友達の幼馴染はキューピッド
高一の春、友達になったばかりのナナが、私に言った。
「幼馴染が、やたらと私に対抗してくるの」
その時はまだ事情がよく分からなかったので
「へえ」
と気の抜けた返事をしただけで流してしまったのだが、その日の帰り道に早速「幼馴染がやたらと対抗してくる」場面に出くわすこととなった。
放課後、ナナと私が昇降口で靴を履き替えていたら
「ナナ、そいつ誰?」
と、背の高い整った顔立ちの男子が声をかけてきた。
ナナはその男子に
「友達になったアキちゃんだよ」
と答えてから
「さっき話した幼馴染のタツオ」
と私に教えてくれた。
タツオは私をじろじろ見ながら
「ふうん。もう友達が出来たのか」
と言った後、踵を返して教室の方へ戻って行った。
私達が話しながら駅まで一緒に帰っていると、後ろから
「ナナー!!」
と呼び止める声がする。
振り向くと、タツオが誰かの手を引いてこちらに向かって走ってくるところだった。
タツオは私達に追いつくと、息を切らしながら
「俺も、新しい友達ができた」
と言って満面の笑みを浮かべる。
タツオが連れて来たのは、人のよさそうな顔をしたぽっちゃり体型の男子だった。
彼はどう見てもタツオに無理矢理引きずってこられたようにしか見えなかったが、タツオは嬉しそうに
「こいつ、田村っていうんだ。あだ名はタムタム」
と言って、彼を私達に紹介する。
タムタムと呼ばれた瞬間、彼が「え?」という表情をしたのを私は見逃さなかった。
きっと、訳もわからずタツオに引っ張って来られて、いきなり友達面をされた挙句、勝手にあだ名までつけられてしまったのだろう。
ナナは顔を引きつらせながら
「……二人ともごめんね。タツオには説教しておくから」
と言ってタツオの腕を掴み、駅前にあるファーストフード店に入っていった。
その場に残されたタムタムと私は、何となく顔を見合わせて言葉を交わし、同じ方面の電車に乗ることが分かったので、一緒に帰ることにした。
私はタツオの行動にドン引きしていたが、タムタムは
「タツオ君って、ちょっと強引だけど面白そうな人だよね」
と笑っていた。
翌日、ナナが詳しく話してくれたところによると、タツオは幼少の頃からナナに対抗意識を燃やし、学校生活ではもちろんのこと、習い事や塾も同じところに通い、何かにつけて勝負を挑んでくるのだという。
「ウザい……」
私が短く感想を述べると、ナナは苦笑いしながら
「普通はそう思うよね。でも子供の頃からそうだから、もう慣れちゃった。ただ、どうしてあんなに対抗してくるのかが分からないんだよね」
と首を傾げる。
「自分が優位に立って偉そうにしたいんじゃないの?」
と私が言うと
「うーーん、そうなのかなぁ。でもタツオって、今まで何ひとつ私に勝てたことないんだよね」
とナナが言う。
ナナが凄いのかタツオがポンコツなのかは分からなかったが、幼馴染の女の子に一つも勝てるところが無いタツオに、私は少しだけ同情した。
しかし、鋼のメンタルを持つタツオには、同情など無用であった。
部活を決める際、特にやりたいことが無かった私は、ナナに誘われて調理部に入部した。
調理部は週に一回の活動で、作るのはクッキーやマフィンなどのスイーツが中心だ。
部員達は、ナナみたいにお菓子作りが好きな女子達や、私のように食べることの好きな食いしん坊で構成されている。
調理部の活動初日、調理実習室に集合した部員の女子達に混じって、タツオとタムタムの姿があった。
「ナナ! 俺も調理部に入ったから」
タツオがニコニコしながらナナに手を振る。
その様子を見ていた調理部の部長が
「そこの四人は知り合い? それじゃあ同じ班でいいよね」
と言って、私達とタツオ達は同じ班にさせられてしまった。
「アキちゃん、ごめんね」
ナナが申し訳なさそうな顔をする。
タツオは
「俺、中学でもナナと一緒に家庭科部に入っていたから、料理は得意なんだ」
と聞いてもいないことを自慢げに語り、人のいいタムタムが感心したように相槌を打つ。
経験者なら役に立ちそうだなと思っていたら、タツオはとんでもなく不器用で大雑把だった。
材料の計量は適当だし、粉をふるいにかければクシャミをして吹き飛ばす。卵を割っておくよう頼んだら、ボウルに殻まで入っている。
私は苛立ちが募り、バターと砂糖を混ぜながら
「足手まといなんだけど」
と低い声で呟いた。
タツオはムッとした顔になり、我々の間に険悪な雰囲気が漂う。
その時、ナナがフォローに入るよりも早く、タムタムが動いた。
彼は新しい小麦粉をもらって来て計量し直すと、手際よくふるいにかけ、ボウルに入った卵の殻も全部取り除いてくれた。
私がブチ切れなくて済んだのは、タムタムのおかげである。
