吐き出す
「あのさぁ、一体どんな情緒なのさ」
呆れたように木のイスに座って、リールはクーシュを見下ろす。
小屋の外には干されたばかりのマットとシーツとキルトと、クーシュの服がある。
「ごめんなさい……」
シーツもキルトも新しく替えてもらったベッドの上で、クーシュは謝った。
夢を見た後、泣いて、今までにないぐらい大声で泣いて、その後。
吐いた。
食べたものも、胃液も全部吐き出して、窒息しかけた。苦しくて、溺れて、死にかけたところを、リールに助けてもらったのだ。
「熱もないし、病気の兆候もないから平気だと思うけど」
ため息と共に、リールに言われる。
返す言葉がなかった。
申し訳なさと、羞恥心でキルトで口元を隠す。
気まずい。
「落ちつけた?」
「……うん、ごめん」
肩をすくめられる。
洗浄魔法で全部洗ってもらったことも、予備でリールが使っていたマットやシーツを全て使う形になってしまったことも含めて、全て申し訳なく思った。
ただでさえ世話になっているのに、情けなくなる。
「大泣きしたと思ったら吐くんだから。さすがのボクも驚いたよ」
「聞いてたの?」
「嫌でも聞こえるよ」
顔の前で手を振って、リールはあきれる。
それも、そうか。
「その、忘れてほしい」
「気にしないでおくよ」
「ごめん。ありがとう」
年下の子に、子どもみたいに世話をされるのはさすがのクーシュでも恥ずかしかった。
生きる希望がなくても見られたくないものは見られたくない。
そんな姿を晒してしまったことを実感して、背中を向ける。
「干したのはそのうち乾くだろ。寝る頃には魔法でも使って乾かすさ」
「本当、ごめん」
謝るしかできなかった。
そんなときだった。
ノックの音が響いた。
コン、コンと。強めにゆっくり叩かれる。
今まで来客なんてなかった。思わず身を固めてしまう。
「行ってくるよ」
イスから降りて、リールが言う。
「リール、わかってるよね」
「わかってる」
手をひらひらと振りながら、リールは部屋を出て扉を閉めた。小屋は二部屋ある。クーシュが借りている寝室と、リールが生活しているリビングだ。出入口は無論、リビングのほうにある。
『はいはーい』
能天気な返事が扉越しに聞こえた。
耳を澄ませる。
『どなたですか』
『失礼。バルザン王国の聖騎士部隊、隊長のギルバーンという』
クーシュは体を起こした。
息をひそめて、ベッドから降りる。
『そんなお偉いさんがどうしてウチに?』
『先日、指名手配されていたクーシュ、元勇者をここで取り逃がした。何か心当たりは』
ギルバーンは連合軍でも指揮をとっていたほどの実力者だった。バルザン王国では一番の実力者といってもいい。
殺される。
『知りませんね、勇者サマなんて』
『そうか。致命傷を負っていてここらへんで消息を絶ったのだ。数日探しても見つからなくてね』
『へぇ、大変ですね』
リールはあくまでとぼけるつもりのようだった。下手をすれば命が危ないというのに。
外に出ようにもギルバーンの部下も小屋を囲んでいることだろう。今、ここで外に出るような真似をすればリールが危ない。
『見つけたらお知らせしますよ』
『そうか、助かる。すまないな、時間をかけて』
『いえいえ』
扉の目の前で、クーシュは足を止めた。出入口が閉まる音がして、足音が近づく。
リールが扉をあけてきた。
「勇者サマ、平気だよ。やつら帰っていった」
リールはそういうが、クーシュは身を固めた。
外で魔力が集まる感覚がする。
魔法を使う前兆だ。
ギルバーンはリールの言葉をこれっぽっちも信じていなかったのだ。外から不意打ちで、片付けようとしている。
それを察知した瞬間、クーシュは叫んだ。
「逃げて!」
瞬間、世界は灼熱の炎に支配された。
肌を業火が焼く。
焼かれながら、クーシュは後悔した。
巻き込んでしまった。自分のせいで、なくならなくていい命が、なくなってしまった。
どこまで、自分は生きれば良かったんだろう。
どこで死ねば良かったんだろう。
そう思いながら自らの死も受け止めようとする。
しかし。
いつまで待ってもクーシュの体は焼き尽くされない。熱さは感じるが、焼かれているように思えた肌は焼かれていなかった。
「あ、れ」
目を開ける。炎が晴れた先にリールは生きていた。
炎で焼け野原になってしまった空間の中心に、クーシュもリールも立っている。
リールはクーシュの手を握っていた。背中をクーシュに向け、正面を見ている。
その先には縮れ毛の髪が特徴的な、髭の男がいた。首から下は銀の鎧に覆われ、特殊な意匠が施された魔法剣を地面に突き刺している。
ギルバーンだ。
そしてその後ろには全身鎧の騎士であったり、ローブを身に纏った魔導士が控えている。
「久しぶりだな、勇者。髪色を変えても顔はわかるぞ」
「ギル、バーン」
表情一つ変えず、剣を引き抜くギルバーン。剣先が向けられるのは、当然クーシュだった。
「死んだ仲間の他に、こんな伏兵がいたとはな。意外だ」
ギルバーンの鋭い瞳は、リールに向けられる。
「違う、この子はたまたま」
「たまたま? 冗談を言うな。致命傷を負った貴殿が落ちた先、そこでその傷を癒し、なおかつ私のフレアバーストを防げる者がたまたまいたと?」
防いだ? リールが?
しかし、それ以外ありえない。クーシュはこの事態に対処できなかったのだから。魔王と戦ったときなら対応できたのだろうが、今は聖剣も装備もなければ仲間もいない。
消去法でリールが助けた以外、ないのだ。
「リール」
「勇者サマ。自分の身は自分で守りなよ。それくらいまで回復はしただろう」
振り返る。
笑っていた。
まるでこの機会を待っていたかのように。望んでいたかのように。
寒気がするほどの残忍な笑みを、リールは浮かべていた。
「君、なんなの」
問わずにはいられなかった。
今まで疑問に思っていて、避けていたことを、今確認せずにはいられない。
震える手から、リールの手が離れる。
「いやぁもう少し村人ごっこしていたかったんだけど、仕方ないね」
魔力があふれ出す。
ギルバーンの部下たちがざわめきだした。
なぜならリールからあふれる魔力は、強力な魔族のものと変わらないほどの量だったからだ。
惜しげもなく体内の魔力を放出する様も、禍々しいオーラも。
「さて、何人生き残ってくれるかな?」
リールの言葉はまるで、自分が勝つと言わんばかりに響き渡った。




