から戻ってきて、しばらくの間は機嫌良く過ごしていたミモだったが、日が経つにつれてストレスを溜め、再び暴れたり騒いだりするようになった。

 そんな時は、週末を利用してモンスター村に滞在することにしている。


 先日、スタッフの中には元利用者だった人達が何人かいると聞いて驚いた。


「飼っているモンスターのために、それまでの生活を捨てて移住してくるなんて、凄いというか何というか……なかなか出来ることじゃないですよね」


 私が半分呆れたような気持ちでそう言うと、木村さんはこんな話をしてくれた。


「確かに、なかなか出来るようなことじゃないですよね。皆さんそれぞれ家庭があったり、仕事があったりしますから。でも、移住を決断した彼らにとっては、モンスターも家族の一員なんでしょうね。飼っているというよりは、支え合って共に生きている、という感覚なのかもしれません」


 支え合って共に生きる家族。

 私はミモのことを、そんな風に考えたことはなかった。

 それどころか「飼ってやってる」とか「世話してやってる」とか、そういう恩着せがましい気持ちで接していた気がする。




 私は今、本気でモンスター村への移住を考えている。

 今更だけど、家族としてミモにできる限りのことをしてやりたい。


 オヤツを食べ終えたミモが、窓際に座ってガラスの向こうに広がる青空を見上げている。


 その後ろ姿は、何だかミモザの花束みたいに見えた。

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