出来上がったクッキーは、タツオのだけ歪な形をしていた。
私は内心「同じ生地で焼いたのに、どうしたらこうなるんだよ。型抜きするの、ヘタクソ過ぎるだろ」と思ったが、ナナは「タツオらしいね」と言っておかしそうに笑っていた。
ナナといると必然的にタツオやタムタムと関わることが増え、気がつくと昼休みや放課後まで一緒に過ごすようになっていた。
最初の頃は苛立つことが多かったものの、仲良くなってみると、タツオは何だか憎めない奴であった。
定期テストでナナに勝負を挑んでは大差をつけられて敗北し、部活では毎回いびつなお菓子を作り上げて周囲の失笑を買っている。
タツオって、しょっちゅう何かやらかしてるけど、悪い奴じゃないんだよなぁ。
私はそんな風に思うようになっていた。
そんなある日、ナナとタツオの関係を変える出来事が起きた。
ナナが学校の先輩に告白されたのである。
「少し考えさせて欲しい」
と答えるナナに
「一回デートしてから考えて」
と先輩は食い下がり、強引に話をまとめてしまったらしい。
そういうわけで、その週の調理部の活動日はナナと先輩がデートすることになり、私は一人で調理室に向かった。
サボっても良かったのだが、タムタム一人にタツオの世話を任せてしまうのは、何だか気の毒な気がしたのだ。
調理室には、既にタツオとタムタムがいて、ナナはどうしたのかと聞いてくる。
「先輩とデート」
という私の答えに、タツオは固まってしまった。
タツオのことだから、どうせまたナナに張り合って「俺も彼女をつくる!」とか言いだすんだろうなと思っていたのだが、そうではなかった。
タツオは「この世の終わり」みたいな顔をして押し黙り、その日の部活ではいつも以上に失敗を重ね、途中からは廃人のように椅子に座ったきり動かなくなった。
役立たずなだけでなく、非常に邪魔である。
私は、タツオ抜きで完成させたマフィンを頬張りながら
「タツオはナナが好きなの?」
と聞いてみた。
答えないかなと思ったが、タツオは素直に頷いた。
「じゃあ何で、やたらと対抗してたわけ? あんなことばかりしていたら、普通は嫌われるよ。ナナに勝って、良いところを見せたかったの?」
私の質問に、タツオは俯きながらぽつりぽつりと答え始めた。
「別に勝ちたいと思っていたわけじゃないよ。俺はただ、ナナに釣り合う人間になりたかったんだ。俺、自分でもダメな奴だってよく分かってる。だけど、これからもナナの隣にいたいから、せめて少しでも近づけるようにって、ナナの後を追いかけていたんだ」
タツオは、対抗心を燃やしていたわけではなかったのだ。
ただ、ナナに追いつきたかっただけなのだ。
でも、そのやり方……なんか違う気がする。
私が心に湧き上がるモヤモヤを何とか言葉にしようと思案している間に、タムタムが口を開いた。
「ナナちゃんの真似をして、同じようなことが出来るようになったからって、釣り合う人間になれるわけじゃないと思うよ。タツオにはタツオの良さがあるし、タツオだからこそ出来ることだってあるはずなんだから、もっと自分に自信を持って好きなことをやりなよ」
いつも温和で、自分の意見を言うことなど滅多にないタムタムが、頬を紅潮させながらも懸命に気持ちを伝えようとしていた。
彼の言葉は、タツオの心に深く突き刺さったようだ。
タツオはいきなり椅子から立ち上がると
「俺、プログラマーになる」
という謎の決意表明をして、調理室を出て行った。
後から知ったのだが、タツオの父親はゲームのプログラミングをする仕事に就いていて、その影響でタツオも簡単なゲームを自作していたらしい。
タムタムの言葉に背中を押されたタツオは、プログラミングの勉強に精を出すようになり、あまりナナにまとわりつかなくなった。
ナナはタツオの急激な変化に戸惑いつつも、好きなことに打ち込むタツオの姿を嬉しそうに見守っていた。
ちなみに例の先輩の告白は、きっぱりお断りしたそうだ。
その後どうなったかというと、タツオは大学で本格的にプログラミングを学んだ後、スマホゲームの開発会社に就職した。
そして、大学生の頃から付き合い始めたナナとタツオは、昨年の秋にめでたくゴールインした。
高校時代の写真を見ながら思い出に浸っていた私に、タムタムが声をかける。
「アキ、結婚式のスライドに使う写真はもう決めた?」
「まだ。たくさんあって迷っちゃうよ」
私が言うと、タムタムは温和な笑顔を浮かべながら、私の見ていた写真を一緒に覗きこむ。
写真には、若き日のタツオとナナと私……それから、もうすぐ私の夫になるタムタムが、幸せそうな顔で写っている。
タムタムと私を引き合わせてくれたのはタツオだ。
キューピッドになってくれたタツオには、心からありがとうと言いたい。